84話 海の暴走は止まらない
何だかんだありながらも無事に桃花の家に着いた。
そして今いるのは厨房。
海が片手には包丁を構えている。
「作るのは炒飯で良いか?」
「はい」
とりあえず問題はなさそうだ。
俺は食材を出す。
「まずはネギを切ってくれ」
「はい」
海が思いっきり包丁でネギを叩く。
切れ目は雑。
一言で言うなら酷すぎる。
本人は千切りにしたつもりだろう。
しかしどれも5センチ近くある。
「どうですか?」
「もう少し細かく出来るか?」
「はい」
そして海が再び切り刻む。
とりあえずは問題なさそうだ。
……ん?
「おい、海……」
「どうしましたか?」
「このネギ赤いぞ!」
ネギは真っ赤だった。
それこそ血のような……
「ていうかその指どうした?」
「包丁が切りました。まぁいつもの事ですよ」
尋常ではない量の血が出ている。
そして全て察した。
ネギが赤いのは海の血によるものだ。
自分の血で赤く染めてしまったのだ……
「これじゃあ使えねぇな」
「……すみません」
「気にすんな」
俺はとりあえず止血する。
海が出来ないのは包丁か。
包丁は慣れだし仕方ないな。
俺は手早く食材を全て切り刻む。
あとは炒めたら完成だ。
「……炒められるか?」
「やってみます」
海は恐る恐るフライパンを持った。
俺は無言でそこに具材を入れる。
「……火つけるぞ」
「はい」
ボッと火のついた音がする。
とりあえず問題なさそうだ。
俺は海に手取り足取り教えながら炒める。
変な具材を入れたりもしないし問題なさそうだ。
「出来ましたね」
「そうだな。やれば出来るじゃねぇか」
特に工程に問題はなかった。
さて、とりあえず味見だ。
俺は炒飯を口に運ぶ。
「……」
言葉が出ない。
一言で言うならめちゃくちゃ不味い!
まるで生ゴミを食べたような感覚だ……
しかし俺は我慢して飲み込む。
吐き出して海を傷つけるわけにはいかないからな。
「やはり酷いですよね?」
「あぁ……」
しかしおかしい。
分量も問題無し。
焼き時間も問題は無かった。
不味くなる要素がないのだ。
「俺に無断で何か入れたりしたか?」
「いいえ」
つまり完全な原因不明。
海に問題はないはずだ。
俺は恐る恐る食材を再確認する。
「お、おい。全部消費期限切れじゃねぇか」
「やっぱりそうですか。何故か私が料理する時に限って切れてるのですよ」
ただのミスか?
いや、それなら白愛がお手上げになるわけがない。
ありえないが考えられる可能性は一つ。
海の手に渡った瞬間に消費期限が書き変わる。
それだったら間違いなく料理は不可……
「白愛には不運スキルと呼ばれています……」
「なんか悪いな」
海に問題はなかった。
間違いなく世界が悪い。
知の神のヤツに会った時にでも問い詰めてやろう。
「お兄様は気にしなくていいですよ」
それにしても不運スキルか。
たしかに虐待を受けてたり夜桜に狙われたりかなりの不幸と言っても過言ではない。
「それに今の私はお兄様と白愛がいますから幸せですよ」
「会って二時間も経ってない俺をそこまで信用するなよ。それにお前は俺に復讐するつもりで来たんだろ?」
「最初はそのつもりでした。でもお兄様という人を知ったらそんな気も失せませた」
なんてチョロイン……
ていうかその程度で冷める復讐だったのかよ。
「たしかにお兄様がのうのうと生きてたのを考えるとイラつきます。でもお兄様は私を夜桜から助けてくれた。それが何より嬉しいんです!」
嬉しいか……
考えてみたら白愛が助けたのは親父の命令だから。
親父は中身がアレだし海には表面上の優しさしか見せなかっただろう。
つまり俺のアレが海にとっては初めての優しさ……
「そっか」
今の海は笑えてる。
それが何よりも嬉しい。
再び海が笑える世界になった。
「空様。昼食はまだでしょうか?」
「もう出来るから待ってろ」
白愛が急かす。
海の料理はアレだし俺が作るしかないだろう。
「私、手伝える事があったら手伝いますよ」
海に手伝ってもらうか。
触れた瞬間に消費期限が訪れるから何をさせればよいのか……
いや、彼女には適任の仕事があるじゃないか。
「それじゃあ味見役をお願いしていいか?」
「はい!」
結局、海は味見役が適任だ。
おそらくこれ以上の天職はないだろう。
さて、海の作った炒飯。
捨てるのは勿体ないからあとで食べよう。
そう思い冷蔵庫に入れようとした……
「何してるんですか?」
「いや、俺だって大好きな妹の作った飯を捨てるほど人間止めてねぇよ」
