7話 平和な時間
桃花の家の中はとても広かった。
一言で言うならまるでお城だ。
桃花曰く一階にはキッチンとダイニングとリビングに大浴場や倉庫など色々。
二階は桃花やお兄さんの部屋に本だけがまとめられてる部屋にピアノだけが置かれたコンサートホールや客室など全部で数えるのが馬鹿らしくなるほどの部屋数があるらしい。
それに加え三階と地下室まであるというのだから驚きだ。
「とりあえず私の部屋に……」
そして桃花は僕を自分の部屋に誘う。
しかしそれはやめとくべきだろう。
「いや、さすがにそれはやめとく」
「どうして?」
「お兄さんの形相を見ろ」
「……なるほどね」
お兄さんの顔がめちゃくちゃひきつっているのだ。
やはり自分の妹の部屋に男の人を入れるのは怖いものがあるのだろう。
「どうした?」
そして当の本人は自覚無しだ。
今回は部屋に行かない方が無難だろう。
「それはそうと空。僕はお兄さんじゃなくて雨霧さんって呼んでくれて構わない」
「分かった」
雨霧さんがそう言うならこれからはそう呼ぼう。
「それじゃあどうしよっか?」
「さっき俺がドーナツ作っといたけど食べるか?」
「うん!食べる!」
少し前にエスカルゴ食べたばっかだよな?
よくお腹に入るな。
いや、エスカルゴは軽いから入るか。
正直僕はもうお腹いっぱいだ。
「空も食べるか?」
しかしここで食べないというのは失礼というものだろう。
それに雨霧さんが作るドーナツに興味がある。
「もらいます」
「分かった。今持ってくるからお茶でも飲んで待っててくれ」
そして雨霧さんは部屋を出る。
相変わらずかなりのイケメンだな。
雰囲気も良いし言動もカッコよかった。
それに声が凄くカッコイイ。
佐倉家の人は全員容姿が整ってるな。
そんな事を考えてると桃花が雨霧さんについて聞いてきた。
「私のお兄ちゃんどうだった?」
「……カッコイイな」
「そうでしょ! 私の自慢のお兄ちゃんなんだ。優しくてカッコ良くてとっても好きなの。でも神崎君には負けちゃったけどね」
桃花は相当雨霧さんが好きなんだな。
雨霧さんの話をする時だけ声のトーンが違う。
「そうだな」
「そういえば神崎君ってなんであんなに強いの?」
そんなのは決まってる。
僕は迷うことなく答える。
「白愛に教えてくれたからな」
「今のメイドって戦い方を教えたりも出来るんだ」
まぁ白愛は例外だな。
普通のメイドは出来ない。
「神崎君はそんな白愛さんを取り返そうとしないの?」
「無理だ。僕は負けたんだ。それに一週間したら帰ってくる」
「……本当にそれでいいの?」
桃花がそう問いかける。
良いか悪いかで言えば良いわけがない。
でも、白愛に迷惑が……
「もしも空君にずっとアタックしてくる人がいたら迷惑だと思う? 例えば私みたいな……」
「そんなわけない!」
迷惑なものか。
自分に好意を告げてくれる行為が悪いわけがない。
「それと同じだよ」
「……いや」
たしかに同じかもしれない。
だったら大丈夫か?
やるだけやるべきなのだろうか。
「罵倒されたりしたら神崎君が傷ついたら泣く止むまで膝枕してあげるから安心して」
しかし桃花のその一言が僕の迷いを払う。
たしかに失敗しても全てを失うわけではないと言ってくれてるような気がする。
今の僕は白愛が全てではない。
「でも、膝枕は恥ずかしいな」
「ものの例えだよ。とりあえずそのくらい寄り添ってあげるってこと!」
桃花だけは僕が全て無くしても最後まで一緒にいてくれると言ってくれている。
「……いいのか?」
「何が?」
「ほら、これって結果的に敵に塩を送る行為じゃ……」
この行為は僕が白愛へのアタックを応援してるようなものだ。
白愛と僕の仲が良くなればなるだけ桃花と僕が付き合う可能性は減っていくわけだが……
「大丈夫。最後に神崎君の隣にいるのは私だから」
「……そうか」
一体彼女の自信はどこから来るのだろうか。
僕は彼女を二回も振っている。
でも諦めない。
いや、諦めきれないのだろうか。
どうして僕にそこまで……
「ほれ。ドーナツ持ってきたぞ」
「お兄ちゃんありがとう!」
雨霧さんがドーナツを持ってきてくれたようだ。
とっても香ばしく甘い匂いがする。
「のんびり食えよ。喉に詰まるから」
「分かってるよ〜」
「それとこれが空の分だ」
雨霧さんがそう言って手渡してくれた。
「ありがとう」
「気にするな」
僕はドーナツを受け取りすぐさま頬張る。
それはとても美味しかった。
「……美味しいです」
僕はそのまま言う。
実際にこのドーナツは凄く美味しい。
「なら良かったよ」
雨霧さんが一安心したみたいにそう言った。
おそらく口に合うか不安だったのだろう。
「やっぱりお兄ちゃんのドーナツは世界一だね」
「それは言い過ぎだ」
桃花の褒めを雨霧さんが笑いながら否定する。
それはそうと流れで桃花の家まで来てしまったがここで何をするか考えてなかったな。
「さて、何をしたものか……」
「私は人生ゲームやりたい!」
でも桃花はしっかりと考えていたようだ。
しかしそれは問題しかない。
「……あれって四人以上向けだろ?」
雨霧さんの言う通り人生ゲームは四人以上でやるものだ。
そして今は三人しかいない。
圧倒的に人数が足りないのだ。
「そうだね。でも三人で出来ないこともないんじゃないかな?」
たしかに三人で出来ないこともないだろう。
とりあえず物は試しだ。
時間もたくさんある事だしやってみよう。
「とりあえずやってみるか」
「やったー!」
人生ゲームが始まった。
やっぱり四人用だったけど無理矢理三人でやった。
所々で成立しないところがあったもののそれはそれで楽しかった。
結局人生ゲームは桃花の勝ちで終わったが他にも色々なボードゲームをした。
その時間はとても楽しかった。
そしてボードゲームも一通り遊び終えた時に折角良い機会だからピアノについて聞いてみようという話になった。
「そういうば桃花ってピアノ弾けるんだよな」
「そうだけど?」
「少し聴いてみたいな」
「……私なんかの演奏で良ければ」
桃花が謙遜しながらそう言う。
でも僕はどんなのを演奏するのかが聴きたい。
桃花の演奏が聴きたい。
だから問題なんかない。
例え下手だとしても。
「桃花。一曲ぐらい別に良いんじゃないか?」
「そうだね。二階にピアノが置いてあるから来て」
そして桃花に連れられるままに二階に移動した。
二階にはコンサートホールがありそこにはピアノだけがドンと置かれていた。
思ってたよりかなり本格的だ。
「雨霧さん」
「なんだい?」
「桃花ってどんな曲を弾くんですか?」
「さぁ?」
雨霧さんでも分かってないのか?
