第四話 修練。①
今回も遅くなってしまいました。すみません。
「…………」
誰かに肩を揺らされている気がする。
「あー、あと少しぐはっ!!」
俺が口答えしようとした瞬間、問答無用でベットから引きずり降ろされる。寝ぼけたまま開け放たれた窓を見たところ、まだ外が太陽に照らされていない。
「おはようございます、リオン様。先にお伝えしますが、現在の時刻は午前五時でございます。リオン様は昨晩十時に就寝されましたのでキッチリ七時間睡眠ですね。健康体です」
「────?」
朝の五時?七時間睡眠?まだ頭が回りきっていないせいか、わけのわからない言葉が聞こえる。
「リオン様はいつも私に頼りすぎなのです。ひとつお伝えしますが、エイデン魔術学校は通学制の商業学校と違って寮生活です。朝起きることもできない人がどうやって生活を送るのでしょうね?」
「寮?……寮なの!?」
それは聞いていなかった。まずいな、本気でまずい。朝は苦手なんだよなぁ。
「…………ようやく理解されましたか?」
「はい!分かりましたベラ様!」
謝るから眼力で射抜くのやめて!お願いします!怖いから!
ともかくこんな感じで、ベラによる地獄のような特訓の記念すべき一日目は始まりを告げたのである。
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「ということで簡易的な朝食を食べたあと、館の外に来たというわけですが……なんですか?その格好は?」
ベラが俺の下から上を問い詰めるように見たあと、心底不満そうな顔でそう聞いてきた。
そういう彼女の格好は、いつも通りの黒を基調とした給仕服である。あの長いスカートから風が入ってきて、じつに寒そうだ。
「いやだって、朝は寒いし……ねぇ?」
ちなみに俺の方は、上からワッチ帽を折り返して装着、首にはマフラーを巻きつけている。そして、上半身は分厚い外套を着込んで、手は冷気を通さない手袋をしっかりつけて冷え性対策済みだ。
あと、下半身はズボンは裏地がフカフカになっているやつを二重履き。モフモフの靴下で完全防備の完成だ!
冬から春に変わりかけの時期は油断してついつい軽装をしがちだけど、
「…………今からなにを行うか、お分かりですか?」
「いや、分からな」
「走るんですよ」
「え?」
「今から走るんです!分かったら早く着替えてきてください!!」
さっそく、あのいつも静かなベラに怒られてしまった。先が思いやられるな。
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────もう、どれだけ走ったのだろう?
冷たい風が身体の全身にぶち当たる。それによって血の巡りは悪くなり、ぎこちなく動く手足が余計に鈍くなる。
足裏に疲れの成分が溜まって、その痛みだけが脳内を支配している。
そしてようやく辿り着いた、ゴール地点であるアンブローズ家の屋敷。
「すぅーはぁー、はぁはぁ、はぁ」
「息が乱れていますよ。基本的に息を吸うのは身体が無意識にやってくれるので、空気を吐くことに意識を向けてみてください」
ベラの指摘していることはもっともだ。だけど、身体がそれをするのが億劫だと言ってうまく機能しない。くそ……
「すぅ、はぁー、すぅ、はぁー」
「そうです。あとはその呼吸リズムに合わせて足を前に出すと良いでしょう。では、今から少し実践的な魔術の修練を行いましょうか」
「──あっ、え……今、から?」
倒れずに走りきっただけで、俺の身体はもう息絶え絶え、満身創痍だ。なのに今からなんて……
「えぇ、当然です。なんですか?リオン様はいつ何時でも万全を期した状態で敵と戦えるとお思いですか?そんなことでは一生主様の息子という肩書きは消えませんよ?それでよいのですか!」
理解はしている。ベラは俺をやる気にさせるためにわざと厳しい言葉を選んでいることは、分かってるさ。あぁもう!やってやる!
