64話 成長
「そもそも考えてみたら私は空様がいなくなったら一年で死んでしまうではありませんか」
トラウマが蘇る。
前の世界の桃花の瓜二つ。
「だから空様はずっと私の側にいないとダメなんですよ」
間違いなく狂気化だ。
そして逃げ場はない。
「悪いが俺はそれでも時間を戻る」
しかし俺だって成長した。
あの時とは違う。
迷わず自分の意見を言える。
そして能力もある。
白愛とだって……戦える。
「貴方様がそう言うのは知ってました。でもここから出られませんよね」
たしかにそうだ。
もし白愛を殺したら出られるだろうか。
いや、そもそも白愛を殺すのが無理だ。
でも戦える。
「それに食料だってたくさんありますしね」
食料が尽きて補充の為に出られるなんてことはないってわけか。
「そうだな。でもそれが全部ある保証はどこにある?」
俺は食料の山に向かって火球を飛ばす。
食料があるなら無くせばいい。
そう。燃やして。
「その程度は予想済みです」
しかし白愛がナイフを投げて火球を打ち消す。
一体どうやったのか原理は分からないが白愛だしそれは置いておこう。
「空様はこの楽園のなにを拒むというのですか?」
「……お前以外誰もいないところだ。全員揃って初めて楽園なんだ」
もう答えは決まっている。
なんとしてもここを抜け出す。
「なら、力づくで出ればいいじゃないですか」
「そうさせてもらうよ」
その瞬間白愛が迫ってきた。
気づいた時には腹に拳が練り込んでいた。
「そうですか。少し手荒ですが気絶させて頭を冷やさせるとしましょう」
知ってはいたがなんという速さだ。
まったく見えなかった……
「どうしたのです? この程度ですか?」
「……そんなわけないだろ」
「そもそも目で追ってたら永久に対処なんて出来ませんよ。視覚以外の情報に頼るべきです」
そう言い終えると白愛が背後に回り込んでいた。
そして首を優しく撫でられ耳元で囁かれた。
「例えば触覚です。空気の振動を探知して相手の動きを読むんです」
俺は手で白愛を払い除ける。
白愛はバックステップで回避したので俺の手に触れることはない。
「空様。手の甲をご覧になったらどうです?」
俺は恐る恐る手の甲を見た。
そこには赤いラインがあった。
そこから血が滲み出る。
間違いなく切り傷だ。
「失礼ながら爪で切らせていただきました」
「この規格外が……」
「貴方様がこれから相手するのはその規格外ですよ」
動きが見えない。
気づいた時にはやられてる。
「さて、まだ戦うというのですか?」
「あぁ」
「困りましたね。それならホントに手足の一本は覚悟してもらいますよ」
放たれた圧倒的な殺気。
尋常では恐怖が体中を襲う。
今、降伏しないと間違いなく死ぬ。
――でも諦めきれない。
「出来るもんならやってみろよ」
「では……」
白愛が狙うは左腕。
根拠はないただの予測だ。
俺は左腕を後ろにまわす。
「おっと……」
白愛が少しだけバランスを崩した。
運良く予想が的中してくれたらしい。
なんとなく彼女との戦い方が分かってきた。
そしてそのまま風の刃を飛ばす。
「……愚策です」
しかし白愛は体を捻り簡単に避ける。
なんという反応速度だ。
それからすぐに俺は右足だけ思いっきりあげた。
「読み間違えです。私が次に狙うのは左足ですよ」
いや、それでいい。
俺は先程飛ばした風の刃はブーメランをイメージしておいた。
俺の能力の場合はイメージが大切だ。
今の俺は火と風と雷を使えるがそれらはイメージによって形がかなり変わる。
火の時は基本的に丸をイメージして火球にしているがイメージ次第では槍の形だって出来る。
そして動きもイメージによってかなり左右される。
だから俺は風の刃を飛ばした時にブーメランをイメージして戻ってくるようにした。
右足をあげたのは読み間違えたと思わせるフェイント。
本命は先程の風の刃だ。
「……クッ」
白愛の右肩に風の刃が食い込んだ。
そして右足をあげたのはそれだけではない。
そのまますぐに蹴り飛ばせるようにだ。
俺は思いっきり白愛の顔を蹴る。
全力の一撃だ。
「……危なかったです」
しかし化け物じみた反応速度で足が掴まれてしまった。
でも打つ手がないわけではない。
「お前は電気より早く動けるか?」
俺は思いっきり白愛に雷を落とした。
即死するようなガチのやつだ。
アペティとの戦いの時に実感したが雷は便利だ。
速さはおよそ秒速200kmとも言われる。
そして威力も相手が人なら簡単に殺せる程度はある。
ただ今みたいに掴まれてる状態だと自分も感電するのが弱点だろう。
「……自爆ですか?」
「その通りだよ」
しかし何故か痛みはまったくない。
威力が高すぎて痛覚がショートしたか。
「ていうか……お前は……なんで生きてんだよ」
「もちろん雷を撃つのは予測済みでしたので少しばかりずらさせていただきましたなら」
まさしく規格外。
もしかしたら先程のバランスを崩したのもわざとではないか?
「空様。今回は貴方様の勝利です。大人しく戻しますよ」
そして景色はいつもの家になった。
俺は初めて白愛に勝ったのだ。
「さて、戦い方を少しは分かりましたか?」
「やっぱり……」
「えぇ。もちろん多少の手加減はしてましたよ」
あの流れが全部俺を本気にさせるための演技だったというわけか。
しかし、あれで手加減。
もし、本気でこられたなら勝負は一瞬とまでは行かなくても絶対に勝てないな。
「それにしても強くなられましたね」
「強くなってねぇよ。【知】の神から貰った能力が強いだけだよ」
「それも含めて貴方様の力ですよ」
「そうかもな」
今の俺なら夜桜と戦えるだろうか。
時間稼ぎになるだろうか……
「……ルークさんが来るのは今日の夜でしたよね」
「そうだな」
この世界にいる時間も残り少ない。
次はきっと上手くやる。
「さっき私が空様に向けた想いは本物ですよ」
俺は敢えて聞かなかった事にした。
かける言葉が見つからないからだ。
俺はこの世界に残される白愛の事を何も考えられなかった。
そんな俺が何か言う資格なんてない。
「……そういえばホムンクルスってなんなんだ?」
聞きそびれていた事に気づき俺は白愛に尋ねた。
知ってる事と言えばホムンクルスは人工的に作られた人間って事ぐらいだ。
「空様が知りたいのはホムンクルスというより私が作られた経緯ではありませんか?」
「……そうだな」
そこが一番気になる。
何故、白愛が作られたのか。
「さて、まず最初に大事な事を言いましょう。私を作ったのは“エニグマ”です」
「……え?」
そうそう。
今日から三連休なので夜の19時にも更新します。
つまり三連休の間だけ二回更新です。