第七話 原則とチョーカー。
大まかな作戦を考えた俺は、まず最初に唱える魔法をイメージして、そこから魔の蔵庫に干渉する。
そう、それは鎧だ。錆びることもなければ溶けることもない、強固な鎧!!
「鎧の如き防御を我に!『武装』」
まず最初に放った魔法は、前に師匠が見せてくれた防御魔法だ。
イメージとしては透明な膜のようなものを全身に行き渡らせるような感じで、実験では衝撃に耐性がある事が分かっている。
また、念のために魔札を取り出して誤魔化しの詠唱文までしておいたが、特に変わった反応はないようだ。同じような魔術でもあるのだろう。
ただ、まだこちらからは攻めていないのでベラは動くことはできない。そのせいか俺への視線が少し鋭くなっている気がする。
まぁ若干ではなくかなりせこいが、勝つためにこの原則は最大限使わせてもらおう。
ということで次は盾を創らせてもらう。と言っても今回のはひと味違って、前戦ったデカい貴族の子供が土で槌を錬成したのと同じように、武器として顕現させる形式をとる。
なので、敵の魔術を逸らせるように反りが入った大きな盾を想像してまた属性を誤魔化しながら詠唱する。
「その身をもって我を守れ!『盾』」
俺の前に現れたのは、俺の頭から膝まで縦幅のある厚いガラスのような透けた盾だ。
一度にたくさんの魔力を込めたので、盾が壊されることはあっても解除することは無いはず。
「よし!行くぞベラ!」
今のところできる限りの防御措置を自分に施した俺は、盾を前に構えたままベラに向かって走り出す。
結局のところ詠唱を唱えて攻撃を行うなら、相手にその手段がバレて上手く利用される可能性が出てくる。もうそれならいっそのこと、肉弾戦に持ち込む方が楽だろうという算段だ。
「……なるほど、そう来ましたか?ならばこれならどうです?『土よ、砂塵となりて吹き荒れろ』」
詠唱の瞬間、魔札を高くかざしたベラを中心として一気に土煙が立ち込める。
くそっ、土属性の魔術にも適性があったのか!?それに思ったよりも土煙の舞う量が多くて一瞬にして目の前が土色に染まる。
「まだです。『闇よ、暗がりを招け』」
次にベラが放った魔術によって砂埃が収まったと思ったら、今度は三歩先の様子も窺えないほどに視界が暗くなる。
これは長い間視界の範囲が狭くなることを考えておかないと。だけどどうする?闇属性魔術に対抗する方法を知らない俺に視界を治す手段はない。
今のところ言えるのは、おそらくベラは無手だということ。この状況から武器を作り出すにしても、他の魔術を使うにしても、魔力の動きが何かしら視えるはず──。
俺はその仮説を信じて、暗闇の奥で行われる魔力の動きを見逃さないように首を振って周りを確かめていく。
「…………」
────いつ来る?方角は?魔術の種類は?威力は?
心臓の音がやけに大きく聞こえる。うるさい!四方八方が暗闇で不安感が拭えない。
この緊張はいつまで、
「『炎よ、槍と成りて敵を穿て』」
くそ!展開されている闇属性魔術のせいで魔力が見ずらい!これじゃ盾が間に合わな────っ!
その思考と同時に目で捉えたのは投擲されて尚、勢いよく燃え盛る炎の槍だった。
何が模擬戦だ!殺しにきてるじゃねぇか!ていうかベラさん何属性使えるんだよ!?
「ちっ!『衝撃』」
咄嗟に思い浮かんだ魔法を唱えるが、しっかりイメージが固まっていないので、その分出ていない。だが多少でも勢いは弱まったはず!!
「間に、合えぇえええ!!!」
その間に盾を槍の正面にずらして無理やり槍の方向に向けることで、何とか盾を移動させる。
──受け止めた。そう思った瞬間、槍が弾けるように爆散した。
幸いなことに武装の効果で衝撃がある程度吸収されたことで、ぶっ飛ぶなんてことはなかったけど……
「────リオン様、足元が疎かですよ?」
「え?」
今度は背後からベラに足をかけられてすっ転んでしまう。
「リオン様は魔術を発動させる上で必要な『何を、何処に、どのくらい』という原則を今一度重視して考えるのがよろしいかと」
そうか……ここがいくら広いとはいえ、所詮は屋敷の庭。視界がダメになったことで俺は相手との距離感を取り損ねていたのか。
考えてみればあの槍もどこから放たれたのか分かっていなかった。そうなると、ベラは意外と近くからあの魔術を発動していたのかもしれない。
にしても、その給仕服で気配を消してその機動力とか、控えめに言って異常だぞ?ほんとに。
「ま、参りました……」
「これにて今日の模擬戦はお終いです。私も少々熱くなりましたが、リオン様は初戦にしては良い動きをしていたと思います。特に咄嗟に唱えた魔術詠唱については、修練を重ねれば限りなく満点に近いものになるでしょう 」
げ、そういえば途中から偽詠唱入れるの忘れてた。まぁバレる要素がないし、そこまで気にしなくても大丈夫だろう。
それに付随して、今回ベラはあくまで模擬戦だと明言している辺りから、観察する方に力を入れていたのだろうというのが分かった。
──というか、単純にハンデありでまったく歯が立たなかったことが悔しい!!
「では片付けましょうか。『水よ、散れ』」
ベラの魔札から広範囲に霧状の水滴が広がっていくことでジャリジャリしていた細かい砂が水気を含み、自然に消えていく。
────え?ちょっと……おいおい!
「ベラがこれまでに使ったのって、土、火、水だよな?それにこの前使ったの見たから闇まで……」
「えぇ。私はあと風属性を含めた光以外の五属性が適正レベル3以上あります。まぁ、普段使うことはありませんが」
あまりの驚きに、倒されたまま放置していた身体を起き上がらせる俺。
「はぁぁあ!?今の時代、三属性の適正レベルの平均が3以上あれば名門魔術学校からでも推薦が来るのに、ベラと来たら五属性の最低レベルが3だって?それだけの才能があるんだったら……?」
俺の言葉を聞いたベラは、よく見ると金の装飾が施されている黒いチョーカーを懐から取り出して首に付けた。
いつもチョーカーを付けていることが当たり前過ぎてまったく気付かなかった。なんか変な感じだ。
「……いえ、私イザベラは魔術士ではなく、アンブローズ家当主、アンブローズ=アルク様に仕える者でございます。それだけは絶対に揺るぐことはありませんよ。このチョーカーと私の命に賭けて」
「────っ!」
不意にそう言い切る彼女の瞳には、燃えるような、それでいて暗闇の中を覗くような、そんなものが見えた気がする。
いつも何かと余裕のあるベラがこんな顔をするなんて。
「あの、イザベラ?」
「申し訳ございません。今の言葉は教官役を名乗り出た者として失格ですね、どうかお忘れ下さい。ということで昼食の準備をしてきますので、少々お待ちください────」
そう言って何事もなかったかのように屋敷へと戻っていくベラ。初めてベラと出会ってからもう五年が経ったけど、まだ俺にも分からないことがあるらしい。
とにかく、今回の模擬戦で魔法の良い点と悪い点が見つかったし、魔術士の戦い方も何となく理解できた。
後はそれを参考にして実行していくだけだ。だから、大丈夫────。
様々な思いがある中で目前にまで迫る魔術学校の入学試験。俺は自分が今まで行ってきたことを信じて、ただ進むだけだ。




