第十六話 霙空に誓う。①
※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19
ヴァルナ家の屋敷を出てから数日後、良くも悪くも日常の生活に戻ることができた俺。
冬が明けて春になれば、商業学校の試験もあるため、これまでの遅れを取り返すように勉強をしなければならない。
「一応は落ち着いたけど勉強は後手後手。師匠も喋らなくなったし、魔法の方も手探り状態か……」
喋らなくなった師匠が宿っていたはずの本は、何となくまだバックに入れたままだ。
そしてその原因となった今回の一件を通して、なにか進展はあったのだろうかと考える。
なんなら、むしろ己の無力を痛感したくらいだろう。
「うぉぉぉおぉおおおおお!!!!!」
「そうだ、頑張れ少年!もっと一気に力強く!自分の中に眠るものをさらけ出すんだ!」
心の中で師匠の声を思い出しながら、声を絞り出す。
それと同時に自然エネルギーを目で視てみるが、これといった変化があるわけではない。
師匠のことだから何かコツみたいなものはあるんだろうけど、教えてくれないんだろうな。
だけど今の現状を見れば、もはや自分は立派な魔術師なんてとうに目指してないんだろう。そう、これもきっと自己満足なんだ。
「でも、もうこれしかないんだよ!」
そのごくごく一般的な考えを覆すために、渾身の声と力を絞り出す。
──コンコンコン。
先程までの気合いが凄い勢いで冷めていく。流石に修行の一環とはいえ、このわけの分からない行動を見られるのは恥ずかし過ぎる。
「っ、ど、どうぞ!」
「失礼します。リオン様」
そう言って俺の部屋に入ってきたのは、アンブローズ家に仕えるメイドのイザベラだった。相変わらず年若いのに動きが洗練されていて見ていて清々しい。
────が、顔が半笑い……じゃない?
「リオン様、明日は何の日かご存じですか?」
雰囲気が一気に変わったベラの口調に、思わず生唾を飲み込む。
「……あぁ」
季節はもう冬の終わり。ということならば、あれしかないだろう。
「それでは花束は私が用意しておきます。それと、明日には雨か雪が降ると言われているのでお気をつけて」
「分かったよ、ありがと」
────まさかこのタイミングで。でも、それでも行かないわけにはいかないから。
そうして俺はまた魔法の修練を始めた。いっそう身を引き締める気持ちで。
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翌日の昼間、本(師匠)が入ったバックと花束を持って家を出た俺。
「雪か……それにしても寒過ぎる」
服から防寒具まで万全の状態で外に出たのだが、それでも寒いとはどういうことか。
そこからは、まるで家に帰りたくない子供のようにゆっくりと着くまでの時間を噛み締めながら、雪が強く吹く道を一人で黙々と歩いていく。
そして、しばらくして着いたのはマルカ王国の唯一の出入り口である大きな門。
「お勤めご苦労様です」
「はっ、用件はもう聞いていますので、そのままお通りください。今日は雪が激しく吹雪くそうなので注意してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
人の良さそうな門番の兵士さんと挨拶を交わして、開門された門を潜る。
マルカ王国は国の治安を保つため、衛兵に申請しないと内側の国民さえもこっそり外には出れないようになっているのだ。
「────」
しばらく舗装された道を歩いて俺が到着した場所は、様々な形をした石碑が留置している、いわゆる「墓地」が視界いっぱいに広がっていた。
死んだマルカ王国の民は、敷地の問題もあって街と城壁から少し離された村の辺りに埋葬されるのだ。
ちなみにこちらにも王国兵はいるので、荒らされるようなことは滅多にない。
「久しぶり、母さん」
俺が話しかけた大きな墓碑。そこはアンブローズ家の遺体が埋葬されている場所だった。
ここへ来ると、何だか自分の母親に慰められているようで、思ったように言葉が出なくなる。
一言声をかけた俺は、墓碑に降り積もっていた雪を払い、花束を一つ置いた。
そして目をつぶって、静かに掌を合わせる。
「母さん、この前二回目の父さんの泣き顔を見たんだ。なんかいつもの冷静な感じが無くなって本当に面白いんだよあの顔。それとね……」
母さんに報告することを全て話した。魔法のことや師匠のこと、それからエイルを守り切れなかったことも。
「────でも、実は母さんが言ってたこと、まだ納得できてないんだよ、俺」
リオン、貴方が何かをする上で困ったことがあったら、目の前の小さな幸せなんかよりも、数年、いや数十年後でもいいからそちらの大きな幸せを迷わず選びなさい。
そうすれば神様は貴方の味方をしてくれるわ────。
今もこの時の声色が、頭から離れない。
でも、もしここで諦めて保身に走ったら、自分がどうにかなってしまいそうになる気がする。
まだ俺には分からないんだ。だからもう少しだけ、答えを出すのは待っていてほしい。
静かに目を開ける。自己満足だけど伝えることは伝えた。行こう。
そうして俺は、強くなってきた雪を無視して、墓地の更に奥へと再び歩き出す。
『災厄の日の犠牲者、此処に眠る』
小さな慰霊碑に積もっている大量の雪をかき分けるようにして、どかしていく。
そして今度は残り二つの花束を供えて、目をつぶって掌を合わせた。
「一年ぶり。二人とも……」
駄目だ、やっぱり言葉がすぐに口から出てこない。
「…………ええっと、去年のときは、魔術士になれるんだぜ?とか自慢してたけどさ。俺、実は才能なかったんだよ」
あぁ、もしレオニスとスピカが生きていたなら、今頃には凄い魔術とかできたんだろうか?
