69話 クズの戦い方
真央が高らかに宣言した。
その瞬間、扉が蹴破られる。
「……そろそろいいかしら」
現れたのは白い服に身を包んだ貴婦人。
桃花の母親だ。
顔は殺気立っている。
「さて、空。王になるにしても君はまだ弱い。それで君に恨みを持ってる人物を何人か集めたから戦い方を学ぶといい」
その言葉と共に佐倉さんの茨も解かれる。
状況は二対一で圧倒的に不利。
「君の大好きな試練の開幕だよ」
真央は逃げる気も加勢する気もなさそうだ。
おそらく最後まで見届けるつもりだ。
流れ弾とかは夜桜のバリアで防げるのだろう。
「……使徒ね」
そして桃花のお母さん。
彼女も使徒だ。
幸いにも父の方は使徒ではない。
しかし踏んだ場数が違う。
正面からやって勝てるだろうか……
いや、勝つしかない。
どんな手段を使おうとも。
「死んで」
その瞬間、体が何かに押し潰された。
めちゃくちゃ重くて動くのがやっと。
「……オラっ」
そして父親の拳が腹に練り込む。
とても重い一撃。
それにより俺は思いっきり血を吐いた。
「……まだ生きてますわね」
「ちゃんと加減はした。コイツには桃花を殺した事を後悔させてやらねばならん」
おそらく母親の能力は重力系だろう。
だとしたら厄介。
そしてもう迷ってられない。
コイツらを俺は殺す。
「おや、空の目が変わったね」
「やっと覚悟を決めたってところだろ。しかしアイツらはエニグマだ。本気でも勝てねぇんじゃねぇか」
勝手な事ばかり言いやがって。
でも状況が不利な事には変わりない。
とりあえず狭い場所では戦えない。
外に移動しなければ……
しかし、そんな隙があるのか。
間違いなくない。
「……加速」
だったら隙を作る。
言葉通り小さく強い風を足元に起こして加速。
何も言わないで発動してもいいがそれだとなんか気持ち悪い。
そしてヤツの喉元を――ナイフで掻っ切る。
ナイフはスっと自然に無駄なく動いた。
しかし寸でのところで避けられてしまった。
そして手が掴まれる。
彼はそのまま俺に膝蹴りをしようとする。
でも、それは何度も見た。
一周目の世界での親父。
夜桜も似たような事をした。
そして先程、白愛もやった。
それだけやられたらもう慣れる。
「……爆発とは少し違うか」
俺は火をつかえる。
つまり応用で爆発と似たような事すら出来る。
それを使い俺は膝蹴りが食い込む前にヤツの胸元で爆発を起こした。
しかし相手は戦い慣れてる。
爆発を意図も簡単に回避。
そして俺は爆風に乗り距離を取る。
でも、ただ距離を取るだけじゃない。
そのまま母親の方へ。
「知ってます? 私はナイフの扱いではエニグマでトップなのですよ」
俺はそのままナイフを突き刺して殺す算段だった。
しかしそれは失敗に終わる。
彼女のナイフが俺の頬を掠った。
いや、なんとか掠するように回避した。
もし回避出来なければ頭が半分になっていただろう。
「能力は爆発か」
「そうみたいですね」
ヤツらは勘違いをしているみたいだ。
実に都合が良い。
「……架純は援護を頼む!」
桃花の母親の名前は架純というのか。
そのまま父親の方が俺に拳を振るう。
おそらくスタイルは肉弾戦。
普通にぶつかり合ってもいいが架純の重力があまりにも厄介。
時間かければコチラが負ける。
せめて、あれをどうにかせねば。
「またかッ」
再び体が重くなる。
まるで重りでも背負ってる……
まて、架純の能力は本当に重力か。
もしも重力なら擬似ブラックホールが出来るはず……
「……今のを躱すか」
俺は拳をギリギリで回避しながら考える。
もしかして架純の能力は重力ではない。
だとしたら一体なんだ。
間違いなく動きにくくなっている。
「……なぁ?」
俺は風を全方位に飛ばす。
そういえば風は重力の影響を受けていない。
重力は質量あるものなら全て影響を受ける。
だったらやはり能力は重力系ではない。
「……俺の能力が爆発だけだと勘違いしてないか?」
俺の能力は受けた攻撃を再現するものだ。
それだったら架純の能力だって再現出来るんじゃないか。
どんな能力か知らないから再現出来ない?
