85話 夜桜の殺し方
「……状況は最悪ですね」
敵の数が多すぎる。
夜桜だけならまだ良い。
しかし相手には真央がいる。
真央の転移により相手は移動時間を全て省略出来る。
下手したらアルカードとの戦闘も視野にいれなければ。
「桃花。お前のお父さん達はいつ来る?」
「明日には来ると思うよ。こんな大事になったら間違いなくこっちに向かってるだろうし」
あの二人抜きでこの極地の突破は不可。
戦ったからこそ強さが分かる。
母親の重さを変える能力。
あれの対策は間違いなく不可だろう。
俺だって真似する能力じゃなかったら間違いなく殺されていた。
能力の相性で勝ったようなものだ。
「お兄様。夜桜と戦うつもりですか?」
「あぁ」
問題は夜桜だ。
どうやって殺すか……
「切り刻んでも潰しても燃やしても死にませんでした」
「無限再生持ちだから仕方ねぇ」
「……本当に再生は無限なんでしょうか?」
たしかに無限じゃない可能性もある。
しかし終わりが見えなすぎる。
「少なくとも千回は殺しましたが全て再生しましたよ」
いや、殺せる。
俺達は重要な事を見落としていた。
夜桜の能力はあくまで再生だ。
「白愛。溺死は試したか?」
「いいえ」
肉体的な欠損は再生する。
しかし溺死みたいな肉体欠損をしない殺し方なら夜桜を殺せるはずだ。
「そういうことか!」
「桃花もわかったか」
「うん! 所詮は再生だから肉体を欠損させないで殺せばいいんだね! だったら水辺の近くで戦って白愛さんが頭を押し付けてて殺すのが一番かな」
たしかにそうだな。
毒も効果あるだろうが能力の一つに抗体があっても不思議ではない。
そもそも溺死作戦だって夜桜が水の中で呼吸出来ないのが前提だ。
「そういえば真央については知ってるか?」
「はい。転移の能力を持ってる事くらいなら……」
そこまで話したのか。
おそらく伝えたのは夜桜。
そのため情報に偏りが生まれてるな。
もう一度全員に説明した方が良いな。
「夜桜の言った事はすべて忘れろ。俺がこれからこうなった経緯について説明するから……」
桃花を殺した辺りとか出来れば言いたくはないが言うしかないだろう。
全て言わなきゃ伝わらない……
◆
「というわけだ」
「……なんですか……それ……」
海は唖然としてる。
夜桜が海にした事も全て言った。
そして親父の真意も……
やはり隠すべきだっただろうか……
「なんで私ばかりこんな目に……」
虐待を受けてたのは全て親父の計画……
あまりにも辛い現実だ。
海は親父に心を許していたからなお……
「何度も何度も何度も死にました! 死にかけました! これが初めから仕組まれてたなんて!」
死んだか。
比喩でもなく実際その通りなんだろう。
「吐血するまで腹を金属バットで叩かれ、骨も折られ内蔵がグチャグチャになることも一度や二度じゃなかったです! それが全て……」
海が膝をつき大粒の涙を流す……
やっぱり言わない方が良かったな。
「私は戦うために生まれた? そんなわけない! 私の生は私だけのものだ!」
海の言う通りだ。
しかし現実は違う。
海の生は完全に親父の物へとなっていた……
「どいつもこいつも私を苦しめて! そんなに楽しいか! これで満足か!」
「……海」
「私はやっと普通に生きられると思った。でも違った! 私には常に首輪があるのよ!」
首輪は比喩。
もっとも的を得た表現だ。
事実、海は親父の思い通りに動いてるのだから……
「すまん」
「そうですよ! こんな事実なんて知らない方が良かった!」
知らない方が良かったか。
やっぱりそうだよな。
分かってたはずなのに俺はどうして言ってしまったんだ……
「……すみません。少し一人にさせてください」
そして海は二階に上がっていった。
重い空気だけを残して。
「海の虐待ってそんな酷かったの?」
アリスが恐る恐る質問する。
そういえば彼女は知らないだよな。
それに俺も詳しくは聞いてないしな。
「はい。吹雪の夜に全裸で首輪を付けられて放置される事もあったそうですよ。そして肉体的な傷は最低限の魔法で治して……」
惨い。
惨すぎる。
「……その時の海の年齢は?」
「八歳くらいですね」
そんなの心が壊れるに決まってる!
