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世界調整  作者: 虹某氏
2章【知】
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63話 病み

「……起きましたか」

「あぁ。おはよう」

「おはようございます」


 こんなにのんびりした時間はかなり久しぶりだな。

 実際はそんなに日は経ってないのだがそんな気がしてならない。


「……泣いているのか?」


 俺は白愛が泣いている事に気づいた。

 しかし白愛は涙を拭い俺に笑顔を見せた。


「いいえ。そんな事はありません」


 まるで無理をして作ったような笑顔だ。

 しかしそれについて深く言う気はない。

 海は白愛にとっては俺と同じくらい大切な存在だ。

 その海が死んだのだから無理もない。

 今までよく泣かないでいたものだ。


「……空様。ゲームをしましょう」

「急だな」

「……そういう気分なのです」


 気を紛らわせたいのか。

 何かをしてないと余計な事ばかり考えてしまうから……


「いいぞ。何がいい?」

「“しりとり”はどうでしょう?」


 しりとりか。

 そういえば前にやってたな。

 かなり古い記憶のような気がする。


「分かった。白愛からいいぞ」

「……桜」

「ラッパ」

「パズル」

「瑠璃色」


 そしてここでしりとりは止まってしまう。

 言葉が思いつかないって事もないだろう。


「……しりとりってこんなにつまらないもんでしたっけ?」

「心の問題だろ」


 今、どんなゲームをしても楽しめないだろう。

 こんな曇り空のような気持ちでは……


「お時間取らせてすみません。今、朝食を作ってきますね……」


 白愛が台所に向かっていく。

 まるで現実から逃げるかのように……


「いいよ。俺がやるよ」


 俺は白愛の肩を掴み動きを止めてそう言った。

 たしかに作業で気を紛らわせるのは構わない。

 でも、今の白愛にはゆっくりする時間が必要だ。


「……そうですか」


 時間は傷を癒す。

 少なくとも俺はそう信じている。

 今の白愛に必要なのは時間だ。

 その時間を俺が作ってやらなきゃな。


「食べたいものはあるか?」

「……特にございません」

「そうか」


 俺は冷蔵庫から卵を二つ取り出す。

 それを俺はグチャグチャにかき混ぜた。

 ありえないくらい乱雑だ。

 自分でもかなりイラついてるのだ。

 何も出来なかった自分に。


「……こんなものか」


 俺はそれをフライパンに広げて焼く。

 作るのはエッグサンドだ。

 何の工夫もないエッグサンドだ。

 腹が膨れればなんでもいい……


「……私がしっかりしていれば」


 そんな白愛の独り言が聞こえた。

 俺はその独り言でハッとした。

 なんでもいいわけがない。

 こういう時こそ美味いものを作らねば。

 しかしスクランブルエッグは完成してしまった。

 仕方ないからレシピ変更だ。

 その後に冷蔵庫からベーコンとレタスを出して出来るだけ刻んでベーコンは炒め、それをパンに挟みチーズを入れて焼く。

 その後に素材を贅沢に使用してタルタルソースを作りそれを塗って完成だ。


「出来たぞ。ホットサンドだ」

「……お腹が膨れればなんでも良かったのですが」

「それじゃダメだ。そういう時こそ美味いものを食べなきゃな。まぁ美味くなるように作ったつもりだけど実際どうか分かんねぇけどな」

「そう……ですよね」


 そして白愛が食べ始めた。

 ゆっくりと味わうように。


「美味しいですね」

「それなら良かった!」


 しかし話はこれ以上続かない。

 俺達へのダメージは大きいのだ。


「なぁ」

「なんですか?」

「俺に戦い方を教えてくれないか?」


 何もしないよりは幾分かマシだ。

 少しでも気を紛らわそう。

 それは俺も白愛も同じだ。

 今の俺だと次の世界でもまた同じミスを犯す。

 もっと強くならないと……


「そうですね。たしかに今後の事を考えると覚えといた方がいいかもしれませんね」


 そして景色が白一面の世界になった。

 ここは間違いなく白愛の亜空間の中だ。

 白愛の能力で亜空間の中に連れ込まれたのだ。


「どこからでもどうぞ」


 いきなりやれってか。

 まぁいい。

 俺は迷わず白愛に接近して蹴りを入れようとした。

 しかし気づいた時には背中を取られていて思いっきりカカト落としが脳天に入った。


「……終わりですか?」

「まだだ」


 俺は白愛に殴りかかる。

 しかし近づく暇すら与えずに思いっきり顔を蹴り飛ばされた。


