59話 堕ちる
部屋を開けるとそこは研究室だった。
少なくとも俺達は大量の試験管が置かれている事からそう思った。
そして一際目立つのは真ん中に置かれてる大きな試験管だ。
「……」
白愛は何も喋らない。
そして真ん中の試験管には赤ちゃんが入っていた。
目をギョロリと開きこちらを見ている。
「なぁ白愛」
「……間違いなくこれはホムンクルスです」
白愛の声がとても震えてる。
よくよく見ると鳥肌も立っている。
「ホムンクルス?」
俺は白愛に尋ねる。
あまり聞き慣れない単語だ。
「僕が説明するよ。ホムンクルスっていうのは簡単に言えば人工的に作られた人間だ」
後ろから俺の質問に答える声が聞こえた。
「誰だ!?」
「僕だよ。僕。そこまで警戒すんな」
「……親父か?」
「そうだよ」
俺は戦慄した。
白愛は間違いなく親父は死んだと言った。
それなのにこの場にいる。
一体どうなってやがる。
「あの場からどうやって生き延びたのですか」
「特に深い理由はねぇよ。パラシュートをお前に撃ち抜かれてそのまま落ちてその先にあった木に引っかかって運良く生き残っただけだ」
撃ち抜かれた?
それにパラシュート?
話がまったく掴めない。
「そうですか」
そして白愛も何故か戦闘態勢を取っている。
白愛と親父の間に一体何があった?
「さて、先程の話の続きをしよう」
「させると思いますか?」
しかし白愛が親父の首にナイフを突き立てる。
まるで何時でも殺せると言うかのように。
「白愛。どけ」
「空様の命令と言えどそれは出来ません」
「親父の話を聞かずに動くなんてお前らしくないじゃないか」
「そうですね」
そして白愛と睨み合いになる。
それが数分続き白愛が諦めたかのように親父から離れた。
「それで親父はなにを言おうとした?」
「白愛が“ホムンクルス”だっていう事だよ」
どういうことだ?
たしか白愛は前に裕福な家庭に生まれたが親と死に別れ親戚に預けられて虐待を受けたと言っていた。
でもホムンクルスだとしたら根本から覆ることになる。
「そうだ。ホムンクルスの体は最初から大人になっている。老いる事もなくずっとそのままの見た目になる」
「どうなんだ?」
「……その通りです。私はホムンクルスで前に私が話した過去は全て嘘ですよ」
俺は体から力が抜けた。
信じていたものが全て嘘だったのだ。
白愛に俺は嘘をつかれてたのだ。
「ホムンクルスは圧倒的な戦闘能力を誇る。そして戦闘用に作られた物だ。しかし不幸な事に人格を持ってしまったのが白愛だ」
それならあの人間離れしたスペックに全て説明がつく。
ホムンクルスならそもそも体構造からして人間と違うはずだ。
「もっと言えば研究室を脱走して暗殺姫となったのが白愛だ」
なんなんだよそれ……
これじゃあ白愛がまるで……
「お前の思ってる通り白愛は人間じゃなくて兵器だ」
「でも感情だってあるじゃないか!」
「その感情も作られた物だ」
目の前で白愛の存在を否定された。
いや、違う白愛なんて最初からいなかったんだ。
「それとお前と白愛は主従契約を結んでる。白愛はお前の側で魔力を取り込んでる」
もう意味が分からない。
そもそも主従契約とはなんだ?
魔力なら海や親父からでも取り込めるはずだ。
「主従契約はホムンクルスの勝手な暴走を防ぐためのものでそれをする事で主の方の汗が蒸発する事により空気中に充満された魔力を吸って生活出来るようになります。また主人が死んだ場合、私は死にます」
白愛が補足するかのように言う。
しかしまだ不自然だ。
それなら人を選ばずに勝手にどんどん吸えばいいではないか。
いや、出来ないのか。
それがある事により主人を殺せなくなる。
いわゆる鎖みたいなものだ。
しかしそれにはおかしい所がある。
白愛は前に海と暮らしていた。
その場には俺がいないから魔力配給は不可。
白愛は海に一年間仕えてたはずだ。
「ホムンクルスは魔力配給が無くても最初の五年は動けるようになってます。そして私が暗殺姫として名を馳せたのが最初の四年。残りの一年を海様に仕えてたました。つまり五年以上主人の側を離れると死ぬのです」
なんとなく納得はいった。
しかしまだ歯切れの悪い感じだ。
「一ついいか?」
「なんですか?」
「俺は白愛と主従契約をした覚えがないんだが」
そこが一番不自然なのだ。
何故、俺と白愛が主従契約をしている。
「……空様は私と会った時の記憶をご存じですか?」
「……たしかその時の記憶は親父が消したはずだ」
「そうですよね」
まさか!?
