75話 嬉しい報告
来るのは戦争時に使われたという今は使われてない基地。
俺達の拠点だ。
「……相変わらず感じが悪い所だ」
もっと陽の当たるところに拠点を変えたい。
しかしここから移動は出来ない。
姫を人目に付く場所にやるわけにはいかないからな……
俺は階段を下り一番下まで行き奥の部屋に行く。
相変わらずのおぞましい邪悪な雰囲気。
それがする扉を迷わず開ける。
「……お兄ちゃん」
「姫……傍に居れなくてすまない」
首から下は肉塊。
それでも彼女は俺の妹だ。
こうなる前はとても綺麗な金髪の少女だった。
そもそも俺達は戦争孤児で少年兵として使われていた。
そのため、名前はない。
姫は俺が付けた名前。
夜桜は日本に憧れを持つ姫が付けた名前だ。
「……待ってろ。必ず殺してやるからな」
返事はない。
でも声が姫に届いてると信じるしかない。
姫をこんなにしたのは俺を少年兵として使用していた軍だ。
男の子供は兵に使い女の子供は魔神の適合実験に利用して偶偶成功してしまったのが姫。
その代償に姫は人格破壌。
うわ言のように“お兄ちゃん”と“殺して”だけを言う。
姫と俺はそもそも捨て子であり実の兄妹か怪しい。
でも俺と姫はずっと一緒にいた。
そしてスラム街で貧相ながらも楽しい生活をしていた。
軍に拉致られるまでは……
姫が魔神との適合を知ったあとは俺は【妹】の使徒となり怒りと能力に身を任せて軍を殺し尽くした。
その時に手を貸してくれたのが真央。
「やっとお前を殺す方法が分かったからもう少しだけ頑張ってくれ」
姫は相変わらず呻いている。
空。早く神器と契約して姫を助けてくれ。
姫を……
「やっぱりここにいたのね」
「真央か」
後ろから声をかけるのは真央。
考えてみたら姫がこんなになってから彼女とずっと一緒にいたな。
「……姫ちゃんをやっと助けられるのね」
「あぁ」
ここまで何年かかったか。
姫が魔神と融合したのが十六歳。
その時の俺は十八歳。
今は二十八歳だから十年か。
長い戦いだった。
あとは空が頑張れば全て終わる。
「真央。今は手を出さないでくれるか」
「分かってる。アルカードもラグーンも撤退させた」
今は余計な事はしなくていい。
空のお父さんである陸。
彼の能力を奪うのも後回しだ。
「……学校はどうした?」
「色々と事情が変わった」
「すまない。私がしっかりと殺せる神器を選べば……」
どうして真央が謝る。
お前が選んだ神器はお前の目的に必要不可欠だろ。
「謝るな。自分のしたい事を否定したら俺の今までの助けはどうなる?」
「そうだな」
お前は世界を救うんだろ。
その為に色々と頑張ったんじゃないか。
「……あとでスーを呼んでくれ」
「分かった」
スーは【容姿】の使徒だ。
彼女の能力は強力。
自身を可愛いと思った人を完全な管理下に置くことが出来る。
それと俺等には能力を一つ誰にでも付け加える事が出来る手段がある。
実の所、真央の能力は二つではなく三つだ、
話が逸れたがスーの持っている二つ目の能力。
自分や他人の容姿を変える事が出来る。
もっと言えば種族すら変えられる。
それにより俺は鈴木拓也を演じている。
彼女は色々といると便利だ。
そして俺が主属するラオベンの幹部の一人だ。
もちろんラオベンのリーダーは真央。
副リーダーはソフィア。
ソフィアの能力はこの場面ではこの上なく有難いが絶対に失ってはいけない人物。
気軽には呼べないな。
「まだ何が起こるか分からねぇ。スーがいれば情報収集も楽だ」
「たしかに彼女の能力ならね」
何が起こるか分からないこのご時世だ。
いたら予想外の事態にも対処出来る。
それにスーと俺の組み合わせなら誰にも負けねえ。
おそらく暗殺姫とも互角以上に戦える。
「それじゃあ俺は行く」
「折角、ワインも持ってきたのに飲んでいかないのかい?」
「ワインは夜の楽しみだ」
俺はその場を後にした。
やっと姫に嬉しい報告が出来た。
この十年間ずっと闇の中だった。
でも少しだけ光が見えた。
「他に私が出来る事はあるかな?」
「強いて言うならエニグマが関わってこないようにしてくれ」
「分かった。とりあえずルークは何とか水曜日まで抑えたけど……」
「もう少しだけ出来るか?」
エニグマに空が危険だと思われて殺されるのが最悪だ。
俺はなんとしても空を守らなければならない。
「頑張ってみるよ。とりあえず現状だと動けるエニグマは佐倉夫婦の二人とアリスだけのはずだ」
「……アリスか」
そういえば前の世界でアリスと空は一緒に行動してるみたいだったな。
彼女を連れていけば空の助けになるかもな。
「真央。アリスの場所を教えてくれ」
「ここから電車を二時間ほど乗って行ける海の街だ」
「ありがとう」
かなり近いな。
とりあえず後でアリスの元へ行ってみるか。
「例に及ばない。だって私達は仲間だろ」
「そうだな」
「……無理はするなよ」
そんなの分かってる。
でも、今は無理をする時だ。
そうしないと姫を助けられない。
「私は死ぬけど君はこれからも生きるんだから」
「馬鹿言うな。姫が助かったら俺も死ぬ。殺人者が生きてていいわけがない」
「でも……」
これはケジメだ。
姫が助かるまでは何人だろうと容赦なく殺す。
気に入らねぇ奴に邪魔をする奴。
気の赴くままに……
それでも俺は姫が助かったら死ぬと決めている。
姫の兄が人殺しであってはならないなんて遂行な理由じゃねぇ。
理由はもっと簡単。
姫をもう一人にしたくない。
たったそれだけだ。
俺と姫は死んでも一緒だ。
だから既に死に場所は決めてるんだ。
それでも姫が助かるまでは……
「俺の最後はあの日から決まっている」
「君も頑固だな……」
「真央の方が頑固だろ」
俺はお前ほど頑固な人を他に知らない。
そして彼女みたいに優しい人を……
「……もっと私達を頼ってもいいんだぞ」
「十分頼ってるから安心しろ。それにお前は世界を救うんだから俺に構ってる場合じゃないだろ?」
「仲間一人救えないで世界が救えるわけない」
「そうだな」
真央の目的は世界の救済。
だけどその計画が成功した時には真央は死ぬ。
それでも真央は世界の救済を選んだ。
そして真央に賛同する者が集まりラオベンが出来た。
「でも、お前は世界の悪役だろ。悪役が仲間思いでどうするんだよ」
真央は自分の事を“世界の悪役”と言っている。
もちろんその真意も分かる。
出来ればやめてほしいが彼女の決意は固い。
彼女の未来も俺と同じように決まってる。
「それとこれとは話が別だよ」
「そうか」
「私はなんとしても世界を救う。それが君との旅で得た結論だ。でも、それ以上に仲間は見捨てたくない」
真央は十を救うためなら迷わず一を捨てられる人だ。
しかしその一が俺達みたいな知り合いになったら出来ない。
どこまでも冷酷で外道で優しいのが真央。
そんな真央の性質も本当の計画を知るのは俺だけだ。
だからこそ真央を止められるのは俺だけ。
分かっていても俺に真央の想いを否定する事は出来なかった……