56話 人殺しと救世主
「空君」
誰だろうか。
どこかで聞いたことのある声だ。
「あなたはどうしたいの?」
そう問いかけられる。
そして壊れたように言葉が漏れる。
「殺したくない。否定されたくない。死にたくない。考えたくない。失いたくない。悩みたくない。話したくない。会いたくない。許されたい。痛めつけられたい。罰せられたい。死にたい」
壊れてる。
いや、とっくのとうに壊れていたんだ。
それを壊れてないように見せてただけだ。
「そっか。もう大丈夫。私が守るから」
そして彼女は俺を抱きしめる。
一体誰だろうか。
「もう苦しまなくていいんだよ。もう休んでもいいんだよ」
どこかで覚えのある感覚。
それにこの声。
もしも彼女が生きてたらどんなに楽だったか。
そうだ。
俺はなんだかんだ言って彼女に守られてたんだ。
「私の空君。私だけの空君」
その一言で誰か思い出した。
彼女は死んでなんかいない。
俺の意識に強く根付いて生きている。
「……なんで気づかなかったんだよ」
もっと早く気づくべきだった。
俺には彼女がいることに。
「なぁ桃花」
「久しぶりに名前を呼んでくれたね」
殺したはずの彼女。
でもずっと俺の中で生きていた。
俺の側にいた。
「なにを悩やんでるの?」
「……俺は」
どうすればいいか分からない。
答えを出せない。
「言い方を変えるね。空君は何をしたいの?」
俺はどうしたいんだ?
夜桜を倒してその後はどうしたいんだ?
流れ的に夜桜を倒す事になってるが何故倒す?
「空君。もっと素直になりなよ」
「そうだな」
そもそも何故時間逆行した?
それは笑い合う日常を過ごすためだ。
決して夜桜を倒すためではない。
「答えは決まった?」
でも笑い合う日常のために夜桜を倒すのは必要不可欠と言っても過言ではない。
「ほんとに?」
桃花は純粋な笑顔でそう尋ねた。
何も知らない子供のような表情だ。
「逃げちゃえばいいじゃん。守りたいみんなを連れてどこまでも遠くに」
「それが出来たら苦労しねぇよ……」
「やってもないのに出来ないって決めつけるの?」
逃げたい。
でもそれは出来ない。
「どうして出来ないの?」
「だって……」
しかし言葉は出ない。
そういえばなんで逃げないんだろ。
すべて見捨てて逃げればいいじゃないか。
嫌な事から目を背けて他人に任せることのなにが悪い?
「答えは出てるんでしょ?」
でも、それは許さなれない。
夜桜を放っておいたら大量の死者が出る。
「赤の他人が死んでも空君には関係ないでしょ?」
それはそうかもしれない。
でも……
「たしかに助けられるのに助けなかったのは人殺しに等しいかもしれない。でも空君は既に私を殺してるでしょ?」
「それは……!!」
「仕方なかったなんて言わせないよ」
桃花はそう告げる。
いつもとまったく変わらない声で。
「一人も二人変わらないでしょ?」
“そんな事はない”。
はたしてそれを俺が言う資格はあるのだろうか?