もしかしてジャンルの区別すら出来ない酷いものだったりするのだろうか。
「それではこの佐倉桃花が一曲弾かせていただきます。私の世界をご賞味ください」
そして桃花の表情が変わり演奏が始まった。
指がとても滑らかにピアノの上を踊っている。
細い指が力強く鍵盤を叩く。
そこから流れる音は力強く頭の中で響いてその世界に誘っていく。
曲は中盤になると先程の激しさを失い音が優しく僕を包み込んでいく。
まるで世界だ。
最初のが荒い世界。
今はその荒い世界が終わり再構築されるような感覚感じだ。
そしてそれはとても心地よい。
終盤は急に音が減った。
さっきより一つの音がしっかりと聴こえる。
その音はどことなく不気味な感じがしてどこか切ない。
一言で例えるなら滅び。
そんな不思議な曲は悲壮感を残して終わった。
今までにこんな曲は聴いたことがない。
まるでその曲そのものが一つの世界になっていた。
最初が戦争。
次が復興。
最後が滅びだ。
「……凄い」
「ありがと」
「今の曲は?」
「そういえば言ってなかったね。私の曲は全部オリジナルなんだ」
オリジナル。
つまり桃花が作曲したというのか。
腕前も凄かった。
その上に自分で作曲まで出来るとは。
あそこまで凄い曲を作れるとは。
「もっと細かく言えば私に楽譜なんて存在しないの。私は弾きながら次はどの音を鳴らすか考えてやっているからね。そして私が同じ曲を弾く事は二度とないの。何故なら私自身が覚えてないからね」
想像以上だ。
つまり曲を作りながら弾いている。
そんな芸当が出来る人なんて他にいるのだろうか?
間違いなくいないだろう。
これは世界中探しても桃花にしか出来ない芸当だ。
「でも桃花は楽譜のある曲を逆に弾けないからコンクールとかには出られないけどな」
そう雨霧さんがツッコミを入れる。
明らかになる少し意外な弱点。
たしかにそれはかなりの問題だ。
でもそれを差し引いても凄い。
「もうお兄ちゃん! それ言わないでよ!」
「悪い悪い」
凄い技術を持ちながら人の作ったものは弾けず自分の作ったものしか弾けない。
かなり不思議だ。
「音楽は物語なの! 聴き手は読者! 演奏者は語り手! 楽譜の曲を弾くのなんてそんなのただの読み聞かせじゃない! 読者はいつだって目新しい物を求めてる!」
彼女にとって音楽は物語なのか。
彼女は音で話を構成してる。
彼女の本質は音楽家というよりは小説家かもしれないな。
「桃花の場合は楽譜通り引けないだろ」
「仕方ないじゃん! 改変したくなっちゃうんだもん」
「一小節目から改変するのは……」
もう完全に別物だな。
彼女はどんなに頑張っても楽譜通りに弾ける事はないだろう。
「さて、そろそろ日が落ちるからお開きにするぞ。それと空。今日は楽しかったよ」
雨霧さんがそう僕に挨拶をする。
それにしても彼の言う通り今日は楽しい一日だったな。
「あぁこちらこそ」
「また君と剣を交えるのを楽しみにしてるよ」
「僕もです」
今度あったらまた雨霧さんと手合わせをしたいな。
簡単に勝てるものの雨霧さんの剣はとても洗練されていた。
美しい剣さばきだった。
「学校でも桃花をよろしく頼むよ。君は俺に勝った男だ。安心して任せられる」
「任せてください」
「それじゃあそろそろ……」
そして帰ろうとした時だった。
桃花が僕を呼び止めた。
「――神崎君待って」
「どうした?」
「また、私のピアノ聴いてくれる?」
もちろんだ。
むしろ頭を下げて演奏してもらいたいぐらいだ。
「あぁ。是非聴かせてくれ」
「ありがと!それじゃあ明日学校でね」
「そうだな。それじゃあお邪魔しました」
「俺は何時でも君の事を歓迎するぜ」
そして僕はお別れをした。
今日の事を白愛に言ったらなんて言うだろうか。
笑いながら僕の話を聞くだろうか?
それとも頬を膨らませて嫉妬するだろうか?
反応が楽しみだ。
しかし今は白愛がいない。
でも一週間後にはまた戻ってくる。
その時が待ち遠しくなる。
僕はそんな事を考えながら家に帰った。