親父が主従契約をした時の記憶も消したというのか。
「そうだ。空の思う通りだ。ちなみに白愛もその時の記憶はねぇ」
「……どうしてそんな事をした!」
俺は親父の胸倉を掴んだ。
記憶消去はする必要がなかったはずだ。
それにどうしてそんな大切な事を隠した!
下手したら白愛が死んでいたではないか!
「前にお前をこの魔術の世界に関わらせたくなかったって言っただろ」
ふざけるな!
そんな理由で許されるわけがない!
ほれで白愛が死ぬくらいで俺はそれを望まない!
「どうして白愛の記憶も奪った!」
俺は親父に怒鳴る。
白愛の記憶を奪う必要は無かったはずだ。
「それは淡ゆくば死んでくんねぇかと思ったからだよ。圧倒的な戦闘能力を保持して自我まで持ってるなんてエニグマからしたら邪魔でしかねぇ」
なんというクズだ。
もうこいつは……
「俺は空さえ無事に生きれば全ていいんだ」
たしかに白愛が主従契約を知ってれば俺の元に来る可能性は高い。
しかし……
「白愛は理由は分からねぇが俺に空と一緒に暮らせるように脅迫。俺はそれを泣く泣く受け入れたってわけよ」
体から力が抜けた。
俺の信じてたものが全て崩れた。
俺の世界は嘘だった。
「……海はなんなんだ?」
なんとなく気になった。
コイツにとって海はどのような存在なのだろうか?
そもそも何故、白愛を使って海を助けた?
「海はエニグマの戦闘員として養成してたんだ。ヤクザの元に預けて冷酷さを育てて、虐待により痛みに慣れさせた。そしてやがては俺の元で魔法等に対する知識をと戦い方を教える予定だったがそれは白愛が来たから白愛に一任した」
「……は?」
つまり海が虐待されるのを分かっててコイツは預けたのか?
これじゃあ海が不憫すぎる。
まるで道具。
「まぁ大体そんなところだ。失敗があるとしたら自分の意思でエニグマに入らない事だがそれはその原因となった記憶を消せばどうにかなるだろ」
ホントにふざけるなよ。
海だって立派な人間だ。
選ぶ権利はある。
「最後に一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「どうして俺だけ普通に育てようとした?」
もし俺を普通に育てたのが自分の子供だからと言うなら海も同じはずだ。
しかし海と俺とでは対応が違いすぎる。
「なんでだろな」
自分ですら答えは分かってないのか。
もういい。
「……白愛」
「なんですか?」
「殺せ」
こいつは罪を犯しすぎた。
しかも全て裁かれない類の物だ。
それに海を苦しめたコイツを俺は許せない。
「分かりました」
白愛が親父の背後に回り心臓にナイフを突き刺した。
俺は親父の死体を冷めた目で見つめた。
「……死で償え」
白愛を殺そうとした。
海の人生を滅茶苦茶にした。
俺の大事な人を二人も傷つけたんだ。
「……空様。大丈夫ですか?」
でも、何故か涙が止まらない。
殺したのは俺だ。
何故か親父が死んで俺は泣いているのだ。
「少し休みましょう」
「いや、いい。次の部屋に行くぞ」
俺は涙を拭う。
もうこれで泣くのは最後だ。
弱い俺は終わりだ。
「なぁ白愛」
「はい?」
「メイドはここで終わりだ。これからは俺の剣となり障害を打ち破ってくれ」
「はい。分かりました」
俺はまだ自分の手で人を殺す事は出来ない。
でも白愛なら殺せる。
なら俺は白愛という剣を使って殺そう。
親父や夜桜みたいな罪人を。
そして俺達は親父の死体を残してこの部屋を後にした。




