86話 前を向く
「アリスは神器と契約の意味を分かってるのか?」
「うん。君と子供を作るんでしょ? いいよ。そのくらい」
そんな簡単に……
もっと自分の体は大事にしろよ。
「君は顔も良いし抱かれても良いかなって思えるよ」
たしかにアリスが神器を持つのが一番理に適ってる。
桃花みたいに暴走することもないしな。
「とりあえず分かったがアリスは魔法で腹の中で成長させて分解する事が出来るのか?」
「出来ないよ。でも桃花ちゃんなら人の体でも出来るんじゃない?」
つまりいつもの魔法と同じだ。
媒体の位置が変わっただけである。
「出来るけど自分の体の方が簡単だし成功確率はウントと下がるよ」
「大丈夫。失敗してもエクスカリバーで巻き戻せるから」
そういえばそうだったな。
腹が裂けても裂ける前に戻れば解決するのか。
「あの、水を差すようで悪いのですが……」
「どうした?」
「アリス様は神器の負荷に耐えられるのでしょうか?」
……完全に忘れてた。
桃花は耐えたという実績持ちだから名前が上がったのだ。
「……耐えられなかったら廃人だよな」
「少なくとも空様はそうなりましたね」
間違いなくアリスには無理。
アレはそういう類のものだ。
具体的にどんな人が耐えられるかというと切り捨てられる人だ。
何かを守るために切り捨てる。
それが出来ないと無理。
あの世界の桃花の場合は俺以外を全て切り捨てられるからこそ神器の負荷に耐えられた。
「……海様なら出来ますよね」
「多分な」
海は虐待とかで一回壊れている。
それこそ何度も切り捨てたはずだ。
そういう事が出来るように育てられたのだから。
「待って。一回神器の条件を整理した方が良くない?」
「そうだな」
先程だって負荷の存在を忘れていた。
もう一度確認しておこう。
「神器の条件は神の血を引いていてなおかつ使徒である事だね」
神の血は神崎家の俺と子供を作り腹の中で分解する事でクリア。
あれ、ちょっと待って。
「桃花。お前使徒じゃねぇじゃん!」
「言われてみればそうだね」
あの世界の桃花が【愛】の使徒だったからそのつもりで話を進めてしまった。
まだこの時の桃花は使徒になっていない……
「そういえば白愛も使徒だったよな?」
「はい。ただこの体には魔力を含みませんから神器との契約が出来るか怪しいですよ」
そういえば桃花はかなり良質な魔力を持ってたな。
もしかしたらそれにより分解したあとが滑らかに言った可能性がある。
例えば水に塩は溶けやすいが油には溶けない。
俺の魔力を塩だとすると桃花のは水で他者のは油という可能性だってあるのだ。
「そうだな。もし神器と契約出来るとしたら桃花が一番確実だが使徒ではない……」
海が使徒になるという手もある。
しかしもう海は使いたくない。
あまりにも可哀想すぎる……
「話は振り出しですね」
「そもそも何の話をしてたんだっけ?」
「夜桜討伐だよ。それで夜桜から目的を奪うために姫を殺す。そして姫を殺すためには神器が必要だから誰か契約出来ないかって話になって……」
別に神器じゃなくても姫を殺せれば良い。
ただアレをそれ以外の方法で殺す術が思いつかない。
夜桜が十年かけて手がかりすら掴めないようなヤツだ。
「夜桜が一人ならまだ良いんだが……」
「真央ですね」
「あぁ。彼女のハートキャッチが厄介過ぎる」
ハートキャッチ。
ふざけた名前だが威力は折り紙付き。
「一回だけと言ってたがそれも本当か怪しいしな」
夜桜だけならどうにでもなる。
問題は真央だ。
「夜桜と戦えるのは白愛だけ。そしてその白愛をハートキャッチで殺されたら詰み……」
今思うとかなりキツい状況だな。