「能力を使いなさい」

「……後悔するなよ?」


 そう言われて俺は無数の火球を出してそれらをすべて迷わず白愛に飛ばした。

 しかし白愛は簡単に回避する。


「相手の動きを読みなさい」

「もちろん読んでるよ!」


 しかしそれはダミー。

 俺は火球に隠しながら風の刃を飛ばしていた。

 風は不可視だ。

 火球による火の音で空気が切れる音が掻き消されて気づくことすら難しいだろう。


「……」


 そして白愛の足から血が出ている。

 俺は初めて白愛に一撃入れたのだ。


「お前に初めて傷を負わせたぞ」

「だからどうしたのですか?」


 俺はキレた。

 決めた。もう一度ぶん殴ってやる。


「……ふざけんなよ」


 雷を雨のように降らすが全て回避される。

 風の刃も言うまでもない。

 それと同時に接近戦もするが全て捌かれる。

 しかし俺は一発殴りたい。

 俺は足を見た。

 白愛の足を見た。

 殴る時に今まで正面を見ていた。

 しかしそれで一本も取れない。

 ならやり方を変えるしかないだろう。

 それを繰り返すうちになんとなく動きが掴めてくる。

 最初のうちは目で追えなかったが段々と終えるようになった。

 そしてそこから動きの予測。

 俺は白愛が次に来る位置を想定してそこに蹴りをぶち込んだ。


「そんなものじゃないだろ!」


 白愛の脇腹に蹴りが初めて入る。

 しかし吹き飛ばない。

 思いっきり踏ん張ったのだ。


「俺がお前に一発入れられるなんて絶対にありえない。お前が手加減しない限りはな」

「……」

「海が死んで悲しいのは分かる。それは俺も同じだ。でも前を向け。海はこんなお前を見ても喜ばない」


 こんなの誰も望まない。

 最悪の結末だ。


「空様に何が分かる! 私は空様よりずっと海様の近くにいた! お前がどうこう言える話じゃない!」


 体がどこまでも吹き飛ぶ。

 白愛に思いっきり蹴られたのだろう。

 初めて喰らう本気の蹴りだ。

 どんな一撃よりも重い。


 体が地面に着くまでとても長い時間がかかった。

 しかし着くと同時に白愛が接近して俺の腹に拳を練り込ませる。

 俺はその痛みになんとか耐えながらも無理矢理言葉を紡いだ。


「……そうだよ。俺はお前より海といた時間は短けぇよ」


 痛みを我慢して必死に声を出す。

 白愛の目を見て真っ直ぐ。

 出来る限り平気そうなん感じを出しながら。


「でも、俺は海の兄だから海の考えてる事が分かるんだよ!」


 白愛にも海の事は分かる。

 でも兄妹である俺にしか分からない事だってある。

 海が誰よりも平和な生活を望んでたのが白愛に分かるだろうか?

 海が誰よりも白愛の事が大好きなのを白愛に分かるだろうか?


「そんな海がお前のそんな表情を見たいわけがないだろ!」

「何もわかってないのはお前だ! 残される者の気も知らないで!」

「俺も分かってないかもしれない。だけどお前はもっと分かってねぇだろ!」


 醜い言い争いだ。

 しかし俺も引くつもりはない。


「私だけを残して“前を向け”と。お前が私に言った言葉をそのままお返せします。ふざけるな!」


 先程から話が噛み合ってない気がする。

 白愛は一体何を言いたいのだろうか。


「過去に戻るって事はこの世界で私一人取り残されるってことですよ!」


 俺は過去に戻る事ばかりでこの世界の事が頭から抜け落ちていた。

 ルークさんは言っていた。

 時間逆行するとこの世界は継続され俺は植物状態になると。

 この世界が無くなるわけではないのだ。

 つまり白愛は一人になるのだ。

 海も俺もいないたった一人っきりの世界に……


「……すまない」

「提案したのは私です。でもやっぱり受け止められないんです!」


 しかし俺は戻ると決めた。

 もうそれを変えるつもりはない。


「だったら俺の手足を切り落として永遠に一緒に暮らすか?」

「……なんて事を!」


 敢えて冷たく突き放そう。

 もう迷わない。


「出来ないよな。悪いが白愛。ここでさよならだ」


 白愛とはここで別れよう。

 これ以上苦しめないために。

 今は苦しいかもしれない。

 でも、時間が解決してくれる。


「空様。手足なんか落とさなくても大丈夫ですよ。ここは私だけの世界ですもん。私が許さない限り貴方様はずっとここにいることになるのですよ」


 声のトーンが変わる。

 背中から変な汗が流れ始めた。


「ねぇ空様。ずっとここで一緒に暮らしましょ?」


 その時の白愛は前の世界の桃花と酷く似ていた。


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