「それに空君は無力だよ。もし人を殺すという行為が出来たとしても事が出来たとしても君は夜桜には勝てない」
そんなのをは分かってる。
でも逃げていい理由にはならないはずだ。
「勝てない相手に挑むのはただの馬鹿だよ」
その言葉が俺に纒わり付く。
そうだよ。
俺は馬鹿だよ。
【知】の使徒なんか言われてるが実際は知恵もクソもねぇよ。
「だから逃げよ?」
あぁ逃げてぇよ。
でもそれは出来ない。
守りたい海は絶対に俺と逃げるなんてしない。
白愛はどこにいるかすら分からない。
「でも逃げてどうなる!」
逃げたところで守りたいものはない。
だったら逃げても意味はないじゃないか。
「そうだね。この状況で逃げても仕方ないね」
だったら戦うしかないじゃないか。
結局道はそれしかない。
「でも道はそれだけじゃないよ。たしかに今の守りたいものは無くなる。でも逃げた先で新しい守りたいものを得られるかもしれないよ」
そんな事は考えもしなかった。
すべて捨てて逃げた先の生活。
そこには希望があるかもしれない。
「……それだと俺は一生見殺しにしたって罪の鎖に縛られて生きていくことになる」
それが嫌だ。
結局自分が最優先なのだ。
「多分見殺しにしなくても罪の鎖に縛られることには変わらないよ。だって私を殺したことで既に縛られてるんだから」
そうだよな。
俺は既に罪人だもんな。
「もう空君は逃げてもいいんだよ」
「そうだよな。逃げていいよな」
「うん!」
もう全部投げ捨てよう。
白愛も海も全部。
「私が許すよ」
◇
目が覚めるとそこはとても薄暗い場所だった。
俺は夜桜に負けたんだ。
そして今のは夢だと気づく。
夢の中で桃花と会ったのだ。
「……逃げよう」
しかし体が動かない。
俺は自分の体をみる。
すると鎖がグルグル巻に付いていた。
「逃げすらも許さねぇのか!」
そう叫ぶ。
その瞬間内部から痛みが走った。
そして血が込み上げて吐血する。
「内蔵がめちゃくちゃなんだ。そりゃ喋るだけでも痛いだろうな」
背後からそんな声が聞こえた。
間違いなく夜桜の声だ。
「とりあえず処置はした。放っておけば治る。まぁ戦闘みたいな過度な運動は二度と無理だろうがな」
そもそも生きてるのすら奇跡だ。
おそらく彼の能力の一つで治療したのだろう。
「さて、暇だし学校の時みたいにお喋りしようぜ」
「クソ……ゴホッゴホッ」
“クソ喰らえ“って言おうと口を動かしただけで傷が開き、むせて血を吐いてしまう。
「おいおい。大丈夫かよ」
やったのお前だろ。
そう思うなら初めからするな。
「そうだ。さっき得た能力でこんなのがあった」
その瞬間見慣れた草原に景色が変わった。
目の前には黄金の剣が刺さってる。
「おお! ホントに出来た」
夜桜はピョンピョンと軽はずみなリズムで跳ねて剣に近づく。
「エクスカリバーよ。我を王に選びたまえ」
そんな事を言いながら夜桜は剣を引き抜いた。
そして俺の方に向けて傷を治していく。
「“事象の巻き戻し”ってスゲーーー!」
夜桜はその後に玩具をもらった子供のようにエクスカリバーはブンブンと振り回す。
そして突然立ち止まった。
「やっぱりエクスカリバーって言ったらこれだよな」
そう言うと彼は深呼吸して振り上げた。
何をするつもりだろうか?
「エクスカリバァァァァー!」
そして叫びながら振り下げる。
一体何をしているんだ?
「……つまんねぇ。なんでビームが出ねぇんだよ」
「剣からビームが出るわけねぇだろ」
「いや、エクスカリバーなのにビームが出ないのはおかしいだろ」
彼の言ってる意味が分からない。
彼は一体エクスカリバーをなんだと思ってやがる。
「俺が見たアニメではビーム出たんだけどなぁ」
「アニメと現実は違う」
「なにそれつまんね」
そして興味を無くしたかのようにエクスカリバーを放り投げた。
それにしてもこの能力を使うって事は……
「そういえば言ってなかったな。この能力は物語を具現化させられるっていう能力だ」
「どうしてお前がそれを使える!?」
俺は声を荒あげる。
答えは聞かなくても分かってる。
でも万に一つ生きてる可能性があるかもしれない。
「そっか。この能力保持者とお前は知り合いだったんだ。まぁ折角だし会わせてやるよ」
そして空間が歪み始め元いた薄暗い場所に戻る。
先程の場所の方が気分的にまだ楽だ。
「ちょっと待ってろ」
夜桜が部屋の扉を開けて移動する。
彼は会わせると言っていた。
まさか生きてるのか?
実は殺すと奪えるのはデマなのか?