大人ですら壊れるのに子供にさせるなんて……
あのクソ親父は何考えてやがる。
「それでも海様が前を向けたのは可愛がっていた野良猫がいたからです」
嫌な予感しかしない。
もうやだ聞きたくない。
「しかし十歳くらいの時にその野良猫を自分の手によって殺させました。それを境に完全に海様は壊れました」
自分の手によって……?
なんだよそれ……
歪まないわけがない。
「それからも海様は生き物を殺す事が多くなり次第には人を殺すようになりました」
今、笑えてるのが奇跡。
そうとしか思えない。
「そして海様は虐待のせいで痛みに鈍感で躊躇いなく人を殺せる人物になりました」
「……それじゃあ戦えるようになったのは?」
「それは私が教えたからです。お父様の計画とは知らずに……」
想像以上に重すぎた。
その時の俺は何をしてた?
普通に暮らしていた。
俺と海は双子だ。
違いは性別だけだと言っても過言ではない。
性別だけでこんなにも変わったのだ……
「……酷すぎるよ……あんまりだよ……」
アリスが泣いている。
まるで自分のことのように……
「どうしてアリスが泣くんだよ」
「だって可哀想じゃん。その時の海ちゃんは子供なんだよ。そんなの……」
彼女は優しいな。
人のために泣けるなんて……
「だいたいわかったよ。でも問題はそこじゃなくて魔神よ」
「桃花!?」
「たしかに私だって可哀想だとは思うよ。でもそれは過去の事。今は未来を考えるべきじゃない?」
なんて現実主義……
完全に割り切っている。
「夜桜は姫って子を助けるために戦うんでしょ? 逆説的に言えば姫さえ殺せば戦う理由を奪える」
たしかにその通りだ。
それには神器が……
「空君は忘れてない? 前の世界の私は神器との契約に成功してるんだよ」
そんな事は分かってる。
たしかに桃花はソロモンの指輪を使役していた。
それは桃花ならあの負荷に耐えられることの証明でもある。
「さすがに胎児を魔法で成長させて分解は怖いけどね」
実際に出来てただろ。
そしてその作戦の問題は桃花だけが圧倒的な力を得る事。
忘れそうになるが彼女は前科持ち。
神器を与えたらまた世界を滅ぼす可能性だってある。
「……今なんて言った?」
「どうしたアリス」
「胎児を魔法で成長させて分解って言わなかった?」
「あぁ」
何を驚く。
たしかに狂気だが海のアレに比べたら優しいだろ。
「そんなの出来るわけない! どんたけ神経を張り詰めると思うの! 少しでもイメージを間違えたら失敗して腹が裂けるわよ!」
言われてみればそうだな。
現に俺だって同じ成長の魔法で何度も失敗してるわけだしな。
それが人間サイズになるんだから間違いなく難易度は跳ね上がる。
「桃花。実際はどうなんだ?」
「百回に一回成功したら良い方かな」
最初の世界の桃花はこれをやったのかよ。
殆どの確実で死ぬじゃねぇか。
間違いなく自殺するようなもの。
しかし桃花はそれを行い成功させた。
「桃花って凄いんだな」
「今更!? これでも私は佐倉家歴代最高の魔法使いなんだからね!」
その桃花でも百回に一回。
俺がたくさん子供を作ってそれを分解して……
なんて考えたが間違いなく無理だな。
やはり神器の量産は不可能だな。
「ていうか桃花は怖くないのか?」
「怖くないって言ったら嘘になる。でも夜桜に空君を殺される方がよっぽど怖い」
ヤメだ。
桃花にそんなリスクは背負わせられねぇ。
「……ていうか俺は前の世界でお前を殺したんだぞ? それでも好きなのか?」
「空君に殺されるなら本望だよ」
やはり桃花の本質は狂気だな。
もし少し間違えたら最初の世界の桃花になってしまう。
「やっぱりお前に神器は渡せねぇな」
「そうだよね」
彼女に神器渡したら世界が終わる。
それじゃあ本末転倒だ。
そんな時に突然アリスが口を開いた。
「もうまどろっこしい! 私が神器と契約すればいいんでしょ!」
「……は?」
その瞬間、この場にいる全員が呆気に取られたのは間違いないだろう。