第十一話 散歩をする。
※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19
師匠からの魔法の説明を受けた日から、ちょうど二週間程が経ち、この辺りでは、激しい寒波が猛威を振るうようになっていた。
「うおぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
鳴り響く俺の声、そしてそれを鼓舞するように師匠の大きな声が重なり合う。
「そうだ、頑張れ少年!もっと一気に力強く!自分の中に眠るものをさらけ出すんだ!」
そんな中で俺は商業学校の入試勉強も順調に進めながら魔法の修行を続けていた。
と言っても、ひたすら身体中に力を入れ続けて叫ぶだけなんだけど。
「うーん、今日も魔の蔵庫の門は開かなかったみたいだね。どうしようか?」
「こればっかりは、魔術でもどうにもならないと思うけど」
師匠曰く、門とは実際に魔法を使う時に現れた空間の歪みのようなやつのことを言うらしい。
というかまず最初に、この練習法を見直してほしい。恥ずかしいというのが主な理由で。
「それなら師匠はどうやって門とか開いたの?それが分かるんならどうにかなると思うけど」
「うーん、感覚?こういうものがあるんじゃないか、と思ったら実際に門があったんだよ」
これだから天才は嫌なんだよ。
俺がガクリと膝を突いていることさえ気にも止めず、師匠は能天気にも、こんな提案をしてきた。
「じゃあ、今日は君がお昼ご飯を食べた後、気晴らしに散歩でもしに行こうよ。僕もここら辺がどう変わってるとか知らないし、何より楽しそうだからね!」
まずついて来るのは当たり前なわけね……
師匠は自分の欲望に忠実だというのは分かってきたから、もう何も言うまい。
にしても、最近は特に用事もなくなったので(行ってた所が全てルックウッド書店だったなんて言えない)俺も外に出てないし、これはこれでちょうどよい機会かもしれない。
「分かったよ、でもその代わり師匠は俺に話しかけずに静かにしててくれよ?」
「え!なんでだい?少年が一人で静かに散歩なんて、淋しいだけだと思うけど?」
ここで正論をぶちかましてくるあたり、確かな悪意を感じる!!
「なんでって、他人からしたら俺が勝手に一人で喋ってるヤバい奴になるだろうが!」
あぁ、確かに。じゃないよまったく。
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正午の食堂にて。
「神に感謝を」
「いやー、久々の休息。それに材料の価格を抑えつつ高い完成度も維持させるベラの料理とくれば私の心も癒されるというものだよ」
「お褒めの言葉、恐れ入ります。ところで今回の魔術士協会の会議では──」
ベラが趣向を凝らした低出費料理は、いつも通り俺のナイフとフォークを止めさせることは無く、遂に最後の一口も食べ終えてしまった。
「ベラ、今日の料理も美味しかったよ!それと今から少し出かけてくるから」
「はい、行ってらっしゃいませ。と、その前にリオン様に申し上げたいことが一点あります」
ん、なんだなんだ?
「自室で奇声を上げるのはあまり宜しくない事かと。ストレスが溜まっているのであれば……」
「い、行ってきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああーーーす!!」
ベラの言葉だけは最後まで聞くまいと猛ダッシュで自室に戻って着替えをし、息を切らしながら屋敷を後にした。
初めて心の底から誰かを呪いたいと思った。
「うわ。寒過ぎだろ今日」
こんな季節だから出来るだけ暖かそうな服を着てきたつもりなんだけど、これは予想以上だ。寒過ぎる。
「それはそうと、少年は何処を散歩するつもりなんだい?」
そう少しくぐもった声で俺に質問してくる師匠は、今は大きめな肩掛けのショルダーバッグにスッポリ収まっている状態だ。
それなのに会話が違和感無く成立しているのは、魔法で俺の視点を共有して周囲を見ているからだそうだ。
たしか、魔術でもこんなのがあったような気がする。
「あのさぁ、さっき話すなって……まぁ今はいいか。今日は適当に王都の賑わってる辺りまで行こうかと思ってるけど、行きたいとこでもあるの?」
「いや、別にそういうのじゃないんだけどね。行く場所は君に任せるよ」
そこからは俺も師匠も無言で、冬独特の真っ白な雪で彩られた景色を観ながらゆっくりと王都に進んで行く。そして……
「王都か、ここに来たのも本当に久しぶりだなぁー。ここまでの近道も記憶が途切れ途切れだったし」
遂にマルカ王国が誇る、様々な国との流通品を扱う店が軒を連ねた城下町の市場に到着した。
昔使っていた近道をなんとか覚えていたおかげで、だいぶ時間を短縮することができたな。
「その発言、まさに自分が引き篭もりですって言っているようなものだよ?大丈夫なのかい少年」
「う、うるさいなぁ。来る機会が無かったんだよ!機会が」
「……ふーん」
なんだその間は。言っとくけど、俺は別に嘘なんてついてないからな?
