60話 神崎 海
「空様。あと二つですがどちらに行きますか?」
「……気味の悪い方に行こう」
「分かりました」
俺達は不気味な右の方の部屋に入った。
そこには想像を絶する光景が待っていた。
「……オニイチャン」
「なんだこれは?」
俺をお兄ちゃんと呼ぶ謎の少女が佇んでいる。
一体これはなんだ?
「君、名前は?」
「……コロシテ」
目を見るととそこに光はなかった。
おそらく自我はない。
いや、なくされたと言うべきか。
「コミュニケーションのとれない謎の少女。それだけならまだ良いのですが……」
この少女の首から下はは完全に肉塊だ。
グロテスクな肉塊と融合している。
さらに気色悪い事にその肉塊はドクンドクンと脈を打つように動いている。
見ているだけで吐き気を催す……
「白愛。殺せるか?」
「やってみます」
少女はとても辛そうだ。
死にたいという声が聞こえてくる。
「……ッ」
白愛が目にも留まらぬ早さでナイフを取り出し切り刻むが瞬く間に再生してしまった。
再生速度は夜桜以上なのは間違いない。
「ダメみたいだな」
「そうですね」
今の俺達に為す術はない。
肉塊は幸いにも攻撃をする兆しもない。
そして放っておくことしか出来ない。
「空様。ここにノートが落ちてます」
「もしかしたらなんか書いてあるかもな」
俺はノートを拾い読み始めた。
そのノートの文字は全てアラビア語だ。
読むのは大変だが読めない事はない。
「なんて書いてありますか?」
「“魔神”について書いてあるな」
魔神とは一体なんなのだろうか?
今まで聞いたことのない単語だ。
「……それは本当ですか?」
「あぁ」
まさか、この少女が魔神だというのか?
「魔神とはこの世界に堕ちた神のことです。ちょっとこのノートを借りてもいいですか?」
俺は白愛にノートを渡した。
白愛も最初はノートを普通に読んでいたがあるページを読むと手から滑り落ちた。
「……そんな……ことが……」
「どうした?」
そんなにヤバい事が書かれていたのだろうか?
少し目を通しただけだから深くは分からない。
「これは人の身に無理矢理、魔神を宿らせる研究です」
「……つまり?」
「この少女は魔人を宿らせる実験に使われたのです」
言っている意味が分からない。
何が不味いのだろうか?
「魔神は腐っても神です。こんなのに人の身が耐えられるわけがない!」
言われて理解した。
それをこの少女は小さい身一つで背負ってるのだ。
「もし出来たとしても負荷が強すぎます!」
「その結果がこの少女みたいな自我の喪失か」
今まで見た中で一番胸糞が悪い。
吐き気すら覚える。
「それだけじゃありません。絶え間なく痛みが少女を襲ってるとも書かれてます。それこそ死んだ方が楽と思えるくらい」
出来れば解放してあげたい。
しかしそれは出来ないのは先程証明された。
「恐らく研究室はこの少女を殺すための研究に使ってたのでしょう」
もしかして敵の狙いは最初からこの少女を殺す事なのか?
だとしたら何故、俺達を襲った?
「目的は分かりません。でも敵にとってもこの少女はかなり重要な物なのかもしれません」
「なぁ白愛。神っていうのは知の神みたいなのと同一視してもいいのか?」
俺はそれが気になった。
白愛は堕ちた神と言った。
つまりあいつらがこの世界に格落ちすると……
「はい。でも、基本的に神はこちらの世界には現界出来ません。肉体がないので」
「……その肉体が用意されたら?」
「出来ます」
つまりこいつがこの世界に来た神。
実体を持ってる神。
「……解放したければ神を殺せってか」
そんなの不可能だ。
今の俺達には……
「でも、神がこちらの世界に来る理由が分かりません。そしてずっと留まっている理由も……」
「そうだな」
たしかに知の神みたいなやつがこちらに来るとは思えない。
だとしたら人為的に神が宿らされたのか?
そんな事が可能なのだろうか。
「……オニイ……チャン」
少女が苦しげに俺達を呼ぶ。
でも悔しいが今の俺達にはどうする事も出来ない。
「……タスケテ」
そんな少女の声が聞こえる。
もしかしたら自我がまだあるんじゃないか?