そんな事は無い。
頭では理解してなくても体は理解している。
頭に聞かず体に聞け。
体の声に心を傾けろ。
「……何をっ!」
佐倉さんの肉が風の刃でズタズタに切れる。
風もかなり便利だな。
しかし今はそれどころじゃない。
もっと体と対話をしろ。
「なるほど。彼女の能力は自分の近くにある物の重さを変えるか。近くの基準は大体200mって言ったところか」
体が重かったのは自分の体を重くされただけ。
だったらやる事は簡単だ。
逆に自分の体を軽くすればいい。
「さて、重さの対策も出来たぞ」
「どうして私の能力を!?」
言ってやる義理はない。
そして状況はかなり良くなった。
もう体も重くない。
これならコチラが有利。
間違いなく勝てる。
「改めて名乗ろう。俺の名前は神崎空。神崎家の生き残りにして父親殺しだ」
「……やっぱり陸の息子か」
たしかコイツの名前は……
前の世界で名乗ったはずだ。
そうだ。思い出した。
「さて、佐倉智之。君がどんなものか見せてもらおう」
出来るだけ強気でいけ。
舐められるな。
アイツはまだ名前を名乗ってない。
それなのに名前を知ってる。
それに頭を使い少しだけ動きが鈍るはずだ。
そこを攻めろ。
たしかに俺の能力は強い。
だとしても経験の差は覆せない。
ヤツらはこの程度のピンチを何度も覆したはずだ。
でも、俺は負けない。
いや、負けなれない。
負けたら海も白愛も返ってこない。
「……どうして俺の名を?」
「さぁな」
煽りは理性を吹き飛ばす。
身をもってそれを知ってる。
理性を無くせば録な判断が出来なくなる。
だから煽れ。
手段を選ぶな。
アイツらを倒すためなら何だってしろ。
「空って俺の戦い方をかなり参考にしてないか?」
「たしかに。あの不気味な笑みは君そっくりだね」
「それはない」
そういえばたしかに夜桜とやってる事が近いな。
まぁ勝とうとしたらこうなるのも必然だ。
「実は桃花を殺す前に俺は彼女を無理矢理抱いたんだ。実に心地良かったよ。少し腰を振るだけでそれはそれは良い声で鳴いてなぁ」
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
そして智之は完全に我を忘れた。
計画通り。
理性無き彼の拳も避けやすい。
しかし嘘は吐いてない。
実際、俺は一周目の世界で桃花を抱いてるしな。
まぁその時は無理矢理というより桃花からだったが……
「もっと頭を使えよ」
俺は彼の頭を回し蹴りする。
ゴンと良い音が鳴った後に彼は思いっきり地面とキスをする。
「さよならだ」
俺は得意の雷を落とす。
よく雷が落ちるって叱りの言葉があるな。
もしそういう意味なら雷は本来、俺に落ちるべきなんだろうな。
眩い閃光と共に智之を雷が貫いた。
間違いなく直撃だ。
「……クズだな」
「君の戦い方と似たようなもんだよ」
「いや、俺はそこまで酷くねぇし……」
夜桜と真央は相変わらず呑気なものだな。
まぁアイツらが動揺する事態が予想つかねぇ。
「……お前……だけは……」
「まだ生きてるのか」
中々にタフだ。
いや、執念と言うべきか。
「……ッ」
突然、俺の頬に痛みが走った。
そこに指で触ると切れてるのが確認出来る。
「……殺すよ」
架純がナイフを投げたのか。
めちゃくちゃ早いな。
ナイフの重さを軽くしたのか。
「……動くなよ」
俺は智之の体を拾い首元にナイフを添える。
まぁ人質だな。
「殺されたくなければ服を全部脱げ」
とりあえずナイフを隠し持たれてら厄介だ。
一回、全裸にしないと安心出来ない。
「うわぁ……」
「引くわー」
外野二人は黙ってろ。
まぁ誤解されても終わる世界だし別にいいが。
「……最低ッ」
「口答えするな。こいつの命が惜しければな」
そして架純はこちらをひたすら睨みつけている。
しかし無意味。
諦めてスカートを下ろし始めた。
太ももにはナイフが二、三本付いている。