「まぁ、それは置いておくとして。こんな寒そうな日なのにここは五月蝿すぎやしないかい?大体ひとりの人が歩くスペースすらないじゃないか」
「そりゃそうだよ。何たってここはマルカ王国が世界に誇る総合市場街なんだから」
言葉の通り、ここに来れば名工の品からグレーな危険品まで幅広くなんでも購入できると言われている市場なのだ。
勿論俺が住んでいる郊外の辺りとは、比べるまでもないほどに人の出入りが激しい。
「じゃあここよりは静かなとこに行くか。ていうか静かにしてろって言ったの覚えてるよね?ねぇ!?」
意外に客が買い物の値切りや、物色しながら歩くのに必死で、いくら俺が独り言を言っていようが気にされていなかったのには驚いた。
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そこから少し歩くと、沢山の家がある白を基調とした小綺麗な住宅街が目の前に現れた。
白い雪も相まって、ここら一体は、なかなか幻想的な空間に仕上がっている。
「……すげぇ、懐かしい」
此処はレオニスとスピカと俺でよく探検遊びをしていた場所だった。
「災厄の日」以来ここに訪れたことはなかったから辿り着けるか不安だったけど、幸いにも、そこまで再建された家などの配置が変わっていなかったのでほっとした。
「うわっ、用水路の水もこんなに綺麗なんだ!道端にゴミも落ちてないし。マルカ王国の王様も結構頑張ってるみたいで安心したよ」
どうやら俺の視点に用水路が映っていたので、それに師匠が反応したようだ。
「そんなに珍しいの?俺が小さい頃からこれくらいは当たり前だったけど」
爛々とした声だけでかなり興奮しているのが分かる師匠。そして、なぜそこで驚くのか分からないので反応に困る俺。
これが生きた時代の差というものなのか。
「うーん、でもこういう街に限ってトラブルが起こるのは今も昔も変わらないみたいだね」
「え?なんの話を……」
「ちょっ、誰だよお前ら!!!」
どうやら本当に誰かが絡まれているらしい。久々の城下町散歩が台無しだよ。
「師匠!さっきの声、どこら辺から聞こえたか分かるか?」
「恐らくここから南の方向に少し行った所だね。もしかしなくても君は助けに行くのかな?」
「ちっ、裏路地の辺りか。そりゃ見て見ぬ振りみたいなことはしたくないからな!」
俺はそう言って、とりあえず曖昧な記憶を頼りに、南方面の怪しそうな道へと走り出した。
正直ちょっとビビってるけど、そんなことも言ってられない状況だと思う。
「見て見ぬ振り、か。そりゃあ────だもんね。流石に心苦しくもなるよ」
「ん?なんか言ったか?」
「いや、何でもないんだけどね」
風で声が聞こえづらかったな、あとでまた聞くか。
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「着い……たぞ……」
俺は持てる限りの力を使って、綺麗に整備された住宅街から少し離れた所にある裏路地へと辿り着いた。
それにしても体力落ちたなぁー。
レオニスやスピカと遊んでいた頃には、貧弱な体つきのわりによく動けたんだけど。
「僕はまず様子を伺った方がいいと思うな。何より情報を得ることが大事だからね」
師匠のアドバイスに従い、バレないよう顔だけを覗かせるようにして裏路地の中でも一際暗い一本道に視線を向けた。
