第十五話 家というものを知る。
一週間遅れです。すみません。これからも頑張りますのでどうかよろしくお願いします。
※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19
「『血肉よ湧きたて、そしてこの者を戻せ』」
鮮やかな赤色の光が俺の身体を覆う。
その光が収まると、今まで動かしづらかった肩などが先程とは見違えて軽くなる。
「よし、これでもう大丈夫なはずですよぉ。お昼頃には迎えが来るそうですから〜、それまでは安静にしていてくださいねぇ」
そう俺にのんびりと話す四十代くらいの女性は、貴族の中でも上流階級のヴァルナ家に代々仕えている治癒魔術士のサン・キュリアスさんだ。
「ありがとう、ございます」
あのひと騒動から一週間ほど時が経ち、その間に手厚い看護を受けた俺は、重傷だった怪我もほぼ完治していた。
少なくとも、身体は。
それと他に変わった点があるとすれば、なぜか師匠がなんの前触れもなく普通の本になっていた事だ。
理由は謎だが、いつもうるさい人?が居なくなると妙に寂しいというか、なんというかね。
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そして無事に昼が過ぎて少し時間が経つと、俺が寝起きしている部屋の扉が開かれた。
「お迎えに参りました、リオン様。お元気なようで何よりです」
そう言って俺の前で洗練されたお辞儀をするのは、アンブローズ家のメイドであるイザベラだった。
「よいしょっと……あっ?」
早速ベットから立ち上がろうとするが、足に上手く力が伝わらなくて倒れそうになる。
そしてその先にはベラというクッション材があった。
「わっ!……その、大丈夫ですか?怪我の影響でまだ本調子は取り戻していないようですね。屋敷に帰ったらリハビリも必要かと思います」
絵面的になんだか俺がベラに抱き着いたみたいになっていて、恥ずかしい。
最近は何から何まで本当についてないみたいだ。
「わ、分かったよ」
それにしてもあんな無表情のベラが、「わっ!」とか恥ずかしそうに言ったよ。
これはいつかからかってやるしかないな。
「それでは、最後に挨拶をしてから帰宅しましょう。今頃はヴァルナ家の皆様が客間でお待ちになっているはずですから」
部屋の外に出るとそこには佇まいが洗練されている執事さん(結構若い)が待機していた。
話を聞いてみると、どうやらヴァルナ家の食堂に案内してくれるそうだ。
俺とベラはその案内に従って、ゆっくりと幅の広い廊下を進んでいく。
「────」
どうやら、まだ違和感を悟られてはいないようだ。この調子でボロが出なければ、何事もなかったようにいつも通りの日常に戻ることができる。
なぁに、ただいつも通り何も考えずにしておけば、何も問題はないさ。そう大丈夫。なにも心配は要らないはずだ。
────表情は大丈夫か?
でもあまりに明るいのもおかしいから、自然体じゃないと、いけない。
不自然なのは駄目だ。おかしいのが悟られてしまう、いつもと違うのがバレてしまう、心配をかけてしまう。
だから、自然体、自然体、自然体、自然体、自然体、自然体、しぜんたい、自然たい、しぜん体しぜんたい、しぜんたい、しぜんたいだ。何も考えるな、感じるな。
そう心の中で何度も自問自答を繰り返し、自分は大丈夫だと言い聞かせる。
己の瞳の輝きが、消えかかっていることも気付かずに。
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「この度は、アンブローズ家当主の息子であるリオン様の救助、及び治療をして下さり誠にありがとうございます。当主も日を改めて自らがご挨拶に伺うということですので」
食堂に入室した俺達は、指定された席(俺のテーブルを挟んだ向かい側にはテミスさん、ベラの向かい側にはテミスさんの母親が座っているという配置だった)に座って、さっそく話を進め始める。
「そんな、とんでもない。リオン君は私が現場に駆けつけるまでの時間を、怪我を負いながらも稼いでくれたのです。寧ろこちらに御礼をさせてください」
テミスさんの形式的な返答の中には、確かに感謝している気持ちが伝わってきた。これでは余計に居心地が悪い。
そして、この会話がなされている食堂には、どうやらエイルを除いたヴァルナ家の全員が揃っているようだ。
「この度は娘の危機に助力をしてくださり、ありがとうございました。それからリオン君の父親のアルク様には、主人も魔術士協会で色々お世話になっているようですし、今回の一件も兼ねて何か恩返しがしたいところですね。ねぇ?あなた?」
そう話すのは姉妹の母親である、こじんまりとした女性だった。名前は治癒魔術士のキュリアスさんに聞いたけど、普通に忘れた。
それにしてもさすが親子、二人の力強い美声には、ほぼ違いがない。
「あぁ、そうだな……」
そして、その言葉に静かに返答するのは、このヴァルナ家の当主が座る椅子(いわゆる誕生日席の位置)に腰掛けている大男だ。
「あなた」なんて呼ばれていることから、おそらくこの男性が姉妹の父親なのだろう。
そしてこの会話の最中に気がついたこと。それは、今ここに居ないエイル以外の三人は屋敷の中にも関わらず剣を帯刀しているということだ。
それぞれテミスさんはあまり特徴がない剣を、その母親はレイピアのような剣を、父親の方は両手剣でも刀身がさらに分厚い剣を、腰に下げたり背負ったりしている。
おそらくこれらが「魔剣の家系」、魔術士としても貴族としても頂点に近い地位を保っていられる秘訣なのだろう。
そこからしばらくは他愛のない話が続いた。
俺はといえば、一刻も早くここから出たいので、話の内容に適当に相槌をうっている程度だった。
「それでは、先程の具体的な内容については後日当主とお話になられるということで、今日のところはお暇させてもらいます」
ベラの言葉を合図に、座り心地の良い華奢な椅子から立ち上がる。そして、それに合わせてテミスさんも席を立ち、俺に握手を求めてきた。
「それではリオン君、改めて、ありがとう。今回は君のおかげで最悪の事態は免れた。だから、私もこの前の約束は守らせてもらうつもりだよ」
────ここで本当に、手をとってもいいんだろうか?その権利は、俺にあるのか?
