93話 圧倒的な力
「空様。準備は出来ましたか?」
「問題なしだ」
満月が人無き街を照らす。
既に時は夜。
桃花達と分かれ夜桜討伐戦はすでに始まっていた。
俺と白愛と海で夜桜を見つけ次第殺す。
その予定だった……
「行く……」
「海様! 頭を下げてください!」
突然、白愛が声を荒あげた。
それと共に海が慌てて首を下げる。
その瞬間目の前の家が吹き飛んだ。
もしも海の反応が少しでも遅れていたら……
「なんて勘の良さだよ」
声だけが聞こえる。
その声は間違いなく夜桜だ。
「……夜桜ッ」
透明化……
なんて厄介な。
先手が取られた……
「空様は視覚には頼らず触覚と聴覚を頼りに動いてください。海様は嗅覚。あなたの鼻なら可能のはずです!」
白愛がその言葉と共に卵を夜桜に投げつけた。
その卵は異臭を放っていた。
腐った卵で匂いをつけたのだ。
「分かりました!」
使徒の反応すら消えてやがる。
集中しろ。
どこに攻撃を……
「そこですね」
白愛が空気を切り裂いた。
一見すると意味の無い行動。
しかし血飛沫が舞った。
そこに夜桜がいるのか!
「朽ちろ!」
俺もすかさず雷を落とす。
人の身が焼けた匂いがする。
間違いなく直撃だ。
「……クッ」
それと共に俺はしゃがむ。
耳元で空気が擦れる音がした。
夜桜が近くにいる証拠……
「……透明化が厄介ですね」
海が跳ねる。
すると彼女のいた足元に何かに払われた様な跡が現れた。
「茨も透明になるのかよ……」
強すぎる。
恐らく傷は再生している。
俺達は攻撃どころか回避が精一杯。
白愛ですら一撃を当てるのがやっと……
毒殺とか溺死とか言ってる余裕が無い。
「お兄様! 雨降らせたり出来ないんですか?」
「出来るかっ!」
「ホントに使えませんね!」
海は跳ねたりしゃがんだりと忙しなく動きなんとか無傷を保っている。
仕方ねぇ。
俺が使えるところを見せてやるよ。
やるのは予測だ。
夜桜ならどこに動くか考えろ……
最初に海を落とそうとしている。
つまり海周辺にいるはずだ。
「加速強化!」
海の得意技である強力を使う。
疲れるが出し惜しみは不可。
それに更に加速を重ねる。
俺の速さは最高潮だ!
この速さは白愛すら凌駕する!
そのまま夜桜を仕留めに行くぞ。
「空様!?」
ドンと鈍い音が響く。
多少の痛みと人とぶつかった感触。
しかし目の前には誰もいない。
つまり間違いなく夜桜だ。
俺は迷わず手があるだろうところを掴む。
「白愛! 殺れ!」
「はい!」
俺はそのまま夜桜を羽交い攻めにする。
白愛は迷わず俺に向かってナイフを突き刺す。
そこに夜桜がいると信じて……
「グヘッ」
何も無いところから血が滲み出る。
間違いなくビンゴだ。
夜桜の姿が顕になっていく……
「……化け物共が!」
「白愛。あとは任せた」
「はい」
俺は夜桜を白愛の方に突き飛ばす。
そして体からゴソッと力が抜けて座り込む。
骨が軋み喉が焼けるように熱く息切れが止まらない。
かなり疲れた……
「回復までどのくらいですか?」
海が俺に問いかける。
かなりキツいが休んでる時間はあまりない。
「一分だ」
「わかりました。今回は良かったですが出来る限り強化は控えてくださいね」
「分かってるよ」
本当に体力の消費が尋常じゃない。
筋肉を酷使し過ぎて当分は動きたくねぇな。
「……お兄様」
「どうした?」
「あれを見てください……」
海が震えながら指を指す。
俺はそこを見て驚愕した。
夜桜が白愛と正面からやりあっていたのだ。
まだ白愛の方が優勢。
先程までとは明らかに違う。
白愛を十としたら今までの夜桜は二で今の夜桜は八だ。
「化け物かよ」
それに見た目すら完全に別物。
俺と変わらなかった身長は今ではクマくらいある。
それに体中から毛が生えており爪は平爪ではなく鍵爪になっている。
「まるで獣……」
「そうですね。恐らく能力の一つでしょう」
仮に名付けるとしたら『獣化』だな。
なんて厄介な。
白愛ですら苦戦を強いられている。
白愛なら勝てるが決定打に欠ける。
先程の白愛が刺したナイフには毒が塗ってあったが夜桜はものともしていない。
そのままいけば白愛の体力が尽きて負ける……
「白愛。ここを任せてよろしいですか?」
「はい。任されました……」
海はどうするつもりだ?
あんな夜桜を放っておくわけには……
「今の私達は役に立ちません。だったら先に真央を殺りに行きますよ!」
「でも……」
「お兄様はあんな化け物相手に何が出来るって言うんですか!」
たしかにそうだな。
だったらこの場は……
「逃がすかよ!」
「追わせませんよ」
白愛が夜桜を蹴り落とした。
ズドンと鈍い音。
明らかに人が落ちた音じゃない。
しかし夜桜はケロッとしている。
再生というよりダメージをあまり受けていない……
「私を抱いて加速をして下さい!」
「そうだな」
海に言われたとおりにお姫様抱っこ。
その瞬間、俺は海がびっしょり汗をかいてるのに気づいた。
まさか海はずっと強化を使っていたのか?
それも俺達に心配をかけないようにと使った事を隠し平常を装って……
しかしそれを言う必要はない。
俺は加速を使ってこの場を後にする。
悔しいが仕方ない。
先に真央を殺す。
そのあとに桃花達と確実に夜桜を追い詰めていく……
「……真央を殺したらどうする?」
「知りませんよ。でも、今は出来ることをしましょう」
「そうだな」
考えろ。
どうやったらあの夜桜に勝てる?
勝てないならどうするべきだ。
方法は二つ。
自分が強くなるか相手を弱くするか。
前者は時間がない。
「……海。あの能力って時間制限あると思うか?」
「私にそんな事言われても知りませんよ」
時間制限があるならどうにでもなる。
だったら少しでも時間を浪費させる。
真央の生首でも持っていけば動揺して時間稼ぎはしやすくなるかもな。
そんな事を考えてると海が突然俺を蹴り飛ばした!
それから間もなくバンと銃声が響いた。
「……クソ。よりによってお前かよ」
「久しぶりだな。ほら、お前の大好きなお父さんだぞ」
考えてみたらこの場に夜桜と真央だけのわけがないか。
「……お父さん?」
「中身は別人だ。ここは俺がやる」
一周目の奴と同じだ。
転移持ちの真央がいる時点で移動時間なんて関係ない。
そのため昨日襲って今日いるなんて不思議ではない。
「……ラグーンだろ?」
前の世界で真央から名前を聞いといて良かった。
おかげで識別しやすい。
「なんだよ。バレてんのかよ……」
「親父の能力は触れた相手の記憶を消す。絶対に奴の手には触れるなよ」
「分かりました」
一周目では苦戦を強いられた。
でも今の俺はあの時より成長した。
それを見せてやる!