少し狭めな路地には、珍しい薄紫の長い髪をした幼げな少女に、二人のフードを被った身長が凸凹な二人組が高圧的な感じで話し掛けているという、どうみても怪し過ぎる状況が展開されていた。
とりあえず耳を澄まして、状況を把握することに意識を集中させる。
「お前は『魔剣の家系』の癖に剣すら持ってないのかよ。舐めてんのか?でもまぁ、これで憂さ晴らしも簡単に出来るってもんだぜ。なぁ?」
「オデちょっと驚愕。だけど楽々潰せるなら嬉しい」
凸凹二人組(声的に男二人か?)の嘲笑も混ざった下衆な笑いが路地の外まで響いている。これで絶対良い状況では無いのが確定した。
「こんな所までわざわざ連れてきて一体なんだよ?」
それに対して、男のような荒い話し方をする少女はまだ強がってはいるが、それでもかなり怯えているように見て取れる。
「まぁ、別にお前に恨みはないさ。けど問題はお前の姉だよ。この気持ちがお前に分かるか?あの女の皮をかぶった化け物め、俺様達のプライドをことごとく踏み潰しやがってぇぇぇー!」
「だからオデらも、今からそれをやろうかと思ってる。面白いだろ?」
言いたいことは言い終えたとばかりに、凸凹二人組が一歩ずつ足取りを進めていく。
そうすると、少女は後ずさりで距離を保とうとする。
これは、そろそろ俺が出たほうがいい頃合いか?
「あ。今更聞くけど、君はどうやってあの子を助けるつもりなんだい?言っておくけど僕は多少の知恵は貸せても、魔法とかで助力することは契約上出来ないからね」
「考えなら、あるさ。一か八かだけど……」
確かに師匠の助力を受けられないのは相当な痛手だが、まぁ多分どうにかなる、と思う。
「ちょっと卑しいことを言うようだけど、今の君には力も無ければ助けも無い。ついでに言うとその女の子は知り合いでもなんでもない。それなのに君は″助ける″のかい?」
今更だが、師匠の鋭い指摘が胸の深くに突き刺さる。
勢いでここまで来てしまったが、考えてみると理由なんて特になかった。
言ってみれば、俺の中につっかえている「言葉にできない何か」が唯一の行動原理だ。
だけど、それでも──。
「使命とか、崇高な理由とか、そんなんじゃなくて、誰かを助けることができるなら、どんだけ小さいことでも出来るだけ助けたい。それだけの事に理由なんて、普通要らないだろ?」
それで、いくら呼んでも来てくれなかった
″誰か″になれるんだとしたら、俺はそれでいいんだと思う。生憎そこまで師匠に話すつもりは無いけど。
「いやぁー、拗ねた質問をして悪かったね。少年の揺るがない気持ちと博愛の心、しかと見してもらったよ。それじゃ、あとは君の好きにしていいから頑張っちゃって!あ、女の子がもっと奥の方に走ってっちゃったけど、そこのところ大丈夫かい?」
師匠の軽すぎる言葉が少し気になったが、今はとりあえず後回しにするしかない。
「やべ、とりあえず追うぞ!」
気持ち新たに、少女を助けると決めた俺は、自らも暗い裏路地の中に足を踏み入れた。
特に頑張って耐えてくれよ?俺の体力。
────残念ながら君は、まだ分かっていない。理解できていない。その証を僕に見せることができていない。
よって、まだ託すこともできないんだ。
だからせめて、どうか君の心が折れないよう、今のうちに祈っておくとするよ。
そろそろストックが底を尽きるので週一投稿に変更させていただきます。申し訳ないです。