第二話 才能を知る。
※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19
「────」
屋敷の玄関から、ベルの音が鳴り響く。
それと同時に、メイドのベラが客人を玄関から客間へとスムーズに案内してきた。
「こんにちは。私は魔術士協会から派遣されました、ベンジャミンと申します。この度は今日十五歳になられたと伺っているアンブローズ=リオン様の魔力使用効率調査を行うという名目で訪問した次第です。疑問、訂正などはございませんでしょうか?」
そう義務的に硬く挨拶してきたのは、三十過ぎくらいの女性だった。
外見からはあまり覇気が感じられないが、この道のエリートである『魔術士協会』の構成員しか装着が許されていない刺繍が施してあるローブを着ているので、恐らく実力は折り紙つきなのだろう。
「私が、アンブローズ=リオンです。今日はよろしくお願い致します」
初対面の人物なので、礼儀としてとりあえず挨拶しておく。
父さんとは、何やら面識のある人物らしく、俺の自己紹介のあとに少し話をしていた。
それから、しばらくすると実際に調査すると言われ、おもての庭に出るよう指示された。
「それでは只今から、魔力使用効率調査を始めさせて頂きます。まずはこちらをお受け取りください」
ベンジャミンさんはそう言うと、何処からか取り出した小さめの箱を開けて、黒いカードのようなものを大切そうに俺に渡してきた。
「あの、これって、『魔札』ですよね?」
「ご名答です。やはり父親が有名な魔術士ですと、その様なこともご存知なんですね」
嫌味っぽい返答は置いておくとして、この事について俺が勝手に本で調べていたのだ。
魔札というのは詠唱を引き金に、段階的にプロセスを踏んで魔術を構築していく術具のことをいう。
①魔術を使う時に周囲の自然エネルギーを魔力に変換させ、引き寄せる
②引き寄せた魔力を特定の属性に変化させる
③詠唱に応じた現象を引き起こす
これらの順序通りにプロセスを全てこなすことで、魔術は初めて現象として成立するというのが、学説的に証明されているそうだ。
そのことから、魔札は魔術士にとって命の次に大切な術具であるとよく言われているらしい。
小さな頃はこれを使いこなすのが夢だなんて、よく周りに言い触らしていたことを思い出す。
「それでは、実際に魔札を使用してみてください。魔札のことをご存知なら、属性についても説明は不要でしょうか?」
「はい、大丈夫です」
それについても書物で暗記済みだ。
魔札を通して行使できる魔術には火、水、風、土、光、闇と、計六つの属性があるはず。
「それでは実際に魔術を発現させていただき、各属性の魔力を使う効率の良さを五段階で評価していきます。詠唱、つまり発する言葉は何でもいいのですが、魔術を発現させるためのイメージの規模が小さすぎるものは評価がしづらいのでおやめください。それでは調査を開始します」
「リオン、お、落ち着いてやれば大丈夫だからな!俺がついてるから安心しろ!」
「旦那様、興奮するのは結構ですが、ベンジャミン様とリオン様に迷惑をかけない範囲でよろしくお願い致します」
ベラは相変わらず辛辣で父さんがちょっとしょんぼりしてるのが微妙に面白い。
そんなことを思っているうちに、ちょっと緊張感が無くなったかもしれないな。
それじゃあ、とりあえず何も持っていない方の手に顔くらいの大きさの火の玉を創ろう。
詠唱は、これで行ってみようか?
やるべき事を決めた俺は、ゆっくりと魔札をもう片方の手のひらに向け、詠唱を言い放つ。
「『炎よ、燃え上がれ』」
その言葉を詠唱した瞬間、何も無かったはずの手のひらの上には、火の玉が音を立てて現れた。
これが魔術か!どんなに緊張してようが初魔術はやっぱり感動するもんだな……
「えー……恐らく、火属性の魔力効率は非効率ですのでレベル1、つまり五段階評価中の最低評価となります」
「え?」
俺が感動していると、無表情ながらもすこし気まずそうにベンジャミンさんからそう言われた。
もう一度自分の創った火の玉を確認する。
なんと、玉の大きさが蝋燭の炎より小さいではないか。
もう一度見たら!
いや、やっぱり小さい…………
ようするに、魔術に必要な魔力の量と、魔札のプロセスによって集められる魔力の比率があっていないのだ。
つまり魔力の「需要と供給」が似合っていないことによる出力不足のようなものだと本には書いてあった。
残念だけど、結果はまだ一属性だけだ。気を取り直して、次にイメージするのは家から持ってきたコップに溢れるくらいの水を創ることにする。
「『水よ、満たせ』」
実際に具現化したのはいくつかの水滴のみ。これも駄目か。
「……水属性も非効率、レベル1のようですね。どうぞお続けください」
ちっ、これもかよ。
今度は土属性の魔術で、屋敷よりも背の高い土の柱を創ってみることにする。
「『土よ、柱と成れ』」
実際に創られたのは、地面が盛り上がっただけのもので、柱とはとてもじゃないが言えなかった。
「こちらもレベル1です」
ベラは流石に顔には出ていないが、父さんは悪い意味で予想外過ぎて驚愕の顔のまま固まってしまっている感じだ。
さすがに、これは不味いんじゃないのか?
次こそ、しっかり風属性の魔術を発現させよう。
よし、イメージするのは立っていられないほどの暴風が自分を中心として起こす姿だ。どうかお願いします神様!
「『風よ、吹き荒れろ』」
吹いたのは、魔法かどうかも分からないそよ風のみ。
どうやら神様は今、そっぽを向いているらしい。
「レベル1、です」
魔術を使い慣れていないせいで息がもう上がってきた。
心なしか、ベンジャミンさんの顔がさらに無表情になっていっている気が……
「『闇よ、隠せ』」
ベンジャミンさんに魔札を向けて、自暴自棄気味に詠唱を言い放つ。
「目隠しの魔術ですか。視界の端が少し暗くなった程度ですね。レベル1です。次の光属性の魔術で最後です」
今となっては父さんの期待に満ちた表情もすっかり萎んでしまっている。
本来なら魔術師の才能というのはほぼ受け継がれることが多いのだが、(従って貴族は優れた魔術士を抱え込むことが多い)例外として中には俺の父さんのように平民同然の人が突然才能を爆発させるものもいる。
──となればその反対、つまり親の才能を受け継がれることがない可哀想な人もいるわけで……
とにかく、もう父さんの才能を引き継いでいないことは分かったから、もうこれ以上俺の心を抉らないで欲しい。
早く終わってくれ!
「『光よ、輝け』」
適当に魔札を上にかざして詠唱した瞬間、まだ昼間にも関わらず、確かに眩しいと感じるほどの光が頭上で輝きを放っていた。
思わぬ光の規模にみんなが驚愕している。
「恐らくイメージした通りの光となっているので、光属性の魔力効率は標準、レベル3となります」
ベンジャミンさんは、俺の散々な結果を華麗にスルーして、淡々と事務的な話を進めていく。
今では、この少し冷たい対応の方がありがたいとも思い始めていた。
「……それではこれを持ちまして、アンブローズ・リオン様の魔力使用効率調査は終了致します。ご協力ありがとうございました」
調査が終わり、ベラがベンジャミンさんをお見送りした後も、誰も何も話さなかった。いや、話せなかったのだろう。
そんな中でも、未だに眩しいほど輝き続けている無能な俺が創り出した魔術の光とは裏腹に、俺の人生はたった今、どん底の暗闇の中へと近づく一途を辿ったのかもしれない。
────なにより、人の期待に応えることすらできない自分に、怒りを覚えた。