65話 本当の敵
今、なんて言った?
俺の聞き違いでなければ彼女はエニグマと言った。
ルークさんがトップであるエニグマ……
「そもそもエニグマは魔法関連の事件を取り扱うって言いますがそれは表向きです」
「……それじゃあ本当はなんなんだ?」
「ありとあらゆる魔法等の神秘現象を全て管理下において完全平和の世界の実現です」
目的は世界平和。
ありふれた理由だろう。
問題があるとは思えない。
「エニグマの問題点はその手段。エニグマの手に追えない人物は殺して無かった事にする。そして時には情報の捏造。そのような事を平気でやるのがエニグマです」
「……まさか!?」
「はい。夜桜もこの被害者の一人と見ていいかもしれませんね」
いや、待て。
夜桜の話を聞いたのは海からだ
それじゃあ……
「そういえば空様は海様から話を聞いたのでしたね。まぁ海様なら話す必要がないと判断して所々はぐらかしてもおかしくありませんから今は忘れてください」
「分かった」
殺してなかった事にするか。
もしかして夜桜一党はエニグマとは考えの違う能力者のグループなのではないか。
そしてエニグマの戦略を削ぐために親父を狙った。
あの場でアルカードが俺を狙ったのは近くにいたから。
あんな状況で近くにいたらエニグマの仲間と思われてもおかしくないな。
「……一回夜桜側にも話を聞きたいな」
「それは無用です。私は海様を殺したあの方を許す気はありませんから。視界に入ったら今度こそ必ず殺します」
まぁそれもそうだな。
俺も許す気は毛頭ない。
「……でも、待て。海のヤツは夜桜を倒すのに協力してたぞ」
「そんなの簡単ですよ。空様を放っておけなかっただけですよ」
あぁそういえば海は素直に言葉にするのが苦手だったな。
この世界でも少なからず好意を抱いてくれてたってわけか。
「さて、話を戻します。エニグマは従わない能力持ちや使徒は必ず殺します。でも空様が時間逆行した原因となる桃花様みたいなエニグマが対処出来ない人物が出てきたら?」
前の世界の桃花は圧倒的だった。
ソロモンの指輪により無限に湧く悪魔も厄介。
本人も魔法使い放題だから魔法で対抗は不可。
そして概念干渉で時間止めみたいな搦手も通用しない。
倒すなら白愛みたいな純粋な力……
まさか!?
「はい。私はそう言った規格外を殺すために作られたホムンクルス。いわば戦うために生まれてきたのです」
なんという所業だ。
それじゃあまるで……
「はい。私は使い捨ての兵器です。まぁ成功例は私しかありませんが」
「ふざけるな! 白愛にだってちゃんと意志があるじゃないか! そんなのが許されるわけがない!」
「……ホントにそうでしょうか?」
どういう事だ。
白愛はしっかりと考え行動してるじゃないか。
人を殺す事に罪悪感を覚えたり躊躇ったりする人間らしいところもあるではないか。
「もしかしたら作られた感情ではないのですか?」
「そんなわけ……」
「人を作るのは不可能です。器は出来ても魂は作れません。なら、この私の自我はどこから生まれたのでしょうか?」
俺は言葉に詰まった。
何も言えない。
白愛の言う通りだ。
「今までの私の苦悩は全て暴走をさせねいためのメンテナンスって事は考えられませんか?」
「それは……」
たしかに十分ありえる。
もし白愛が反乱したらエニグマは対処が出来なくなる。
それを無くすために人殺しに罪の意識を覚えるようにプログラムされてるのかもしれない。
「……私って結局なんなんでしょうか?」
でもこの問には迷わず答えられる。
答えなきゃならない。
「白愛は白愛だ」
「……そうですよね」
俺は思いっきり白愛を抱きしめた。
こういう時こそ傍にいたい。
白愛を支えたい。
「お前の人格が作られたものだとしてもそれを含めて俺はお前を好きになったんだ」
「……空様」
「白愛が何者であろうと俺にとって白愛が白愛である事に変わりはない。もし、お前がそうやって自己否定をするなり俺はお前の存在を何度だって肯定してやる」
「……酷いです。あんまりです」
そうだな。
これからいなくなるって分かってるのにそれを告げるなんてただの最低だな。
でも白愛の泣き顔だけは見たくないんだ。
「でも、ありがとうございます」
この言葉はやがて茨となり彼女の心を強く縛り傷つけるだろう。
それを分かっていながら俺は“好き”だと言った。
ただ、俺が白愛の泣き顔を見たくないという理由だけで……
「それと空様。今聞いた話は全て忘れてください。ルークさんに勘づかれて時間逆行させてくれないなんて最悪ですから」
「そうだな」
俺は白愛が好きだ。
今ではハッキリと言える。
全て終わったらしっかり告白しよう。
この世界の白愛ではないが白愛である事には変わりない。
俺はずっと白愛のそばに居たいと思ってしまったのだ。
「……少しだけ甘えてもいいですか?」
「あぁ」
白愛が俺に寄りかかってくる。
そしてすぐに寝息を立てた。
よっぽど安心しているようだ。
「……作られて五年。こんなにしっかりしてても考えてみれば五歳なんだよな」
白愛は年下で本来なら守られる立場。
それなのに俺が守られて支えられてる。
本当に情けないな。
「でも、次はもう苦しませない」
今度こそ海と白愛と俺で笑って暮らせる生活をしよう。
それしかない。
「そもそもみんなふざけてる。親父は海を道具として育ててエニグマは白愛を兵器として作った」
思い出しただけで腸が煮えくり返る。
「そして夜桜は海を子供を産む道具として扱い白愛を自分の強さの座標としか考えてない」
ホントになんなんだ。
コイツらは何様のつもりだ。
「でも、これからは俺が守ってみせる」
それが願いだ。
それが俺の戦う理由だ。
「しかしホントに子供みたいだな」
もう完全に爆睡だ。
起きるまで時間がかかるだろう。
でも起こすのもあれだな。
それから結局、俺は白愛が起きるまで動く事は無かった。