だったら……
「空様」
「白愛。ちょっと待っててくれ」
俺は少女に近づいた。
たしかにどうする事も出来ない。
これからやる事はただの身勝手だ。
でも、少女には少しでも希望を持ってほしい。
「俺が必ず救ってみせる。だからそれまで耐えてくれ」
今はただそう告げる事しか出来ない。
俺が無力だから。
俺は悔しさを噛み締めて部屋を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆
最後の部屋となった。
ここに間違いなく海はいる。
「……空様」
「あぁ。覚悟は出来てる」
俺は扉に手をかけて部屋を開けた。
ここは何もない部屋だ。
でも奥に人が丸まっている。
「海!」
間違いなく海だ。
綺麗だった髪はボサボサになっていて服は着ていない。
そしえ今は無き手足には包帯が巻かれてるがそれは血で赤くなっていた。
「……」
俺は海を抱き抱えて必死に揺さぶる。
しかし返事はない。
目は死んだ魚のようだ。
「海! 返事をしろ!」
「……お……兄様」
まだ完全には壊れてなかった。
海は俺の存在に気づいたのだ。
「……私を……殺して」
海からそんな言葉が聞こえた。
なんとなく予想はしていた。
「出来るわけないだろ!」
でも、俺には無理だ。
俺には殺せない。
「……どうやって……私に生きろっていうの?」
分かってる。
この状態で生きるのがどんなに残酷な事か。
海はやっと虐待の傷が治って希望を持てた。
でも、その瞬間にこれだ。
あまりにも酷すぎる。
「……白愛。頼む」
「……私は……お兄様に……殺してほしい」
「どうしてだよッ!」
俺は泣きながら叫んだ。
どうして俺なんだ。
なんで俺が海を……
「これからも……お兄様は……人を殺す機会がある……と思う」
たしかにあるかもしれない。
でも、どうして海を殺す必要がある!
それとこれとは関係ない!
「私を……殺して……人を殺す覚悟を……持って」
海を殺してまでそんな覚悟はいらない。
俺はただ……
「弱い……お兄様……じゃ……誰も助けられない」
その言葉で俺はハッとした。
今の弱い俺じゃ何も出来ない。
先程の少女すら救えない。
もっと強くならないと。
たしかに殺したくない。
でもそれ以上に海の想いを踏みにじりたくないし海の願いも叶えられない弱い自分も嫌だ
「……分かった」
俺は泣きながらナイフを出した。
今まで以上に手が震える。
涙で視界が鈍る。
でも、殺す。
殺さなければ。
「本当に俺でいいんだな?」
「はい……白愛の……傍に……弱い人はいりません」
海にとっての幸せはこれからだ。
親父は海を武器として使おうとした。
そのために幼い時は虐待を受けた。
前の世界で海は言っていた。
“普通の生活がしたい”と。
海はここで幸せを感じたんだ。
それが出来るのはこれからじゃないか。
でも、殺るしかない。
「……やるぞ」
「はい」
海は殺せと言った。
その覚悟は無駄には出来ない。
俺は海の胸にナイフを突き刺した。
「海ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
“グサリ”と音が聞こえる。
刺さった感覚が手に伝わる。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
手の中で海の熱が静かに消えていく。
海の死に顔は笑顔だった。
とても笑顔を作れる状況ではない。
それなのに俺に心配かけないために笑った。
そして海が俺の手の中で死んだ。
海をこの手で殺した。
「どうして! こんな事になったんだ!」
もうたくさんだ!
人も殺したくないし死ぬところも見たくない!
前の世界からの願いじゃないか!
なのになんで前の世界以上に悲惨なんだよ!
ふざけるなよ!
「……空様」
白愛が俺の名前を呼ぶ。
神崎空。
お前は何人殺した?
お前はこれから何人殺す?
「もうたくさんなんだよ!」
挙句の果てに白愛に殺させ責任から逃れようとした。
ホントに俺はなんなんだ!
俺は何のためにやり直したんだ!
状況は前より酷いじゃないか!
「なんで! なんで!」
それなのに俺は無傷だ。
周りはこんなに傷ついてるのに俺だけは無傷なんだ。
前の世界でもそうだった。
周りはどんどん死んでいく。
でも俺だけは自傷以外で傷一つ付かなかった。
誰かの傷を見るより俺が傷ついた方がマシだ。
でもそれを許さない。
「……死のう」
そうだ。
俺が死ねば全て解決するんだ。
俺が生きてるせいでこんな事になったんだ。
「空様!」
俺はナイフを持つ。
刃の方を自分の喉に向ける。
これで死ねる。
みんな救える。
「何を考えてるんですか!」
しかしその瞬間、体が吹き飛んだ。
白愛が思いっきり叩き飛ばしたのだ。
「海様がこんな事を望んでると思いますか?」
そんなことは分かってる。
でも、もう疲れたんだよ!
「わかりました。空様がこういうなら最後の手段を取りましょう」
「……なにをするんだ?」
「また、全て一からやりなおしましょう!」
そして白愛は悲しそうな表情でそう言った。




