第九話 道中。
お待たせしました!よろしくお願いします!
先程までガタゴトと揺れていた馬車がしばらくして静かになる。
「どうやら到着のようですね。ここからは馬車の渋滞を避けるため、リオン様には徒歩で行ってもらうことになります」
どこに、とは言わなくても分かる。
試験会場であるエイデン魔術学校は貴族達が多く暮らす区画にあるということなので、ベラが手配した馬車に乗せてもらって来たのだ。
馬車を降りた俺は快晴の中吹き抜ける春風を受けることで、少しずつではあるが心を落ち着かせていく。
「……よし。じゃあ」
「リオン様!」
すると、今の今まで特に何も言わなかったベラが、突然俺を呼んだのだ。
そのまま学校へ向かおうとしていた俺は、その言葉の違和感に足を止めて顔を向ける。
「十五の夜、晩餐の日に貴方が諦めかけた夢は、すでに遥か遠く輝いているだけのモノではありません。ですから……」
ベラは言葉を選ぶように少し躊躇ったあと、その口角を微かに上げて俺の目を真っ直ぐに見た。
「やめておきましょう。では、どうぞいってらっしゃいませ。リオン様──」
ベラはこれ以上は野暮だと言うように、もうずいぶん見慣れた優雅なお辞儀を俺に向けた。
「そこまで言われると逆に気になるんだけどな。ま、とにかく行ってきます!ベラ」
まぁ、この短い間に色々あったからなー。やることはやったし、あとは行動あるのみ。だろ?
「────?」
俺が歩き出してから何気なく後ろを振り返ってみると、何故かずっと頭を下げているベラが見える。
せっかく最後に少しからかっていこうと思ったのに、残念だ。
────もしかして、あのすまし顔で有名なイザベラが感極まって?いや、考えすぎだな、うん。そういうことにしておこう。
「前を向いて進もうとする貴方様に、どうか神の御加護を────」
悩む俺をよそに、後ろから蚊の鳴くような、そんな声が聞こえた気がした。
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それから試験まで十分すぎるほどの余裕を持って馬車から降りた俺は、久しぶりの景色を見物しながらゆっくりと歩いていた。
「さすがは貴族街。災厄の日でほぼ全壊だったのにも関わらず、建物は余計縦に大きくなってる。師匠にもこれを見せてやれば良かったな」
マルカ王国の区画構成は、中心にそびえ立つ王城を中心として、輪のように広がっていくものになっている。
そして、王城を除いた輪の一番内側に存在する貴族街に校舎を構えるのが、国一の優秀魔術士輩出率を誇る名門エイデン魔術学校なのだ。
と、そんなことに思考を飛ばしながら曲がり道を二回ほど曲がったところで、ようやく本校の校舎が姿を見せた。
「やっぱり大きいな……」
真っ先に視界に入ってきたのは、大人の身長の数十倍はある純白の大きな校門と、その奥にそびえ立つ二つの塔が特徴的な灰色の建造物だった。
国を囲む防壁の高さにはさすがに届かないが、そこにはこの国を背負って立つ魔術士を育成する最高峰の舞台としての威厳が感じられた気がす、
「────っ!?」
学校の規模に呆然としていたせいか、不意に肩を持たれてそのまま後ろを向かされる。
しかも引く力が強いっ!
「……ホントに居た!お、おい。オ、オオ、オレが誰か、分かるよな?」
「…………えーっと」
第一印象としては身長が小さい女の子と言った感じ。具体的には比較的身長の低めな俺の頭一個分小さいくらいだ。
そこからパッと目に付いたのは、低い位置で二つに分けられた長い薄紫の髪。
うーん。
──そして少しつり目な翡翠色の瞳が付いている顔を見ると、走った後なのか少し赤らんでいるのが分かる。
ん?
────その腰には華奢な身体に不似合いな、変わった装飾の施された剣を仕舞う鞘が見える。
…………え?えぇぇー?
「────エ、エイル!?」
「あんなにじっくり見ないと思い出せねぇのかよお前は!?」
その瞬間、なんでこんな所にいるとか、なんで俺に話しかけたとか、色々な疑問がまるで走馬灯のように脳内を流れていく。そして……
──もしかして、俺と同じ学校に通うのかもしれないというごく普通の答えに辿り着いたのだった。
これなら、この場所でわざわざ俺に話しかけてきたことについて説明がつくだろう。
さて。本音を言うのなら、今この瞬間気まずさが限界突破している。とてもとても気まずい。
最悪の場合を想定するなら、俺自身がエイルに何を言われてもおかしくない立場にあると仮定するくらいだし。
「それじゃあ……アンブリョーズ・リオン!お前はオレと同じでエイデンに入学するんだな!?」
なんせこのタイミングでギリギリと歯を噛み締めながら顔を真っ赤にしているのだ。
ついでにその翡翠の目の眼光は鋭利な刃物並に鋭い。
こ、怖い……これはもうブチキレてるのか?