やはり携帯していたか。
「……この時を……待ってたぜ」
「しまった!」
智之の手には宝石。
桃花は宝石魔術を使える。
それを教えたのは誰か。
間違いなく彼だ。
少し予想外だ。
でも、相手は戦闘のプロ。
予想外が起きないわけがない。
――そして、俺は智之により右腕が焼かれた。
「してやれたな」
痛みはある。
でも、海に焼かれた事ある身としては痒み程度の痛みだ。
「……右腕はもう使えないだろ?」
「問題ない」
問題はかなりあるが今は強がれ。
そこを相手につけ込まれる。
「さて、空。君は佐倉家の名誉を持って討ち取ろう」
「強く出たな?」
その言葉と共に智之の手に大量の宝石が握られる。
それにより多数の火球が飛んでくる。
でもそれは愚策だ。
俺は火球に火球をぶつけて相殺……
「……油断したな」
カシャャャャァと音と共に氷が俺の足裏を貫いた。
それと共に激しい痛み。
思わず顔を歪めるが声はなんとか堪える。
火球はダミーでそれが本命か。
「……死に晒せ!」
そして雷が俺に落ちる。
仕返しのつもりだろう。
「……無駄だ」
目には目を歯には歯を。
俺も雷を放ち、迎撃する。
「……予想通りだな」
「いや、それはお前らの方だよ」
俺は左腕でナイフを出してその腹で飛んで来た物を受け止める。
さっきの雷はダミー。
本命は架純によるナイフの投擲だろう。
「誰もが考える事だ。そしてお前の体はそろそろ限界だろ?」
先程、雷で撃ち抜いた傷がある。
間違いなく大怪我だ。
動けてるのが奇跡と言っても過言ではない。
「お前に殺された桃花の事を思えばこの程度、なんて事ない!」
「そうか」
なんて強さだ。
しかし俺はそんな彼を無視して人差し指を架純の方へと向ける。
彼とタイマンなら勝てる。
しかし彼女の援護が厄介だ。
それなら彼女を殺せば手っ取り早いじゃないか。
「バンっ」
その言葉と共に火で作った矢を飛ばした。
それは瞬く間に彼女の元へ行き、肩を貫こうとした。
「遅い」
しかしナイフで弾かれてしまった。
彼女の言う通り、ナイフ術は相当な物だな。
「俺を忘れるなッ!」
そして智之の拳が襲う。
ダミーだろうか。
それとも本命だろうか。
まぁ回避する事に変わりはない。
俺はしゃがみそれを回避。
それと同時に腹に焼けた右腕で無理して拳を作り練り込ませる。
どうやらこの攻撃はダミーではなかったようだな。
「グへホッ」
これでチェックメイトだ。
俺は練り込ませた拳にそのまま火を纏わせる。
その日が智之の全身を焼いていく。
俺の右腕も焼けるがもう焼けてるものだし別にいい。
「……あとはお前一人だな」
俺は架純の方を見てそう言う。
智之は今ので腹に大穴が空いて身が焦げている。
死んだと見ていいだろう。
それに今さっき彼の体を重くした。
今の彼の体力では生きてたとしても動けない。
「俺と戦った時の空はあそこまで強くなかったぞ」
「そればかりは私も想定外だよ。もっとギリギリの接戦をイメージしてたから」
好き勝手言いやがって。
これでもかなりギリギリだぞ。
「……お前だけは殺す」
その瞬間、架純が接近して彼女のナイフが俺の頬を掠った。
なんていう速さだ。
「殺す。殺す。殺す。殺す」
しかし動きは我を忘れて雑。
でも速さだけで言えば目で追うのがやっとだ。
もし、目だけで判断する俺なら死んでたな。
悪いが今の俺は白愛に言われた通り視覚では無く触覚を頼りにで動いてる。
「……さっさと逝け」
俺は彼女の腹にナイフを突き刺す。
かなり懐かしい感覚だ。
誰かにナイフを刺す。
その行為は一体何回しただろうか。
「……呪ってやろ」
俺の手に暖かい血が流れる。
手が血に塗れるのは何度も体感したが慣れるものではない。
そして彼女はバタりと倒れた。
「……真央。これでいいのか?」
俺は真央の目を真っ直ぐ見てそう問いかけた。
これで終わりだ。
残るは時間逆行だけだ。