99話 本性
聞こえるのは子鳥の鳴く声。
チョンチョンと朝を告げる。
「空様。朝です」
「無事に四週目。そして次はない……」
「何を言ってるんですか?」
まずは白愛に説明からか。
いや、その前に一つやることがある。
「白愛。まだ気づかないのか?」
「やっぱり貴方様は……」
「予想通り俺は【知】の使徒になった。そしてなんだかんだあり時間逆行を繰り返し現在四週目だ。何があったかはこれから話すからちゃんと聞けよ」
俺は淡々と話す。
起こった事を全て包み隠さずに……
「それを信じろと?」
「信じないなら海に聞け」
「そうします」
白愛が海に電話する。
問題があるとしたら海がどの時間に行ったか。
考えてみたら俺と同じとは限らない。
あの時間逆行は何日前とかいうわけではなく決まった地点に戻される。
それこそゲームデータを読み込むかのように……
「空様。海様も似たような事を言ってます。それと電話を変わるようにと……」
そういえばちゃんと打ち合わせをしてなかった。
俺は白愛から電話を変わる。
「お兄様。とりあえず私はジュネーに引き返しました。そこでアルカードと戦ってお父さ……じゃなくてクズを助ければ良いんですね?」
海が間違えたかのように言い直す。
それにしても親父も実の娘からクズ呼ばわりされるとは不幸な事だ。
まぁやった仕打ちを考えればクズって言われて当然か。
「そうだ。親父と海なら十分アルカードに太刀打ち出来ると俺は踏んでいる」
親父の戦闘力は未知数。
しかし電磁加速砲に記憶消去。
それに術式を刻んだ特殊弾丸。
他にも鍛えられた肉体もある。
弱いわけがないだろう……多分。
「お兄様。悪いんですが私はクズを助けたくは……」
「分かってる。でも親父は戦力になる。真央に共有されたとしても記憶消去で無力化も出来るだろ?」
「そうですが……」
たしかに辛いのはよく分かる。
海に虐待をするように仕向けた犯人で人で無し。
現に俺も一度殺しているしな。
「キツいことを言うが考えるのは後にしろ。とりあえず夜桜の件が落ち着いてからだ」
「そうですね。分かってますよ。そのくらい」
海がそう呟くと電話が切れてしまった。
さて、そろそろコチラも準備するか。
「問題は桃花だな。今日は告白がある。その時に夜桜にバレずに何かしらの手を打たねぇとな。出来れば桃花には全て伝えたいしな」
「それなら告白に手紙で返事してそこに炙り文字を仕込んでおくのはどうでしょう?」
「それだ!」
あとは何をするか……
夜桜と正面から戦うのは愚策。
バレないように暗躍するのが普通。
しかしそう上手くいくだろうか……
「とりあえず朝食にしましょう」
「そうだな」
今の状態の夜桜。
恐らくは俺の事は何も知らない。
そして会うと使徒になってるのがバレる。
その時にどう言い訳するか。
少なくとも今の夜桜はまだ俺が魔法や使徒について知らないと思ってるはずだ。
それを利用しない手はない。
とりあえず夜桜を倒すのは戦力を整えてから。
前の時の掃討戦の面子にルークさんと親父を加える。
そうすれば少しはマシになるだろ。
それに加え上手くいけば相手は海と親父によりアルカードを消費してくれるだろう。
「それと空様。目的をハッキリさせましょう」
白愛が朝食を並べ終えると俺の目を真っ直ぐと見てそう言った。
一体どういう意味だろうか?
「あなたは夜桜を殺すのが目的ですか? それとも退けるのが目的ですか?」
「退けるには殺すしかないだろ」
「もっと分かりやすく言います。どうして夜桜を殺すのですか?」
そんなの決まってる夜桜は殺さないと死者が出る。
アイツは少しでも不満に思えば迷わず殺すような人格者で姫のためなら何だってするようなヤツだ。
「空様はエニグマにでも入ったつもりですか? 本来ならそういうのはエニグマが対処するもの。空様がやる必要のあることではないのですよ」
「放っておいたら人が死ぬ。それを分かっていながら動かないっていうのは許される事じゃないだろ」
夜桜は人を殺す。
それを知っていながら動かない。
それは同罪と言っても過言ではないだろ。
「そうですか。でも死ぬのは赤の他人です。海様だけ守ればそれで良いのではありませんか?」
そんなわけない!
