92話 【呪】の使徒
「空君。起きて」
桃花が俺を起こしに来た。
なんかこのやり取り凄く懐かしいな。
「……おはよう。そして今日、夜桜と戦うんだよな」
「そうだね。大丈夫だよ。絶対に空君は死なせないから」
死なせないか。
桃花を疑うわけじゃないが不安だ。
本当に勝てるのだろうか。
いや、生きて帰れるのだろうか……
「いや、俺は守られる側じゃなくて守る側だ」
弱気になっちゃダメだ。
守られるのはもう終わり。
そう心に決めた。
俺が皆を守ってみせる!
「そういう空君大好き!」
「……急に抱きつくなよ」
「嫌だった?」
「そういうわけじゃないが……」
なんか桃花に悪い気がしてならない。
桃花がそんなことを思うわけがないのは分かってるんだが……
「お兄様。朝からイチャイチャしてないで早く朝ごはん食べますよ」
「別にイチャついてるわけじゃねぇよ」
変な事を言うでない。
しかし寝過ごしたな。
朝ごはんを白愛に作らせてしまうとは……
「それで今日の朝食は何なんだ?」
「イカ飯です」
えぇ……
朝食にイカ飯とは誰が考えるだろうか。
そう思いながら階段を降りダイニングへと向かった。
「そういえば雨霧さんとアリスは?」
「少し用事があるから国の方へと行ったよ。多分夕方には帰ってくると思う」
たしかこの二人の役割は援護だ。
主に俺達が大怪我しか場合の回復。
もしもアリスが殺られたら詰む。
そして雨霧さんはそのアリスの護衛。
そのため責任は重大だ。
念入りに打ち合わせをするのだろう。
「それでこれがイカ飯か」
「はい」
俺の皿の上には焼いたイカが丸々置かれていた。
恐らく中に米が入っているのだろう。
「そのままガブリついてお召し上がりください」
ガブリつくねぇ。
普通はカットしてあるような気がするのですが……
「いただきます」
まぁなんでもいいか。
俺はフォークで突き刺し口に運ぶ。
その瞬間、イカの旨みが舌の上に走った。
それにもち米のしっとりとした食感が堪らない!
味は甘辛いタレで整えられており更に食欲が加速する。
一言で例えるならイカともち米の爆弾だ。
「満足していただけなら良かったです」
「あぁ。めちゃくちゃ美味い」
やはり白愛の料理は美味いな。
俺の中でやっぱり白愛の料理がナンバーワンだ。
「……料理の上手さ勝負したらどうなるんでしょう?」
衝突に海がそんなことを言い始めた。
白愛が一位なのは考えるまでもない。
「海的にはどう思う?」
「そうですね。白愛が一位は確定として二位はお兄様ですね」
「俺の評価が随分と高いんだな」
「勘違いしないでください。白愛とお兄様の間にはエベレストより高い壁がありますから」
そりゃそうだ。
白愛相手に料理勝負なんて逆立ちしても勝てない。
「私は?」
桃花の場合は下手ではないが特に上手いわけでもない。
だいたい中の上って言ったところかな。
「上手いほうだと思うぞ」
「やったー! 空君に褒められたー!」
別に褒めたわけではないが……
まぁどっちでも良いか。
そんな時にピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「来たようですね」
そういえば智之さん達も今日来ると言っていた。
完全に戦力は整ったわけか。
桃花が玄関まで向かいに行く。
「お父さん。お母さん。おかえり」
「ただいま。桃花」
そのまま智之さん達もダイニング、すなわち俺達の元へと来る。
「娘に世話になったようだな」
「ええ」
“娘が”じゃなくて“娘に”か。
たしかにその通りだが……
「……使徒」
「はい。【知】の使徒の神崎空です」
「私は【呪】の使徒の佐倉架純。桃花の母親」
……呪?
白い貴婦人を連想させる服装からはとても想像つかない。
能力は分かっているが何の使徒かまで知らなかった。
不謹慎ながら少し物騒だと思ってしまう。
「私の能力は呪いの如し対象を重く出来る」
そういう解釈をする能力だったのか。
まさか重くするで呪いとは……
「もっと自己紹介しましょ」
「……そうですね」
何なのだろうか。
非常に掴めない人物だ。
たしかに無口寄りだが……
「好きな言葉は“人呪わば穴二つ”。あなたは何?」
言葉か。
好きな食べ物とかを聞くのを想定したので少し想定外。
なんか不思議な人だ。
「好きな言葉はその人がどんな人なのかを表す。自己紹介にはこの上なく最適でしょ?」
たしかに理には適ってる。
好きな言葉はその人の考え方に最も近いものが現れるしな。
「“世界を変える最善の方法は自分自身を変えることである”って言葉ですかね」
「あなたってつまらない人ね」
つまらないか。
それじゃあ彼女にとって面白い人とは……
「何がしたいのか定まってない。目的もなく出された課題を淡々と消費するだけの人。とってもつまらないわ」
「お母さんでも空君を愚弄するのは許さないよ」
桃花が架純さん……いや、実の母に噛み付く。
ほんとに桃花は俺の事になると……
「うちの娘を見習いなさい。桃花は既にあなたを手中に落とすって目的を見つけてるわ。それこそ実の母であろうと殺す勢いでね」
そんな状況でも彼女は桃花の頭を撫でた。
まるで扱いなれている……
「あなたの好きな言葉は?」
架純さんは俺から目を逸らし海に問いかける。
さて、海はなんて答えるのか。
「そんなものはないわ。言葉にまで縛られるなんて御免だもの。それでも強いて言うなら“力が全て”かしら」
重みが違う。
海は力が全てなのを身をもって体験している。
現に力が無く虐待を受けて……
「こっちの子の方がよっぽど面白いわ」
「茶番はそこまでにしようか」
その時に智之さんが重々しく口を開いた。
たしかにこの場で自己紹介なんて意味はない。
「空。君の能力は何だ?」
「受けた攻撃の再現です。それも一度受けた攻撃なら永続的に使用が可能になります」
互いの戦力の把握。
そっちの方が大切だ。
「そうか。それで遠距離攻撃は可能か?」
「遠距離は分かりませんが中距離なら問題ありません。火と風と雷が自在に使えますから」
「それで接近戦の暗殺姫。バランスは取れてるな」
夜桜との戦いは問題はないと自負している。
それに海もいる。
もしも夜桜が白愛を無視して俺の方へ来ても海が対処。
数秒抑えればすぐに白愛が来る。
戦力もバランスも十分だ。
「しかし相手は夜桜。絶対に油断はするなよ?」
「分かってますよ」
とりあえずメンツは揃ったわけだ。
あとは夜を待つだけ。
さて、勝負というか。
夜桜百鬼!