「…………」
俺は意を決して、ゆっくりと縦に頷く。噛んでいるから家名が違う?……うん。それは今必要な情報なのかな?
「そうか──その、それでお前に言わなくちゃならないことがあるんだよ」
一旦ほっとしたような素振りを見せて、また緊張感を持って話しかけてくるエイル。
でも何故かそこには、俺に何かを絶対に伝えてやるという意志が感じられた。
こちらも前の件について謝るなら今、このタイミングしかないだろう!
たらればだけど、俺があの件に関わらなければあの貴族崩れのいざこざも他まだマシになっていたかもしれない。
それは人は感情だけで守ることなんて出来ないと、暗に師匠から忠告されていたことに気づいてからの一つの考えだ。
────だけど。
後悔して反省するのはもう終わった。ウジウジするのはもうやめだ!
「オ、オレのことを守ってくれて──?」
「ちゃんと守れなかったくせにその上謝ることもできなくて、ごめん!!!」
エイルが何かを言いかけた気がしたけど、とにかく今の今まで言えなかったことがようやく伝えることができた。
あぁ、初の同年代友達候補と仲良くなる前から絶交か。現実は残酷だよ……?
「…………え?はぁ?わ、わわ、分かったよ!許してやらんこともない!のか?────あれ?というかなんでオレ謝られてんだ……?」
深く下げていた頭をゆっくり上げて恐る恐る相手の顔を窺うと、何故かエイルがブツブツと自問自答を繰り返している。
これはもしかして、許してもらえたのか?
そんなとき、曲がり角からエイルの後ろに現れた、見知った人影が俺の視界に入る。
「そこにいるのはリオン君かい?妹とのお話、ちゃんと楽しんでるかな?」
この聞き覚えのある声は間違える要素がない────
「テ、テミスさんだ!というか、この前は本当にありがとうございました!」
「いやいや、私はただ元凶の命を取っただけだよ。エイル君があの炎の塊を防いだときの透明のやつとか、本当に凄かったよ?」
そう!この全く嫌味のない眩しい笑顔を俺に向けてくる人物こそ、かの有名な「魔剣の家系」ヴァルナ家の長女。通称テミスさんである。(俺が勝手にさん付けしているだけ)
「──あっ!テミス姉さんの言った通り、コイツもホントに試験受けるらしいね?」
それで、この目の前でパァーっと花が咲いたような笑顔を後ろに向けている彼女の名がヴァルナ・エイル。
テミスさんの双子の妹というわけだ。
「……っていうか、なんでテミス姉さんの名前がすぐに出て、オレの名前は出てこないんだよ説明しろ!」
エイルは先ほどまでの優しい笑顔を消し去って、今度はこっちを睨みつけながら迫ってきた。
「うぉっ、うぉ、うぉい!だからって、なんで肩揺らすんだよ!」
俺の両肩を掴んでグラグラと揺らしてきたエイル。さっき謝ったばかりで気まずいのにっ!肉体的にも精神的にも、受けるダメージが大きい!
というか、俺が入学試験を受けることがいつの間にか知られているのが何故なのか気になる。まぁ、この時間にここにいるならそもそもバレバレだけどさ。
「ところで二人とも?そろそろ校門を通過しないと試験に遅刻してしまうけれど、大丈夫?」
今日身につけてきた腕時計を見てみると、正午十分前であることが分かった。
「オレの記憶だと……そう、確か十二時に試験開始だったと思うぞ?」
いつの間にか俺の時計を勝手に見ていたエイルがひとりでにそう言う。
「あと十分で……開始?ちょっと待てよ?────二人とも、俺は走るぞ!」
なんせ「集合」ではなくて「開始」なのだ。そろそろ時間的に余裕はないはず。
「私は大丈夫だから行ってきなよ、エイル」
「あ、うん。分かった!ちょ、ちょっと待て!置いてくなよー!!」
思わぬ出会いで予定が狂ってしまったけど、ようやく試験が始まる。はずだ!急げ!
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