第三話 晩餐を食す。
※文の改行による演出などを改善しました。
※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19
魔力使用量調査により、俺は父さんの才能を受け継いでいないことが発覚した。
その散々たる結果を残した俺は、黙って自室のベットに勢いよく倒れ込む。
「あーあ。どうするんだ俺……」
幼い頃から父さんの魔術士としての姿を見ていた俺は、何も言わずとも自然と魔術士を目指すようになっていた。
勿論、小さな頃に魔術士になるための勉強を嫌嫌やっていた時期もあったが、できるだけの努力はしたつもりだ。
本来なら俺が十六になる年、つまり一年後に始まる魔術士の卵が集まる魔術士学校の入学試験を受けるはずだった。
それを想定して、父さんの親族が代々受け継いできた本屋で本を借り、魔術についての知識を多く溜め込んできた。
──それなのに、その結果がこれだ。
ちょっとは愚痴もこぼしたくなるってもんだろ?
そこで、部屋の扉からノック音が聞こえた。と思ったら、返事をする暇もなく扉が開かれる。
「リオン様、十五の夜に相応しい晩餐を御用意致しました。食堂に参りましょう」
俺が十歳の時に母さんが死んでからの五年間、ずっと屋敷で一緒に暮らしてきたベラ。
そんな彼女が、今朝と全く変わらない態度でそう話し掛けてくる。
俺としてはむしろ「魔術士としてなんの才能もない貴方には失望しました」くらい言ってくれた方が心が軽くなるかもしれないくらいだというのに。
「────なぁ、ベラ?」
「何でしょうか?」
「いや、何でもないよ。今行くから……」
なんだろう?このもやもやした気持ちは?
無気力感というか雑念が渦巻いているというか、自分の存在意義がどうとか。
そんなわけの分からないものが頭の中でぐるぐると回りまわっていて────
「リオン様、失礼します」
「────え?」
突然太陽のような温もりがフワッと自分の体を覆った。
その正体は驚いたことに、いつも厳格で、他人にも自分にも厳しいベラだったのだ。
咄嗟のことで俺は声も出せないが、頭の中では小さい頃、当時元気だった母さんによく抱きしめられていた記憶が鮮明に蘇る。
「リオン様、これだけはお忘れにならないでください。貴方はこれから自分で人生という大きな道を作っていくことが出来るんです」
こんなこと言いたくないんだけど、それこそ夢だ。
夢に自由なんてあるはずがない。現に魔術士になる夢だって、諦めるしかないところまで来てるんだよ。
そうひねくれた考えをしている今の俺の表情は、さぞかし酷いことになっているんだろうと勝手に想像する。
「というのは半分冗談です。まぁ、実際はそんなに世界は簡単に作られていないわけでして。様々なしがらみや思惑が溢れて、息苦しくなってしまうのは、リオン様もわかっていると思います」
いつも厳しいベラがたまに出す優しい声は、こちらに有無を言わせないほどに説得力があって、ついつい聞き入ってしまうからいけない。
「なので私はそれを乗り越えろだとか、諦めろなどとは言いません。いえ、そもそも言うことなど出来ないんです。まぁ結果的に何が言いたいかと申しますと、人間というのは気持ち次第で良くも悪くも変われる、変化し続ける生き物だということですよ」
────あぁ、この人もどうしても手の届かないものを諦めてきたんだな。と勝手に思う。
「本当に、ただ、それだけのことなんです……ね?」
俺はその事を心の中で勝手に悟った。いや、そのようにベラが上手く話してくれたのだろう。
そしてベラは、その諦めた後をどう生き抜いていくのか考えろといっているのだろう。
「うん。分かった、よ」
もういい加減覚悟を決めよう。いつまでも駄々をこねる子供みたいではいけないんだ。
そう思った俺は、今できるうえで最善の決断をすることに決めた。
「さてと、誰かが余計なことを考えているせいで旦那様がきっと待ちくたびれていますよ。さぁ、今度こそ、行きましょうか?」
さっきまでの話し方的に、万能のベラにもどうやら色んなことがあったらしい。
その事については、本当に不謹慎極まりないのだが、少し勇気をもらうことが出来たのは事実だ。
だからここは恥ずかしいけど、一人の男として感謝の意を伝えなければ。
「その、ありがとうイザベラ。助かったよ」
「大したことではありません。でもこんなこと最後にしてくださいね?あんまり余計なことばかり教えていると旦那様に解雇されてしまうので」
そして俺はベラと顔を見合わせて、くすっと笑い合いながら、今朝も朝食をとった食堂へと歩んでいく。
その足取りは、重いようで実は軽くなっていた。
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「やっと来たね?リオン」
そこにはいつもと何も変わらない父さんの姿があった。
そして、またもや居た堪れない気持ちになってしまう俺。