鼓動がおかしなリズムを刻んでいる。エイルの、あの絶望した表情がちらつく。
「ん?どうしたんだい?」
俺が中々手をとらないので、彼女は少し首を傾げて疑問を口にする。
「……あぁ、はい。よろしくお願いします」
なるべく目を合わせないように俯きながら、ゆっくりと手を握る。
まぁ、いいか。魔術学校にも入学できないのだから、もう会うこともないだろう。
それに次にエイルと会ったなら、どんなことを言われるのか。考えただけで憂鬱になる。
「それでは、アルクによろしくと伝えておいてくれ……」
「あなた、どうせ魔術士協会の仕事でまた会うでしょ?ほんとに仲がいいんだから」
「畏まりました。それでは失礼します」
そうして、ようやくヴァルナ家の屋敷を離れることになった。
ヴァルナ家の屋敷には意識を失っていたうちに運ばれていたので知らなかったのだが、少なくともうちの四、五倍は建物が大きい。
しかも、マルカ王国の王城に限りなく近い。さすが位が高い貴族(魔剣の家系としても著名的)は色々違うな。
そこからはベラが用意してくれていた馬車に乗り、郊外にあるアンブローズ家の屋敷に向かった。
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ついこの前まで普通に住んでいた屋敷なのに、妙に懐かしく感じる。そんなことを思いながら、ベラと一緒に玄関へと歩を進めていった。
「只今帰りました、ある──」
ベラが話すのをやめるほどの荒々しい誰かの足音。とはいえこの屋敷に住んでいる人間は俺たち二人を除いて一人しかいない。
「──う、わ」
突然の衝撃に足元がぐらつく。だが何とか踏みとどまった。
「リオオオオオオオオォンーー!!大丈夫かあぁぁぁあ!!怪我は?怪我は治ったのか?うちの息子にこんなことして、ただで済むと思うなよぉ!ベラ、誰がやったか調査してもらってもいいか!?」
いきなり半泣きな父さんに抱き着かれてびっくりする俺。そしてすーっと後ろに一歩引くベラ。
痛い痛い、苦しいって!
え、誰これ。俺の父さん?まさか、違うよな?いやそれ以外だったら逆に怖いな。
「お言葉ですが、ヴァルナ家との対話の中で実行者の貴族崩れの息子達は、事実上この世界から抹消されていることが確認されています。それでもお探しになりますか?」
ベラから抹消とかいう物騒な言葉が聞こえたが、スルーの方向で行こう。
「まぁ、あの剣術バカの事だから娘のことだったらそこまでやるだろうね。そんなことよりリオンが無事で良かったよ。もう心配でどうにかなりそうだったんだからな」
半泣きで抱きしめながら凛々しい声を出しても、大して威厳がない俺の父さん。
だけど、その分気持ちは伝わってきた。
「……ごめん、なさい」
実のところ父さんがここまで取り乱すのは、「災厄の日」の一件で行方不明になっていた俺を見つけた時以来だ。あの時は号泣だったけど。
それにしても、何なんだろうか────この気持ちは。
慣れ親しんだこの過疎気味な屋敷や、いつも何かと俺を手伝ってくれるベラ。
それから、いつもは大人しいけど、俺のことを本当に大切に思ってくれている父さん。
俺がどんなに悩んでいても、心が折れていても、いつも励ましてくれたり、慰めてくれたり、時には本音で話してみたり。
その思い出を思い出すと、本当は何も解決していないのに今はなんかこう、胸の辺りが「あったかい」んだ。
できればもう進みたくない。「あの約束」だっておそらく守れそうにない。今のところは分からないが、魔法の方も希望は薄くなってきた。
だけど失敗して、間違えて、追い込まれても、ここに戻ってきて三人で笑ったりすればどうにかなるんじゃないかと。
「それでは、そろそろ夕食の時間ですが。リオン様は何か食べたい料理などありますか?」
だから、もう少しだけ踏ん張ってみるのも悪くない。と思う。エイルとテミスさんにも謝らないとな。
「今日は肉が食べたいな。とびっきり美味しいのを頼むよ」
「承知しました。では調理してきますね」
少なくとも魔法についてはまだ努力のしようがあるんだ。こうなったらやるしかないと、そう静かに決断した。
「……それでさ、いつになったら放してくれるの?父さん」
「あっ、いや、その……すまん」




