休憩と機嫌
「どうした! どっちも動きが鈍ってるぞ、まだ始まってすぐだぞ!」
七三貴族が撤退し、2日が過ぎている。この2日間、七三貴族は姿を現していない。
それは毎日毎日現れる程仮にも貴族の七三は暇では無いんだろうな。若しくは作戦でも練っているのかもしれない。
毎日邪魔しに来てるようだったらただの雑菌男である、そういう奴は発酵食品に任せてあげたい。
そして今はエマとフィル達冒険者志望の子供達はエマを魔物に見立てて模擬戦をしてもらっているのだが、如何せん、動きが鈍い。何をやっているのやら。
「筋肉痛で身体中痛いんですよ! それなのにこんな仕打ちだなんて鬼ですか!」
「エマ姉、違うぜ、師匠は悪魔さ……平気な顔して地獄に連れていく人だ」
フィルとエマは向かい合い、フィルは攻撃を仕掛けているがエマに寸での所で交わされている。それでも動く度にどちらも悲鳴を上げている。
……そんなにキツかっただろうか? エマはさることながら、フィル達にはそこまで重いことはさせた気がしないんだが。恐らくまだ10歳と言う成長段階だから体が色々追い付いて無いのかもしれない。
もう少し考えてやるか。
「よし、休憩にするか。終わって良いぞ!」
その合図を待ってましたと言わんばかりに全員が座り込む。ユンとピータはもう動けなさそうだ。他の4人より軽く設定したがそれでもギリギリだったらしい。
こんなことで怪我でもされて夢を砕くのも可哀想だから本気で考え直そう。自重自重。
「開始早々鈍ったのはあれだけど、まぁ動けていたから問題は無いな。訓練内容はもう少しハードルを下げるとしよう」
「そうしてくれると助かるわ……」
息も絶え絶えに本気の目で感謝を述べるアルカ。ほかの面子も微かに頷いている。
相手は子供だ、向こうに合わせなきゃだよな。エマの訓練内容? はっはっは、知らん。続行だ。コイツはゾンビ並みの生命力があるのでちょっとやそっとじゃ死なん。
「まぁお疲れと言うことで果物を買ってきてやったぞ。おやつの時間だ」
「さっすが師匠ね! 一番乗りー!」
元気っ子のユンは真っ先に俺のもとへと走ってくる。その速度はかなり遅い上に顔が痛みでひきつっていらっしゃる。可哀想なのでこっちから渡しに行く。
「ほら、無理するな」
「師匠、ありがとう!」
ニカッと笑いながら果物を受けとるユン、俺はその後もフィル達に果物を手渡していきご苦労と言う旨を伝える。
まだ午前中だし、今日はこのくらいにしておくか。全員動けそうにもないからな~。無理は良くないな、うん。
「今日はもう自由にして良いぞ。休暇に当ててくれ」
「良いのか? 師匠」
スティーブが意外そうな顔で俺に尋ねる。なんだよ、俺が倒れたやつらに無理矢理訓練を続行させる様な奴に見えたか。
「あんまり酷使しても怪我するだけだからな。お前達が冒険者になれるのは最短であと5年は掛かる。気長にいこう。」
「確かに、焦りすぎは良くないな」
地面に這いつくばりながら真剣な顔をするスティーブ。無様かつ締まらない格好だ、イケメンが台無しである。
「あと汗だくのままで何時までもそこにいたら風邪をひくぞ。肌寒くなってきているらしいから着替えておけよ」
「私達は揃って動けないのですが、師匠」
スティーブと同様に地面に寝転がっているセミロング茶髪の女の子リズ。まぁ確かに筋肉痛と疲労のダブルパンチだ、動くのは面倒かつ億劫だな。
「ふむふむ、仕方ない。孤児院まで俺が運ぶとするよ」
「きゃっ!?」
そう言って目の前に倒れているリズを持ち上げて孤児院へと向かう。
「下ろす場所に希望はあるか?」
「あ、2階まで運んでくれれば大丈夫です、師匠」
ご注文通りに運び終えると、他の奴等も同様に運んでいく。最後にフィルを連れていくものの、2階はのろのろとしたアルカ達の巣窟となっており、最初に運んだリズですらまだ部屋に入ることが出来ていない。
「そこまでキツいか」
「師匠、あれは10歳にやる訓練じゃないから」
「そこは追々レベルを下げるから安心してくれ」
仕方ないので全員を改めて部屋に押し込み、俺はその場を退散し、階段を降りる。
階段を降りた先で院長に遭遇した。
「子供達の面倒を見てくれて助かるよ」
「気にするな、一応依頼の範疇だ。金は貰っている」
「……そこはしっかりしてるな」
誰がボランティアでやるもんですか。いや、フィル達にならそれも悪くはないか? ま、貴族問題が終われば街からは出るし、今は稼げるだけ稼ぐとしよう。
「まぁ、金を貰ってる間は全力を尽くすから安心してくれ。あ、そうだ。今日はアイツ等は部屋から出られないと思うからその辺は確認してくれ。俺はこの後は孤児院の修理に入るよ」
「ん? そうか、わかった。他の子もいるから怪我をさせないでくれよ?」
「おう」
まずは木材の調達からだな、スティーブから聞いた話じゃ天井も危ういらしいし、雨が降ったら雨漏りするかもと懸念していた。今日は天井……いや、天井を支える支柱だな。
もし腐って来ていたら俺が登った途端に崩れるかも知れない。そうなったら折角の苦労が水の泡になるし先にそちらから終わらせるとしよう。
外に出るとエマが扉の前で倒れていた。暫く観察すると微妙にだが動いていることが分かる。じりじりと少しずつ孤児院に向かっていた様だな、もう少しだぞ、頑張れ。
心のなかで応援した後、再び木材の調達へと向かおうとすると、先程の動きが嘘かの様に俺の足を素早く捕らえた。
「待ってくださいよぉ~、なんで私だけ運んでくれないんですかぁ~!」
泣き顔でそんなことを言われる。なんだよ、運んで欲しいならそう言えよ。
「ランドさんってば、最近は私の事を放置して子供達と遊んでばかりです……私の事は遊びだったんですか!」
えぇ~、そんな事言われてもだな。そもそも勝手に着いてきてるのはエマだし、俺等は別にそんな関係でもないしそもそも俺は魔物だし。
いや、違うな。エマはただ構って欲しいだけなんだろう。ワガママな奴だ。
「ふぅ、お前に構えば良いのか?」
「はい、構って下さい。後いい加減優しくしてください。訓練が辛いです」
「訓練はお前自身の身を自分で守れるようにしたかったからだぞ、反応を見て楽しむなんて事は半分しかない」
「半分もあるんですか……」
……なにやらここ最近機嫌が悪いような気もする。働き詰めだから気分転換をした方が良かっただろうか? 仕方ない、エマが動けるようなら街へ出るか。
「動けるか? 動けるなら街に買い物でも付き合うぞ」
「良いんですか!? じゃあ、早速行きましょう!」
めちゃくちゃ動けるじゃないか。なんだ動けないフリをしていたのかコイツは……。
良く分からん奴だな、ま、このまま放って置いたら無視されそうだし、フィル達を見てくれない可能性もある。今日はご機嫌取りに付き合うとするか。
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
元気良く返事をして歩き出すものの、かなり遅い。やっぱり無理をして動かしているようだな。……歩く速さは合わせるとするか。
「ゆっくりで良いぞ」
「……っ! は、はい……っ!」
そうして俺のエマへのご機嫌取りが始まる。




