第十六話 砂の海。
「あーーー、暑っついなぁ……」
まだ少し肌寒い春先に身につけていた厚手のローブを若干イラつきながら脱ぎ捨てる俺。
これで身体にこもっていた熱はだいぶ逃げていったが、なにしろ直射日光の熱が暑すぎてあまり変わらないように思える。
空を見上げればそこには真っ青な空に明るい太陽、少し視線を下げれば砂が波打つように上下しながら見渡す限り続いている。
「いやホントになんだよ……この試練……」
そう、俺はすでに「試練」を始めているのである。と言っても、わけがわからないのだけれど……
☆☆☆☆☆☆☆
時は少し戻る。
「ようこそ、魔を操る者よ。妾は生死の輪廻と太陽を司る精霊、『フェニックス』である。こちらを向かれよ」
覚悟を決めて目を開け、後ろを振り向くと――眩しい、神々しい。また目が開かないよ?
「妾との契を欲するのなら、見事試練を遂げてみせよ。なに、簡単なことだ、『純粋無垢な水を一滴飲む』それで其方は合格だ――」
畏まったベラの声に似ている厳格な女性の声。ともかくそれが頭の中に直接響いてくる感じだ。
「ちょ、ちょっと待っ!」
一瞬薄く開けた瞳に映ったのは紅色を基礎とした極彩色の大きな何かが……
「では健闘を祈る。おっと、くれぐれも女子には優しくするのだぞ――」
――はっ?なにが?って眩しっ!!!!
更なる発光。なんだコイツ俺に姿を見られたくないのか!?恥ずかしいのか!?
「不敬な……」
☆☆☆☆☆☆☆
はい、試練の内容以上で気付いたらここに立っていました。まさか師匠より鬼畜な出題者がいるとは思わなかった。
「だいたい何だよ『純粋無垢な水を一滴』って!砂ばっかりでほか何もないじゃないかよ!!いやその前にここどこ――――」
俺はそこから五分くらい、この世に蔓延る不平不満を心からぶちまける。
「…………はぁ」
愚痴は散々吐いた。そのおかげで思考能力が回復した気がする。とりあえず、
「最初の一歩、と」
一歩歩く、口に熱い空気が入ってそれが肺に行き渡って内側からも暑くなっていく。
「にー」
二歩目、フカフカのきめ細かい砂に足が若干取られる。靴の中に砂が入った。熱い。
「さん」
とにかく全身が焼かれているように暑い。語彙が失われていく。暑い、あぁ暑い。
「よん」
目に汗が入る。痛い。あーもうだめ、溶けそうだ。
「ご」
あぁ、なんでこれが試練なんだ。なんなんだよ、この試練は――。
視界は全く変わった気がしない。何より避けようのない太陽光の暑さが体力と考える気力を奪っていく。
あと五分もすれば俺は何も考えることもできずに地べたに這いつくばっているだろうと、そんなことが簡単に予想できた。
「どうする、どうする俺。考えろ、考え……!?」
「あああぁぁあぁぁぁ!!!!そこどいてぇぇええええええぇ!!!!」
どこからか湧いて出てきたような女の人の叫び声を聞いて咄嗟に辺りを見渡す。が、見当たらない。
「ぢょっどおおおおおぉ!!!うえ!うえだって!!!」
うえ、うえ、うえ。上?ってことは空?はぁぁぁあ!?!?
どこからか空中落下してきたであろうそれをもう避けきれないと感じた瞬間、時がゆっくりと進むようになった。
――だんだんとこちらに近付いて来るのは、銀と濃い赤の混ざった長い髪をあっちこっちに揺らしている褐色の女の子だった。
――歳は俺と同じくらいだろうか?しっかり見ると、鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃでひどい顔だな――――
頭に響く鈍い音が思考を強制的に停止させ、意識をブレさせる。普通に危機なんだけど……
「――ま、まさかこのあたいが着地に失敗?そんな馬鹿な!あ、ごめんなさいね……って気絶しそうじゃない!おーい、おーい、起きてください、起きて、起きろ、おい起きろって言ってんだろーがぁ!」
最初は優しかったはずなのに、いつの間にか拷問されてるみたいになってる。何この人ヤバいよ、誰か助けて。
俺は若干ビビりながら頭の痛みを抑えて起き上がった。
「あー、えっと、はじめまして……」
俺のことを今もしゃがんで覗き込んでいるこの褐色の女の子。何がとは言わないが、着ている白いワンピースの大きさがあってないのか、色々危なげだ。
「ふぅー、やっと起きたわね。それじゃー気を取り直して――ようこそ、理を超越せし蒼炎を求める者よ、名を申せ」
俺の挨拶を華麗に通り過ぎて話を続けていく目の前の彼女。というか今更厳格な雰囲気を醸し出したところで手遅れな気がするんだけどな。
「俺の名はアンブローズ・リオン、です。えー、あなたの名前は?」
「質問に答えましょう、私はこの『砂漠』にて試練を見届ける案内人なのです……ってアンタ何普通に名前聞き返してきてんの!?そこは「オマエは何者なんだ?試練と関係あるのか?」とかキリッとした表情で言うところでしょーが!」
ちょっと待て、それを言うならまずあの登場から巻き戻してやり直してくれ!というか大体その返答にしか対応してない案内人ってなんだよっ!
――と口に出してしまうのを何とか押さえつけ、俺は再び会話を試みることにする。
「それはすみませんでした。ところでここってあの「砂漠」なんですか?」
「あぁーリオンは知らないのねー、砂漠ってのはこの砂の海のことよ。太陽が出ている間は灼熱がアンタを襲い、太陽が隠れて夜になれば容赦なくあなたの体温を奪っていく……そんな感じよ」
ほぉー、少なくとも本に書いてあった砂漠の特徴は間違ってなかったようだ。
それにしても初めて来るのか半分脳内世界みたいなものだとか、なんだか少し悲しい気もする。
「というところで一旦戻って!改めて……それでは参りましょうか?アンブローズ・リオン。砂漠の果てにあるアナタの欲するものを得るために――」
「……いやまぁいいんですけど、まだそれやるの?」