「……大好きですか」
「妹を好きじゃない兄なんているわけないだろ」
当たり前の事を何言ってんだか。
もしも海を好きと思えてなかったら二週もして必死に助けてねぇよ。
「それじゃあ俺は作るから座って待ってろ」
「はい」
作るのはホットケーキでいいか。
炒飯でも良いが海が俺のと比べて凹むのは回避したいしな。
「相変わらず桃花の家は品揃えが完璧だな」
俺は手早く材料を取り出してホットケーキを作っていく。
今この場にいるのは俺を含めて五人。
一人二枚だとして十枚だな。
「凄いです」
「白愛でもこのくらいは出来るぞ」
「それを言ったらおしまいです」
そんな事を話しながら俺はホットケーキを空中でひっくり返す。
一々ヘラを使うのはめんどくさいしな。
「ライブクッキングみたいですね」
「ライブクッキングでも何でもねぇよ。折角だし本当のライブクッキングをやってやるよ」
焼けたのを確認すると再びフライパンで上げて落ちてきたホットケーキを皿で受け止める。
その上に蜂蜜と生クリーム、それに予め切っておいたバナナを手早く塗りもう一度ホットケーキを上げて乗っける。
その際にはバナナとかが潰れてブチョッとならないように気を使いながら……
俺はそれを五回ほど繰り返した。
「なんて神業……」
「ライブクッキングを希望したのは海だろ?」
ライブクッキングは目の前で料理を作りその要素を楽しんでもらうもの。
簡単に言えばパフォーマンスの一種だ。
海がそのライブクッキングを望んだのだから魅せる料理をするのはマナーというものだろう。
「味見頼むよ」
「わかりました」
海に完成したホットケーキを渡すと海はそれを食べた。
さて、どう反応するか……
「やっぱり白愛の作った方が美味しいです」
「本当にブレねぇな」
まだ白愛には届かねぇか。
少し自信があったから残念だ。
「それと敬語じゃなくていいぞ。俺達は兄妹なんだからそこまで気を遣うな」
「……お兄ちゃん」
「そこはいつも通りお兄様でいい。ていうかしてくれ」
もう完全に海は俺をお兄様と呼ぶで固定されてる。
だから変えられると気持ち悪い。
それに敬語っぽい何かから変えるように言ったのだって俺が慣れないからという理由だ。
「白愛達を待たせてるしさっさと運ぶわよ」
「お前、切り替え早いよ……」
「あら、ですます調を止めろっていたのはお兄様ですよ」
なんかこう数分間は戸惑うと思ったんだけど……
最初は敬語をやらない事をイメージしてぎこちなくなるのをイメージしたんだが何か違う。
「早く運びますよ」
「そうだな」
そして俺達はパンケーキを運んだ。
味はもちろん大絶賛だった。
でも海にまだ美味しいをもらってない。
いつか美味しいと言わせられるものを作れるといいな。
「さて、こんなのんびりしてるわけにはいかないわよ」
食事中にアリスが口を開いた。
一体どうしてだろう?
「夜桜によって少なくない死傷者が出てる。一刻も早く討伐しないとエニグマの責任問題になる」
たしかにその通りだ。
本来ならエニグマの活躍により一般人が巻き込まれる事はまずない。
「隠蔽は警察がどうにかしてくれると思うけど彼等だって何も出来ない無能に手伝ってくれるほど馬鹿じゃない」
「そうだな」
だったらせめて夜桜を捕まえるくらいはしなければ。
エニグマが無能だと認識が強くなったらどうなるか。
魔法の存在が公になるかエニグマに代わる組織が出るか。
「それにほっといたらもっと死傷者が出る……」
しかし、アリスはそういった事情は気にしていない。
とりあえずエニグマのためという名目で動くが実際はこれ以上の被害者を出さないため……
「白愛。どのくらいの人が死んだか分かるか?」
「少なくとも二十は確実です。もしも海様を追ってる間にもっと殺したとなると……」
最悪だ……
死者が多すぎる。
「少なくともこの街の住民に夜桜を隠し通すのは不可能です」
「親父の記憶消去があれば頑張れば出来るか」
いや、待て!
俺の記憶通りだと……
「どうしました?」
「親父は敵の手の中に落ちる。今から向かっても間に合わねぇ」
たしか親父が襲われるのは土曜日。
そして目の前には海がいる。
すなわち土曜日である事が証明されてる。
「白愛。親父がいなきゃ隠蔽は不可能だよな?」
「はい。今回の死者の遺族達が黙ってないでしょう」
「もしも親父がいなかったら……」
何がアカシックレコードだ!
真央は前の世界でそれが目的と言ったが騙された。
おそらく彼女の目的は魔法の存在を公にする事だ。