「ほれ、これだろ?」
しかしそれは間違いだと気付く。
俺の前には生首が置かれた。
「……嘘だろ」
「結構綺麗なもんだろ」
間違いなくアリスだ。
こいつはアリスを殺したんだ。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
酷い。
あまりにも酷すぎる。
俺はひたすら夜桜を睨む。
こいつだけはダメだ。
こいつは絶対に殺す。
「そんなに怒るなって」
彼は生首を拾って俺の前に持ってくる。
目には生気が宿っていない。
顔はまるで死んだことにすら気づいてないくらい綺麗だ。
「もっと近くで見せてやるよ」
更に俺の前に持ってくる。
彼女の匂いと血が混ざった匂いが鼻を通る。
そして首を見る。
そこには断面図がありそこから骨が顕になっていて非常にグロい。
「おえぇぇ」
俺は思いっきり吐いた。
とても生理的に受けつけられるものじゃない。
「折角のご対面なのに吐くなんて失礼な奴だなぁー」
なにが対面だ。
ただの屍じゃないか。
「死体でも会えないよりはマシだと俺はおもうんだけどねぇ」
たしかにそうかもしれない。
でもそれを殺した本人が持ってくるのは煽りでしかない。
「しかしそれが戦いってものよ」
彼はポケットから煙草を出してそれを吸い始める。
「あ、俺はこんな見た目だけど一応二十八歳だからね」
「……そうかよ」
年齢まで偽っていたのか。
考えてみればコイツが学生だと思ってたのも先入観からだな。
「さてと、一つ聞こうと思ってんだが知人が殺されてどんな気持ち?」
こいつは俺を怒らせたいのか。
そうか。そっちがその気なら俺だって考えがあるよ。
「……死ねよ」
俺は風の刃で夜桜の首を切り落とす。
鎖に縛られていようが能力や魔法は使える。
「呆気ない最後だったな」
俺は夜桜を殺した。
それからすぐに鎖を風の刃で切ろうとした。
しかし硬すぎて切れない。
風で切れるのは肉が限度か。
俺は夜桜の方を見る。
現に首は切り込みが入っただけで落ちてはいない。
骨は切れてないのだ。
「……鎖をどうするかだな」
体ごと燃やすか?
いや、鉄を溶かすほどの熱に俺が耐えられるわけがない。
「おー中々やるじゃん」
「な、なんで……」
何故か殺したはずの夜桜が立ち上がったのだ。
俺は間違いなく首を切った。
現に大量の血が出た。
「俺の能力の一つの再生。ありとあらゆる傷を瞬時に回復する」
なんだよそれ。
どうやって殺すんだよ。
「そもそも俺達が能力や魔法を警戒しないわけないじゃん」
言われてみればそうだ。
だから現に前の世界でエニグマは親父の手を切り落としていた。
「触れたら能力や魔法を使えなくする石があったら便利なんだけどそんなものは存在しないんだよなぁ」
よく創作作品でそういうのが出てくるが現実にそんなものはない。
「まぁとりあえずお前は絶対に俺を殺せねぇよ」
「でも再生だって無限じゃないはずだ」
俺は風の刃を再び夜桜に放つ。
そして切れる。
俺はそれを何度も何度も何度も繰り返す。
やつが粉切れになろうが止めるつもりは無い。
「無駄無駄。俺の再生に限度なんかないよ」
しかしすぐに起き上がってしまう。
たしかに切るのはダメだ。
なら、これはどうだ?
「そうくるかぁ」
俺は火球を連続的に飛ばした。
そして夜桜は回避することなく当たる。
流石に消し炭にすれば死ぬだろう。
「……だから無駄だって」
しかし彼はゾンビみたいに起き上がってくる。
やっぱり彼を殺すのは無理なのか……
「そうそう。お前に俺は殺せない」
そして俺は体から力を抜いた。
もう完全に負けだ。
「ようやく負けを認めたか」
こんなの勝てるわけがない。
ルークさんがいて白愛がいるような絶好的な状況でも勝てない。
夜桜は何をしても死なない。
「……お前は何故ここに来た?」
再び煙草を出して吸って一息ついて答える。
「それは暗殺姫の能力を奪うためさ」
「お前なら簡単に殺せるだろ。今までどうして息を潜めてた?」
こんな能力があるなら白愛と互角以上に戦えるはずだ。
そしてそんな疑問を解消するかのように煙草を口から抜きこちらに向けて叫んだ。
「甘いな少年! 暗殺姫は正真正銘の化け物。たしかに再生があるから死ぬ事はない。でも下手すればコンクリ詰めにされて海の底だってありえる」
それを白愛は出来るだろうか?