そう言いたいはずなのに言葉が出ない。
俺は心のどこかで白愛の事を正しいと思ってしまっているのだ……
「海様が私達の元へ来て三人で暮らす。それが一番良かったと私は思います。お父様はクズですし死んでも問題ないでしょう」
桃花だって放っておけば夜桜が手を出す事はない。
つまり俺の知人は誰も死なない……
「空様。本当は守るとか前の生活に戻りたいなんて言うのは口先だけで今の貴方様にあるのは“夜桜を殺したい”って想いだけなんじゃないですか?」
「俺がそんなクズなわけないだろ! 俺はただ夜桜がいたら平和な生活が送れない。だから仕方なく殺すんだよ!」
俺が夜桜と同じ穴の狢のわけないだろ。
アイツと俺は違う。
殺したいから殺すなんてそんなワガママをする人間じゃない。
「まぁいいでしょう。貴方様だって心の底では理解してるでしょうし」
理解ってなんの事だよ。
一体何を理解しろって言うんだよ。
「空様。早く食べないと遅刻しますよ」
「ちゃんと説明しろよ!」
白愛の胸倉を思いっきり掴む。
しかし白愛は顔色一つ変えない。
それどころか目を少しも逸らさず真っ直ぐ俺を見ている。
「もう貴方様は分かってるはずですよ」
「悪いが何言ってんのか全然分かんねぇ」
「いいえ。分かってるはずです。空様は夜桜を殺したいと思ってる。しかしそれを否定する」
そんなことあるわけないだろ。
俺はただ……
「否定しても殺意は消えない。結局貴方様は誰かを助けるっていう綺麗事を免罪符に夜桜の殺しを正当化しようとしてるだけです」
「いやぁ違うね。俺がそんな事を思うわけがないね」
正当化なんて考えてない。
ただただ俺は皆を助けたい。
その為には夜桜を殺す事が必要不可欠で……
「ちゃんと向き合ったらどうです? 自分の心の底に潜む汚い泥と」
「具体的に俺がどうすればいいのか言えよ! それを言わなきゃ分かんねぇよ!」
そうだよ。
俺は結局何をすればいいんだ。
目的がみんなを助けたいでも夜桜を殺すでもやる事は変わらない。
なのに白愛はどうしてそれを俺に問うのだ?
「……海と電話させてくれ」
「どうして?」
「海と話せば何か分かる気がするからだ」
彼女は一体どう思うのだろうか。
海はどうして夜桜を……
「分かりました」
白愛が海の番号を素早く入力していく。
すぐにプルプルと携帯が鳴り海が出る。
それと共に白愛が俺に携帯を差し出した。
「なんかありました?」
海の優しい声が鼓膜を揺らす。
そんな彼女はどうして……
「何で海は夜桜を狙うんだ?」
「簡単です。私は夜桜を許さないと決めました。乱暴されたあの日から。一度受けた屈辱は倍にして返す。それが私、神崎海の生き方ですから」
ただの復讐……
明確な理由も遂行な目的も綺麗事もない。
この上ないワガママ。
「……俺は何のために夜桜と戦うんだ?」
「そんな事を私に言われても知りませんよ」
そうだよな……
海が聞いてわかるわけが……
「目的なんて後付けで構わないんですよ。お兄様はどうしたいのですか?」
「俺はみんなを救いたい」
夜桜を殺したいのも事実かもしれない。
でも俺の根本にあるのはそれだと信じたい……
「分かりました。だったら私に従ってください。今は私の手足となって豚のように頭を殺して従いなさい。神崎空」
「何を!?」
急に海の口調が変わった。
俺をお兄様ではなく神崎空とフルネームで……
「何をしたらいいか分からない。でも目的は決まってる。だったら私が使ってあげますよ。チェスの駒みたいに……」
「そんな言い方!」
「事実でしょう。考えられないならそれはチェスの駒と変わらない。だったら大人しく考えられる人に身を委ねなさい。私みたいなね」
まるで別人……
海が海でないような……
「驚きました? これが本当の私です。他者を見下し自分のためにしか動かない。失望しましたか?」
確かに最初に会った頃の海はこんな感じで……
「お兄様の建てる作戦には無駄が多くてウンザリ。桃花の建てる作戦は犠牲を最低限に考えたつまらないもの。私は退屈してたんですよ。今から私が全て作戦を建てますので盲目的に従ってください。豚野郎」
空気が冷えるのが電話越しにでも伝わる。
そうだった。
海はこういう人だった。
俺は何を勘違いしてたんだ。
たしかに俺達に心は開いたかもしれない。
でも本質や価値観が変わるわけではない。
考えてみたら一周目の世界で海の初手は不良に集団で俺を襲わせるというもの。
彼女は駒を使う。
二週目や三週目は皆が対等で海が使える駒が無かっただけ。
本来の彼女は人を使う事で真価を発揮する……
もっと言えば誰かを下に置くことで価値を見出す。
「……分かった。海に全て任せる」
だったら全て海に任せよう。
彼女を信じよう。
「その返事。待ってましたよ。兄妹二人で仲良く夜桜を殺しましょ?」
「そうだな」
俺は海からやるべき事を聞いた。
一語一句逃さず頭に叩き込む。
海の有難いお言葉だ。
聞き逃すなんてあってはならない。
作戦はどれも理に適ったもの。
たしかにそれなら夜桜を追い詰められる。
流石は海だ。
戦闘になる前に搦手を使って夜桜を追い詰める。
俺じゃあ思いつかない作戦。
海だからこそ思いつく作戦。
今度こそ夜桜を追い詰めよう。
のんびりじっくり追い込もう。
そして甚振ろう。
今までの雪辱をすべて晴らしてやろう。
メイド要素薄いので多分100話とキリの良い明日にタイトル変えます