レオニスは火とか土とか、スピカは水とか風とか、そこら辺が得意そうだよな。
くっそー、羨ましい。
「でも俺、魔法ってのが使えるかもしれなくてさ。今じゃあ、本の姿してるけど立派な師匠だっているんだぞ?」
想像すれば、成長したレオニスとスピカが簡単に目の裏に現れる。
俺より背が大きくなったレオニス。
金髪だし髪型とかは相変わらず柄が悪そうだけど、笑った時とかすごく優しそうな感じだ。こういうタイプの方がモテるよな。
スピカは、身長とか小さそうだけど、あの頃より女の子って感じが増すだろうな。
そのついでに口の方も強くなりそうだ。多分あの妙なあざとさも健在なんだろう。髪型は長くしてるかな?短くしてるかな?
「何考えてんだ、俺は……」
だけど、そんな未来はもう見れない。
俺が、助けることができなかったから。それで彼らの未来は奪われてしまったのだから。
「だから俺、あの時の約束忘れないからな。絶対の絶対に叶えてみせる。たとえ魔術士にはなれなくても!」
言えた。ようやくはっきり、言えた。もう迷わずに行こう、自分で決めたんだから。
そしてその言葉をかけた俺は、来た道をそのまま引き返す。さっきとは、うって変わってしんしんと降り注ぐ雪が幻想的で────。
何かが、おかしい。
「なんだこの音!?」
この爆発音のようなものの出どころは、マルカ王国の方向だ。
そう感じた瞬間、俺は全力で走り出す。
「──なんだよあれ!なにが?」
邪魔だった木々が視界から消えて、マルカ王国の現状が見えるようになった。
そしてそこには、真ん中にある城と街全体を囲むように丸く作られた防壁の四方八方から炎が燃え盛っていた。
それはまさに三年前に起こった『災厄の日』の再現。
「────!」
その光景を目の当たりにした俺は、いっそうその足を早める。
屋敷は大丈夫だろうか?父さんはもう出動して何らかの処理に当たっているのだろうか?
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息を切らしながらも、やっとマルカ王国にたどり着いた。
国の唯一の入口である大門は不用心にも全開で、街の人達が外に向かって避難している。ここを任されていた兵達はどこへ行ったのだろう?
それは馬鹿な問いだった。
市民の避難指示、救助活動、はたまた水の魔術が得意な人材は消火活動。各々がこの緊急事態を収めようと頑張っていると思う。
────頭を回せ。門の先は中央にある王城に続く大きな道があるはずだ。
しかし、燃え盛っている炎は消えておらず、視界は街にかかるやけに濃い煙でほぼ見えない。それでいて、人々の悲鳴はとどまることを知らない。
────なら、行くしかない。
まだ火の手が届いていない煙の中を駆け抜けて、とにかく困っている人を探す。
だが、先程の門を出て行った人達が大多数だったらしく、人がなかなか見つからない。
「なんでだ?何でこんなこと?」
敵国の進軍だろうか?いや、それはおかしい。思考がぐるぐると回って出口が見えない。
自国は贔屓をしなくても、魔術士の頭数を考えれば強国の類に入るだろう。
なので、他国が侵略の足掛かりとして戦争を持ちかける相手としてはまず選ばれたことがない。
だけど、見た限りでは王城も燃えていたから魔術士の精鋭はそっちに行かなければならないはず。
だとしたらそっちは囮で狙いは略殺?内側からのクーデターとか……!?
「おぉ~い、『カギ』はどこだぁ~?」
やっぱり、何かおかしい。
遠くから聞こえる悲鳴や逃げ惑う足音よりも明らかに近い距離に、どこか間の抜けた声が響いている。
そして後ろを振り返ると、灰色の煙に何者かの影が浮かび上がっていた。
「……ねぇ、『カギ』知らないぃ~?」
────季節は冬。
しんしんと降る雪が、狂ったように燃え盛る炎と混ざり合い、霙となって降り注ぐ夕暮れ時。
マルカ王国に、突然の危機が舞い降りた。