彼を相手にそこまで余裕がある行動が出来るとは思えない。
「まぁ勝率は五分五分ってところよ。そして俺は勝てない勝負はしないタチなんでね」
「……意気地無し」
「意気地無しで結構! 俺は命は大事にする主義なんだ!」
そういえばアリスがここにいるってことは……
「お! ようやく気づいたのか」
アリスは海と一緒に行動していたはず。
つまり……
「君の予想通り海ちゃんはここにいるよ」
「……生きてるのか?」
「もちろん! 貴重な神崎家の女児だ! 殺すわけがない」
そう聞いて安心する。
まだ海だけなら救える。
「何故、俺を生かしてる?」
「君は暗殺姫に対する人質だよ」
「海は?」
しかしそこから出たのはあまりにも酷い答えだった。
「海は子供を作るマシーンとしてだね。神崎家の子供は成長すれば超能力が一つ芽生えるからそれを俺が殺して奪うって算段よ」
まるで道具。
こんな事をしたら海の心はすぐに壊れてしまうだろう。
「もちろん既に手足はいらないから落としといたよ」
「やめろやめろやめろやめろやめろ!」
「だって子供を作るのに手足はいらないしね」
悪魔だ。
やってる事が悪魔の所業だ。
「ったく。俺だって無理矢理なんてやりたくねぇよ。でもやらざるおえないんだよ。俺はなんとしても姫を殺せる能力を見つけなきゃならねぇ……」
なんなんだよ……
なんでお前の私利私欲を満たすために海がこんな目に……
海はやっと笑い始めたところだったのに……
「今思うと神崎家の女児殺しってこういう事をされないためにあったのかもな」
こいつは何を言っている。
もうわけがわからない。
「だって超能力者を意図的に作れるんだぜ。それで子供を大量生成して超能力軍団だって作れるわけだ」
「その為に女児殺しの風習があったと言いたいのか」
「そうそう。だってこうなるなら死んだ方がマシっしょ」
たしかにマシなのかもしれない。
もしかしたら女児殺しは子供を思っての事だったのかもしれない。
夜桜がやった行いはそう思えるほど酷く許される事ではない。
「……それをお前らはやろうとしてるんだぞ」
「うーん。海ちゃんには運がなかったと諦めてもらうしかないね」
運がなかった?
ふざけるな。
お前が超能力を諦めればそれで済む話だろ。
「まぁ敗者をどうしようが勝者の自由ですしね」
「そんな事があってたまるか!」
「いい加減に現実を見ようぜ」
俺はどうすればいい。
こんな状態の海を助けて海は幸せなのだろうか?
「そもそも海じゃなくて俺を使えばいいだろ!」
「いやぁ女性でそういうのを進んでやってくれる人は少ないしそれにそんな事をする女性は性病が怖い。だったらやっぱり俺みたいな人が身元が安心ってわけよ。まぁ俺らの優しい気遣いよ」
そんな理由かよ。
気遣いにもなってねぇよ。
そもそもお前が……
「そういえば海ちゃんの初めては俺が貰っておいたから安心していいぞ」
もう海は死んだ方が楽なのではないか?
アリスが生きてればエクスカリバーで手足を戻してまだ幸せを掴めるかもしれない。
でもアリスは死んだ。
「いやぁめちゃくちゃ泣き叫んで楽しかったわ。『殺して! 殺して!』ってずっと叫んでたぜ」
夜桜は聞きたくもない話を始める。
もう聞いてて不愉快だ。
「その様は手足が無いのに必死に這いつくばって逃げようとして凄く滑稽だったよ」
もう最悪だ。
こんな事なら前の世界の方が良かった。
前の世界で桃花と暮らした方が良かった。
「次は暗殺姫。もう君が手元にいるんだ。おそらく簡単に殺せるだろう」
前の世界の桃花で思い出した。
彼女ならコイツを倒せるかもしれない。
白愛を殺し海を殺してルークさんを圧倒した。
そして悪魔を使い街を滅ぼした。
そんな彼女なら高笑いながらコイツを殺せるかもしれない。
「……助けて」
「誰に助けを求めてるんだ? ここには誰も来ねぇよ!」
あの時の桃花はとても怖かった。
でも俺を最優先で考えてくれた。
俺に尽くしてくれた。
もしかしたら時空を超えて来てくれるかもしれない。
「さて、そろそろ……」
「生きて帰れるとは思わない事ですね」
その瞬間、天井が崩れて人影が見えた。
それから間もなく夜桜の首が落ちた。
「遅くなり申し訳ございません。暗殺姫にして【死】の使徒であるこの白愛。空様の敵を排除するために参上致しました」
桃花ではないが俺の元へ救世主は来た。