「それでも一周目の世界の桃花なら完膚なきまでに倒せるんだろうなぁ……」
「いや、さすがの私でもハートキャッチの対策は無理だよ」
「あの桃花を見てねぇから言えるんだよ」
今思えばソロモンの指輪を選んだのもルーク対策だろうな。
一周目の世界の桃花は確実に相手を分析して追い詰めていった。
いや、待てよ……
「……桃花。お前に夜桜対策全て任せる」
考えてるみたらあの時の桃花と違うのは考え方とソロモンの指輪の有無だけ。
頭の良さも本質も変わってない。
桃花は生まれながらの天才だ。
俺や海の場合は白愛によって天才になっただけだが彼女の場合は違う。
「分かった。真央の能力は転移とハートキャッチ。どれも戦闘向きではないし多分正面戦闘なら勝てる」
たしかにハートキャッチにさえ気をつければ勝てるだろう。
「問題は真央が転移ですぐに撤退を出来る事。現実的なのは転移をさせる時間を与えない程の猛攻」
しかしそれは難しい。
「もし全面的に戦うつもりなら白愛と真央を鉢合わせなければ十分勝算はあるね」
鉢合わせしたらハートキャッチで白愛が殺される。
そして真央は転移で撤退して夜桜と二人で俺達を殺していくだろう。
「問題は鉢合わせにならずにどう戦うか」
やるとしたら白愛が夜桜を抑えてその間に俺達で真央を討つ。
「いや、鉢合わせてもいいか」
「それだと白愛が……」
「空君。白愛さんは暗殺姫で殺し屋だよ。殺し屋の基本的スタンスは?」
言われて気づく。
考えてみたら暗殺姫は殺し屋だ。
殺し屋は正面戦闘ではなく奇襲による一瞬の暗殺がメインとなる。
そもそも白愛が正面戦闘をする前提で話が進んでるのがおかしいのだ。
「最初に白愛が真央を殺す。夜桜の事はそれを終えてから考えよ?」
「そうだな。白愛出来るか?」
「場所さえ分かれば問題なく」
問題はそこか。
真央の場所が割れていない……
「恐らく場所は夜桜の家……」
アリスがほそぼそと言った。
どうして言い切れるのか……
「あの二人というかラオペンは夜に毎回あそこで宴を開くから」
「間違いない?」
「うん」
どこで知ったか気になるがそんなのは後でいい。
さて、情報も手札も全て揃った。
「空君。いつ決行する?」
「桃花の理想としては?」
「明日の夜かな。念の為にお父さんとお母さんが来てから行いたいし」
決まりだ。
明日に全てケリをつけてやる。
「……お兄様」
そして海が二階から降りてきた。
目元が晴れている。
おそらく泣いたのだろう。
「海。落ち着いたか?」
「はい」
そして海が俺に身を寄せた。
海のひんやりとした体が肌に触れる。
「今だけは甘えさせてください」
「分かった」
「……私を捨てないでください」
「捨てるわけないだろ」
海が一人で自問自答してどんな答えに至ったかなんて知らない。
それでもハッキリと言える事がある。
海は前を向いて生きようとしている。
しかし現実は非情だ。
海を待ってるのは海の体を狙う夜桜に自分の手駒にしようとする親父など生温いものではない。
それでも海は前を向く。
だったら俺が精一杯のサポートをしないとな。
兄として。
「桃花。大丈夫か!」
「おかえり。お兄ちゃん」
そういえば雨霧さんがいなかったな。
どこかに出かけてたからなのか。
それにしてもこんなに慌ててどうしたのか。
「テレビ観てないのか!?」
「うん。そうだど……」
「とりあえず付けてみろ」
桃花が言われてテレビをつける。
そこには普通に考えれば当然の内容が報道されていた。
『緊急速報です。髪宮市の大規模テロ事件により避難勧告が発令されました。髪宮市の人は避難してください!』
髪宮市。
つまり俺達が今いる場所だ。
大規模テロとは間違いなく夜桜の事だろう……