「『光よ、輝け』」
俺は魔札をベラに向け、唯一まともに使うことのできる光属性の詠唱を実行した。
息を整えながらイメージするのは、晴れた空から届く太陽の光よりも眩しい輝き。だったはず。
しかし、実際には俺が放った魔術は弱々しくぼんやりと光っているだけで、なんの意味も成していなかったのだ。
試しに魔力の流れを視てみると、魔札によって集められた魔力がどこか一点に集まらずにバラバラとしている。
「なんでだ?こんなこと、今までなかったのに……」
「いいですか?魔術を発動させるのに必要な
″想像″の力には、心身ともに安定していることが前提条件として求められています。逆を言えば、その条件を満たしていなければ本来の効果を発揮することはまず不可能でしょう」
「そう言われてみれば……」
たしかに、魔術関連の本には概念的な説明だけが記載されていた。だけど、そのさじ加減は実際に感覚を掴まないとなんともならないと思う。
「例えばもしリオン様と実力が均衡した魔術士と戦うことになれば、最後は当然体力切れで魔術を発動させることができない方が敗北してしまうのです。これでまたひとつ、魔術というものが深まりましたね。リオン様」
「うん、そうだね……」
ほんの少しだけ勝ち誇った表情になっているベラ。隠そうとしているけど隠しきれていないので、なんとも言えないところだ。
でも、これはいい勉強になった。
魔術も魔法も、その根幹にあるものは″想像力″なのだから、この法則は魔法にも適応されるだろう。
「また、その対策としては、単純な体力を上昇させる。魔術を使用する前に自分なりの習慣をつけて心を落ち着かせる。などなど、人によって無数に選択肢があります。魔術士を名乗るのであれば、この程度は無意識に行わなければお話にもなりません」
「分かったけど、じゃあ肝心なベラはどうしてるの?」
「さすがです。鋭いですね────」
ベラは少し目を見開いてそう言ったあと、俺の質問に淀みなく答える。
「ずばり、浅い呼吸のリズムですよ。自分でその深さと速さを意識することで、相手に動揺していることを悟られずに落ち着きを取り戻すことができます。これでやっと、意味が分かりますね?」
「そういうことか!!」
さっきの練習は体力をつける単純な体力トレーニングの他に、その間に自分をどれだけ安静に保っていられるかという訓練でもある。
だから、そこを意識するだけで二つの短所を一気に解消できることになるんだ。
「これから修練はどんどん過酷になっていくわけですが、確認としてひとつ注意させていただきます」
え?これよりキツくなるの?とは決して言えなかった。
「己の限界を大きく見誤って魔術を発動させてはなりません。最悪の場合、魔力暴走による爆散死、精神崩落による廃人化なども有り得ます。ですので、リオン様も戦の際にもう無理だと思ったら素直に「参った」と仰ってください。そちらの方が楽に死ねますから」
…………なんでそこで眩しい笑顔を向けてくる?ベラさん。
「り、了解しました……」
ていうか、魔法は大丈夫なんだよね!?頭痛くなったり倒れたりしたけど、大丈夫なんだよね!?師匠ーー!!
そうしてひとまず、一石二鳥の体力トレーニングは幕を閉じた。
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「神に感謝を。よーし……あっつ!!!」
「食べ物は逃げませんので、しっかり咀嚼してたくさんお食べください」
それから、遅めの昼ご飯を「たくさん運動をしたらたくさん食べる。それが体力をつけるための秘訣です」というベラの言いつけに従って、いつも腹七分目のところを腹九分目まで食べた。
「今日も美味しかったよ。ありがとうベラ」
「はい、お粗末様でした。それでは休憩のあと、午後の筆記試験対策に移りましょうか」
いつもと変わらず、不意なベラの笑顔が可愛い。これだけのために毎日感謝の言葉を言うのも案外悪くないね。
「よし、やったんぞー!!」
ここから夕方まで魔術学をみっちり教えられるのを知らない俺は、すぐ失くすやる気を漲らせていた。




