第二話 無駄にはしない。
遅くなりました。三回全消しの難産話です。
※ブクマ150突破です!!感謝を申し上げます!!
「どこだ?ここ……?」
そこはなにもなかった。
「虚無」に支配された世界だった。
ついこの前体験した、五感を意図的に限界まで失くすことで創られた暗闇とは、また違う怖さがある。
それは、人に備わっている五感の全てを、まともに把握できないからこそ味わう「本物の暗闇に対する恐怖」にあたるものだ。
ようするに、何も見えない、何も聞こえない、何のにおいもない、何の味もしない、身体が何かに触れている感覚がないこと。
そんな状態が長く続くことがあれば、人はおそらく狂ってしまうだろう。
「とか考えてみたけど、実際どうなってるんだ?これ……」
実際、独り言を話しているのか、誰かがこの声を聞いているのかすら分からない。
ただ、響く音もなければ、返ってくる声もないので、ただ呆然と俺自身の思念があるだけとも取れる。
最悪の場合、ここは死後の世界とか?
「いや、それだけは絶対に、ない。少なくとも俺の他に、誰かがいるんだよ」
本来は知覚する機能そのものがないので、生死の確認もしようもなければ、誰かが近くにいることすら分からないはず。
けれど、それを把握する感覚が、一つだけ残っていた。
それはいわゆるオーラだとか、思念だとか、そういうものを感じ取ることのできる、「第六感」というやつである。
「……そこにいるのは、誰なんだ?」
自分の居場所から少し離れたところに微かな気配を感じたので、言葉とも思念ともいえない何かを、思わず発してしまった。
────────憤怒。
悲哀。
苦痛。
不安。
私怨。
遺恨。
嫌悪。
軽蔑。
嫉妬。
殺意。
諦念。
空虚。
後悔。
絶望────。
こちらからの声にならない声など、伝わっているはずがない。にも関わらず、思念が、想いが、溢れるほど大きく膨れ上がっている。
それはまるで、思念の主が俺に己の居場所を伝えようとしているようだった。
怒って────
────痛くて悲しんで不安で憎んで
人を憎んで軽蔑して嫌って────
嫉妬して殺意が湧いて空虚になって諦めて後悔して絶望する────。
垂れ流される強いマイナス感情の渦が、ただ一方的に俺の意識を蹂躙する。
そしてその感情は、いつの間にか、ただ一つの「欲求」に終結していった。
────ここから、出して。
ここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここから出たいここ────
そして、その単純で一見意味の繋がりが見えない欲求は、留まることをしらない。それどころか、
だから「カギ」を、アナタを…………
ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!
「うるさい!」
ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!ちょうだい!
「もう、分かった」
ちょうだい!ちょうだい!カギカギカギカギカギカギ
「今度はなん……」
カギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギ
「……カギって、なんの話だよ!?
カギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギ「……あぁ……」
カギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギ
「もう……」カギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカギカ
なにもかもが分からないまま、発せられる思念に押し潰されていくのが何となく理解できた。
もし、五感の全てが正常だったのなら、この思念の主について何かもっと分かるのかもしれない。
ついに、膨れ上がる思念は俺に唯一残された思考能力すら潰していく。
そんな中で唯一意識に残ったのは、
「カギを欲している」
という、ただ貪欲な欲求だけだった。
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静かに瞳を開けると、ボヤけた視界のピントが徐々に定まっていく。
「う……あ?」
俺の瞳に最初に映ったのは、みぞれの降る空でもなければ、何も見えない暗闇でもなく、見慣れた自室の天井だった。
「それにしても、ひどい夢だな。わけが分からなかったし……」
意味の分からない夢が、目を覚ました後も記憶に残っているのはなかなかに鬱陶しい。
「まぁ、いいか」
考えていてもしかたがないと、気を取り直して耳を澄ましてみるが、突然の襲撃によって起こった喧騒はすでになりを潜めていた。逆に静か過ぎるのも問題だけど。
「はぁーーー、死んだのかと思った……」
まずは一安心。大きく息を吸い込んで、吐き出した。
心臓の音をしっかりと聞いて、それから今の俺がやるべきことを考える。
幸いにも、最後に意識を失う寸前までの記憶はぼんやりと残っていたのだ。
「…………そうだ、師匠は?」
曖昧な記憶の中をまさぐって、あのいつもうるさい師匠のことを第一に思い出す。
師匠は本当に人間で、しかも美人だった。どうして本になっていたのか、今も分からない。
師匠は本当にすごくて、俺が太刀打ちできなかった敵の攻撃を、魔法でいとも簡単に防いでいた。
師匠は俺にいくつかの試練を与えた。そのおかげで俺は魔法を使えるようになった。
試練の中で、レオニスとスピカと再会することができた。
そして、師匠は「制約」とやらを破ったせいで、灰になって…………
「っ!!師匠!!」
咄嗟に部屋の中を見渡して、師匠を入れて持ち歩いていたカバンを探す。あった!
そして、鈍い動きでそれを手元に引き寄せる。
「いるんだろ!!なぁ!?」
しかし、そのバックに自重以外の重さはなく、開け口を下にして乱暴に振っても、何も出てこなかった。
その変わりようのない事実に、素直に納得することなんてできるわけがなかった。
「なんでだよ……だって魔法は世界の法則だって簡単に捻じ曲げれるんだろ……師匠!」
あの、普段はうるさくて優柔不断で掴みどころがないのに、たまに格好よくて尊敬できる、まさに「師」と呼べるあのおしゃべりな本が……死んだ?
────それは、早過ぎた。教えてもらっていないことがまだ多くありすぎる。
「でも、分かってたよ。なんとなくは……」
それこそ、そんなのは嘘っぱちで、本当はこっそり生きているかもしれない。
でも、師匠の全てが灰になって魂のような何かが空に消えていったとき、もうあの師匠には会えないということは心の奥底でぼんやりと理解していた。
「じゃあ師匠はもともと、自分が死ぬことを分かっていて……?」
何百年と待ち続けた魔法の後継者を見つけた後に、人を助ける代償として自分が破片も残らずに消える。
師匠ははたしてどんな気持ちで逝ったのだろう?
ただ、本になっていたから分かりづらかったけど、少なくとも最後の最後まで師匠は笑っていた、と思う。
師匠は最期に言ったんだ。君なら守れると、皆がその背を押していると────。
そうして手に入れた「魔法」の代償が師匠の命だったことを意識して、思わず拳を握りしめる。
俺はまだ師匠から魔法を教えてもらったばかりの弟子だ。だからせめて師の教えに従って、俺は自分の正しいと思うことに魔法を使おうと思う。
親友との約束のために、大切な人をこれ以上失わないために────。
「見てろよ師匠。この力、無駄にはしないからな……?」
俺は自然と頬を伝う何かを振り切って、ゆっくりと自室の扉を開けた。
────さぁ、次は己の現状と向き合おうか。