「今日はリオンの十五の夜ということで、ベラに無理をいって豪華な料理を作ってもらったんだ。今日は沢山食べようじゃないか」
その言葉を聞いてテーブルを見てみると、大きな肉のステーキやら焼き魚など、王都でも高級な食材と調味料が惜しげも無く使われている豪勢な料理が沢山並べられていた。
貴族だとこのようなおめでたい時には大々的にパーティを開くらしいのだが、魔術士として大成した人間にはそのような縛りも無く、案外自由なことが多い。
それに関しては、この国の抑止力として魔術士に守ってもらっている側の貴族達も文句は言えないらしい。
「神に感謝を────」
暫くはナイフとフォークの静かに皿を鳴らす音だけが、広い食堂に鳴り響いていた。
だが、ここは俺がこの静寂を破って切り出すしかない。いや、しなければならないのだ。
「父さん。俺は……魔術士としての道を諦めます」
その言葉を聞いた父さんは、普段の優しい顔ではなく、実力だけでこの世の中を這い上がってきた魔術士に相応しいと思える厳しい大人の顔へと変わっていた。
「そうなのか。そうしたらリオンはもちろん、その先まで考えているんだろうね?」
その言葉に俺は思わず身を固くする。
────だけど、負けない。
「それについては、これから春までの数ヶ月で勉強をし直し、商業学校に入学することを考えています」
今俺が住んでいるマルカ王国には、満十六歳になることで入学できる学校が、大まかに分けて三種類ある。
一つは俺が今まで目指していた魔術の基礎応用教育、研究などを行うことが出来る魔術学校だ。
小規模の所なら俺でも充分入学可能だと思うが、そのような所はまともに魔術を教えてもらえないらしく、評判があまり芳しくない。
逆に数少ない名門と呼ばれる魔術学校については、余程のコネを使う(こちらは元から使う気は無い)か推薦状を貰うほどの才能がないと試験すらまともにできないので、俺にはもう不可能になってしまった。
そして二つ目は国に仕える軍人として必要な訓練をメインとして、戦略的な魔術も教える騎士兵学校というものがある。
こちらについては、腕に自信がある平民などが入学できるように入学費なども安く設定されていて魅力的だったが、たとえこれから一年間休むことなく、剣や体術などを修行したところで現実はそう甘くない。
もし奇跡が起きて入学できたとしても、この学校ではそれなりの結果(武力を示す)を残さないとまず進級すらさせてもらえないので、泣く泣く諦めた。
そして三番目は俺の選択した進路で、今現在の世界各国の経済状況やそこにしかない特産品などビジネスの様々なことを学べると共に、一緒に通う豪商の家系である生徒とのコネが作れるのが売りの商人学校だ。
「ふむ、それこそリオンが現状で取れる最高の選択だと私も思うよ。でもお前はそれで本当に良いのかい?」
来ることはとっくに分かっていた言葉だ。
「……」
なのにその言葉一つで、脳は鉛のように固まってしまう。そして、握り締めていた拳は震えが止まらなくなる。
────今、ここで、変わらなければ、どうする?
「思い出」に縛られて過ぎていては、動けやしない。
「母さんが遺した言葉に従い、この選択を決意しました。二言はありません……」
そう、病に蝕まれてベットで寝たきりになってしまっていた母さんが、死ぬ前にまだ十歳だった俺に伝えた言葉は、確かこうだったはずだ。
「リオン、もし貴方が何かをする上で困ったことがあったら、目の前の小さな幸せなんかよりも、数年、いや数十年後でもいいわ。とにかく、そちらの大きな幸せを迷わず選びなさい。そうすれば神様は貴方の味方をしてくれるわ────」
目の前の幸せよりも、その先の幸せを。
こんな考えを使うような出来事が起きるなんて正直全く思ってなかったな。
「ほう、懐かしいことも覚えてるもんだなリオン。まぁその事が分かってるなら大丈夫だ。多分『ルックウット書店』には入学試験に出てきそうな基礎的な経済学の本があると思うから好きに借りてくるといいよ」
ルックウット書店とは、父さんの家系がずっと経営していたこの国で古くから経営されている書店だ。
とは言っても、今となっては古本などの買い手がほとんどいない。
実のところ、近所の人に子供が出来ると、元の冊数が少ない貴重なお伽話の本なんかを貸す代わりにお金を少し貰っているくらいしか収入は無いのだ。
「ありがとう、ございます」
こうして父さんとの話し合いは終わりを告げ、俺はさっきまで緊張で味の分からなかった豪勢な夕食を腹に収まるだけ食べることに集中した。
その後、自室のベットに寝転んで天井をボーッと見上げながら、今後のことを少し考えた。
魔術士として父さんのように成り上がることが出来ないなら、自己満足でしかないのかもしれないけど、せめて商人という別枠の業界で名を馳せるしかないんだ。
だから、その為にはどんなことだって妥協しない。
そんな堅そうでどこか不安な部分がある意思を持ち直して、俺の誕生日は過ぎていった。
ごめんな、レオニス、スピカ。
あの「約束」、ちゃんと守れそうにない────。