75話 桃花という女性
「……学校に行ったあとでもいいだろ」
「私の神崎君が傷ついてるんだよ。私が傍にいてあげなくてどうするの!」
桃花ってこんな奴だったか?
いや、空の前だから皮をかぶってただけか。
「廃人から目覚めるのは私のキス。神崎君はお姫様で私は王子様。とっても良いと思わない?」
「いや、逆だろ」
空。そこ変われ。
今すぐ変われ。
学校で何度も思ってたがお前は色々とズルい。
「それにしても神器ねぇ。その負荷はとても人が耐えられるものじゃない。神崎君はどうしてそんなものに手を出したんだろうね?」
……勘づいてるのか?
俺はその時、桃花が文化祭の演劇を決める時にふざけた提案をしたのを思い出した。
内容はある一族を皆殺しにした男の話をやろうというものだ。
その一族は能力があってある男は能力欲しさで人を殺したという設定だった。
それは今思うと遠回しに俺に夜桜かどうか聞いていたのではないか?
「ねぇ夜桜。いつか全て吐かせてあげるから覚悟してね」
背筋がゾッとする。
そんな感覚は初めてだ。
間違いなく化け物。
暗殺姫なんて比じゃない。
なんでそんなのが普通に学校に通ってるんだよ……
お前は一体何者だ?
「早く行こ?」
無邪気な笑顔でそう言う。
でも間違いなく腹の中にはとんでもない物を飼っている。
今回は比喩的な意味だが桃花はそういう女だ。
彼女は生まれながらの天才で悪魔で――
「そうだな」
俺は桃花と共に空のところに行く。
こんな気持ちは初めてだ。
まるで心臓を握られてる感じ……
桃花が目で言っている。
何時でも貴方を殺せると。
前の世界でこんな化け物はなんで空に殺されたんだ。
絶対に殺せる相手じゃない。
「ふふっ。神崎君。会えるのが楽しみだなぁ」
「いつも会ってるだろ」
「分かってないねぇ。私は神崎君の二十四時間常に隣にいたいの。学校だって神崎君が居なければ通ってないよ」
幸いにも空しか眼中に無いようだ。
だからこそまだどうにかなる。
もしこれが他の人にいっていたら……
「桃花。お前は何者だ?」
「私はエニグマに所属する父と母の間に産まれた娘で宝石嬢と呼ばれてて……」
「そうじゃない。お前は本当に人間かどうか聞いている?」
少し大袈裟かもしれない。
でも、このくらい彼女は……
「人じゃないとしたら私は何なのかな?」
答えが出ない。
でも、人の枠に入る存在じゃない。
圧倒的な格上。
どうして誰もこんな化け物の存在に気づかない。
「私はちゃんとした人間だから安心していいよ」
実力は暗殺姫より下。
俺も無傷とはいかないだろうが戦ったら勝てる。
空でも頑張れば勝てるだろう……
でも、一番恐ろしい。
人が持つ定規では測れない何かを持っている。
「私は君が思ってるほど強い人じゃないよ」
この世には奪う者と奪われる者の二種類の人しか存在しないと言われている。
しかしそんなのは彼女の前では無意味。
誰もが彼女の前に立った瞬間、奪われる者に変貌するからだ。
頭だって空に比べれば良くない。
戦闘能力や身体能力だって高くない。
でもそれらは人が測れるもの。
もう一度言うが彼女が持ってるのは人が測れないものだ。
「ここだね?」
「あぁ」
俺達は空の家に着く。
マンションだけど入るのは簡単だ。
「ちょっと待ってろ」
俺は跳躍して二階まで上がる。
使うのは身体能力強化。
その名の通り身体能力を十倍近く上げる能力だ。
よくよく考えてみたらこれを凌駕する暗殺姫は人より十倍近く身体能力が高いわけか。
流石ホムンクルスとしか言いようがない。
俺はそのまま一階に降りてエントランスを開ける。
そして桃花を中に入れる。
「学校では神崎君と違って全く本気出してないんだね」
「まぁな」
そしてそのまま空の所に行く。
入るのは朝と同じ。
「……合鍵?」
「たった今作った」
これも能力だ。
使ったのは創造。
イメージした物を作れる能力だ。
生物とかは作れないがリンゴみたいな果物は作れる。
少しばかり謎が多い能力。
リンゴだって生物だと俺的には思うのだが……
「白愛さん。空は生きてる?」
「……えぇ」
空はこれでもかと厳重なくらい鎖に縛られていた。
おそらく何度か既に自殺しかけたのだろう。
「神崎君!」
「我慢しろ。こうでもしないと自殺するからな」
桃花はやっぱり動揺するよな。
仕方ないだろう。
「……こちらの女性は?」
「エニグマ職員の夫婦の間に産まれた娘で空の存在が生き甲斐の女性だ」
「エニグマ職員と貴方に繋がりが? 貴方はエニグマに追われてるはずですが?」
めんどくさいな。
桃花どうにかしろ。
「私は神崎君さえ無事ならエニグマの目的なんて知ったこっちゃないなの。神崎君を助けるなら夜桜の話を聞くべきじゃない?」
「では、空様が戻った場合は?」
「うん。遠慮なく夜桜を殺すよ」
俺の命は空のおかげで繋がれてるわけか。
まぁ桃花はそういう人だよな。
ていうか段々と竹林の話していた拷問の話が真実味を帯びてきた。
「神崎君……」
気づいた時には桃花は空の手を握っていた。
まるで壊れ物を扱うように……
「頑張って。頑張って」
桃花は涙を流す。
空のために。
空の無事を祈って。
「私が背負うよ。君の痛みも全て……だから全て投げ出してでも戻ってきてよ……」
先程とは全く違う。
女っていうのは好きな人の前ではここまで変わるもんなんだな。
「ねぇ。もっと周りを見てよ。君を思ってくれる人はこんなにいっぱいいるんだよ。だから早く笑ってよ! 戻ってきてよ! そのためなら私なんでもするから!」
空と桃花はこれでも付き合ってるわけじゃない。
桃花の片思い。
桃花は自分の思ってる事を告げると悲しそうな顔をして空から離れた。
そもそも桃花はどうして空にそこまで尽くせる?
「……頑張れ」
それから小声で桃花は呟いた。
その言葉が空に聞こえたのか空の表情が少しだけ柔らかくなる。
悪夢に魘された子供が悪魔を見終えたみたいに。
「神崎君なら出来るよ。私が付いてるから」
桃花は空から離れていく。
女にそこまで言わせたんだ。
早く神器を手にして戻ってこい。
それで姫を解放してやってくれ。
「貴方は何様のつもりですか?」
「神崎君……いいえ、空君の未来のお嫁さんよ。覚えときなさい。召使い」
暗殺姫と知っても召使い扱いか。
どんだけ自分に自信があるんだよ。
「召使いですか。なら貴方はモブですね」
「暗殺姫でも冗談を言うのね」
「もちろんですよ」
そして冷戦か。
女の争いはホントに怖いな。
さて、そろそろ行くか。
「それじゃあ俺は行くわ」
「どこにですか?」
「内緒だ」
俺はそう言い残して空の所を後にした。




