第一話 一歩の波紋。
遅くなりました。ようやく二章です。
※リオン視点ではありません。閑話っぽいですが、ちゃんと本編です!
屋敷の庭、いつも突然始まる稽古は、その日も急に始まった。
「────始め」
「どこからでも、かかってくるといい」
──舐めやがって、このクソ親父。
オレは、鞘に入ったまま抜くことができない剣を正面に佇んでいる相手へと構えて、そのまま駆ける。
その勢いに身を任せて、身体を前傾させた。
「はぁあ!」
自分の小さな身長と低い姿勢を活かして、相手の懐に飛び込み、そのまま左脚を一歩、強く踏み出した。
そして、腰の捻りを利用することで、いっそう加速した刺突を繰り出す。
「確かに雑魚なら、それで一撃だろう。だが……」
オレが放ったのは、身長差も手伝って至近距離からの防御が難しい、足元を狙った突きの剣撃のはず。
しかし、相手はさして驚いた様子もない。それどころか、身体を動かす予備動作さえも窺うことすらできなかった。
「────っ!!」
「また、躊躇したな……」
確かに決まった!そう思った矢先、視界が地面の草色に変わる。
瞬間的に躱されたことを悟って、オレは脳に迅速な判断を下す。前傾した勢いを殺すために、身体を一回転させて素早く立ち上がることに成功した。が。
「そこまで……」
そこで試合の決着は、ついた。
いつの間に抜かれていたのか、親父がいつも背負っている大剣が目の前に振り下ろされていた。
つまり、オレの剣撃を躱す段階ではなにも武器を手に持っていない、無手の状態だったのだ。
「また、なんにもみえなかった……クソ!」
「お前のその、臆病な一撃は、一定以上の強者に通じるものではない。そもそも、剣戟とは相手との読み合いが全てだ。その駆け引きにおいて、油断や緩みなど一瞬でもあってはならない。敵の全てを視界に捉えて、視ろ、そして…………全てを切り伏せろ」
いつもは寡黙な親父が珍しく長文で、オレの技に対する無茶な助言を言い放つ。
その断固たる剣への価値観は、その背に背負った魔剣と少数の魔術だけで「筆頭魔術師」に成り上がった怪物、「ヴァルナ・ヴォルド」だからこそ出せる、一つの答えなのかもしれない。
やっぱり、オレは────?
「エイル、また剣筋が良くなったね。でもやはりそれだと攻撃が単調になりがちだから、今度はその型をどの局面で使うのか。というのが今後の課題なんじゃないかな?」
深く考え込んでいると、背後から優しく肩を叩かれてそう言われる。どうやら、さっきまで審判をしてくれていた双子の姉、テミス姉さんが話しかけてくれたみたいだ。
「あとは……魔術も併用する戦略もいいかもね。たしかエイルは満遍なく魔術の適性があったと思うから」
というか、ほんの少しだけど、褒められた。その上アドバイスまで……!
「あ、ありがとうございます!!テミス姉さん!オレ、頑張ります!!」
「お疲れさま、エイル。じゃあ、今日のところは私と代わってもらおうかな。それでは父様、よろしくお願いします」
そして、親父とテミス姉さんがゆっくりと近づいていく。まだ、どちらも抜刀していない。
未だ無手の二人の隙間が狭まるほどに、周囲の雑音がなくなって、代わりに圧倒的な威圧感が辺りを包み込んだ。
「……は、始め!」
────姉さんは腰から、親父は背中から、それぞれ剣を抜いた。
それしか、まともに知覚することができなかった。
オレの合図を始まりとして、頑丈な金属同士のぶつかり合う音、あるいは凄まじい爆音が、超高速な剣戟の合間に耳に入る。
よく目を凝らしてみれば、剣を振っている二人ともが、その刹那を楽しむように、微笑を浮かべているではないか。
そこには、冬特有の身体を芯から固めるような風が吹いているだけ。──しかし、なぜだろう。この二人の打ち合いを見ているだけで、胸の中が狂ったように熱くなるんだ。
悔しい。
「オレも、強く……」
終わらない打ち合いを瞳に焼き付けながら、オレは拳を強く握りしめた。
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『魔剣の家系』、それは大昔から存在していたといわれる、由緒ある家系。
それに連なる血脈には、この広い世に存在すると云われている唯一神から受け賜った、「剣の加護」が受け継がれているのだ。
剣の加護。それは、この家系の者が世界に生まれて産声をあげた瞬間、鞘に仕舞われた生きる剣、すなわち『魔剣』がどこからともなく現れるというものだ。
────だが、問題は、その魔剣が認めた者にしか鞘を抜かせないことにある。そうして最初にその鞘から刀身を引き抜いた時、剣は本当の姿を現すのだ。
なのに、オレの剣の鞘はいつまで経ってもビクともしない。
だから当然、「災厄の日」に魔剣に認められて、鞘から剣を抜いたテミス姉さんになんて、勝てるはずもない。
つい最近、この世界では信念だけではなく、 実力も必要なんだと、あの暗い一本道で、その身をもって学んだ。
実際に何かが起きたら、身体は脳の信号を無視して動かない。結局、なにもできなかった。自尊心も、誇りも、へし折られた。あんなに咽び泣いたのはいつぶりだろうか?
────でも、それで分かったこともある。
自分がどれだけ無茶でも、無謀でも、非力でも、それを乗り越えようとする人がいるってことが。
「────おい、手出せ!行くぞ!」
まだ、あの後ろ姿をしっかり覚えてる。助けてくれたのは、名前も知らない同い年くらいの男の子だった。
そいつは、震えているのに無理して手を差し伸べてくれた。
それで、勝手に助けに来て、勝手に弱気になって、勝手に瞳に光を灯して、勝手に最後まで足掻いて────でもそんな姿に自分を重ねて、「負けてたまるか」っていう気持ちにさせてくれて。
確かにそんな彼は、親父やテミス姉さんよりもずっと弱いし、実際に最後までオレを守りきることはできなかった。
だけど、あの場所で手を引いてくれたのも、戦ってくれたのも、彼だったんだ。
それは変わりようのない事実で、その事実がオレを生かしている。
もし彼がいなかったら、オレは今頃どうなっていたか分からないし、助けが間に合わなかった姉さんにも悔いが残っただろう。
────だから、オレも成りたいんだ。
誰かを「救う」ことができなくても、「救おうとする」ことのできる、そんな人に。
そんなことをオレに教えてくれた、アイツの名前は「リオン」というそうだ。どうやらオレが起きる前に屋敷を出ていってしまったらしい。
もしオレやテミス姉さんと同じ歳だったとしたら、今年の春に魔術学校に入学するはずだ。
そのときは何か、オレにできる御礼をしたい。




