54話 決闘
「出来るわけないだろ!」
「そうですか。ならそのまま家に帰って丸くなっててください」
海が俺に背中を向けて再び歩き始める。
「アリス。解除していいわよ」
「そうね」
アリスがこの世界を解除しようとする。
早く覚悟を決めろ。
「待て!」
俺の声で海が足を止める。
俺だってやれば出来る。
人ぐらい殺せる。
それを証明するんだ。
俺は思いっきり駆け出した。
「お兄様」
足を止めるな。
迷うな。
俺が無力でないことを証明しろ。
「大好きです」
「……え?」
その一言で足が止まった。
しかしそれは誤りだと痛みと共に気づく。
「馬鹿が!」
海が思いっきり俺を蹴る。
地面に俺の頭がぶつかる前に胸ぐらを掴まれる。
「たった一言で迷うな。その甘さが死を招くと言っているんですよ!」
そして俺を放り投げた。
しかし俺はどこか安心していた。
――人を殺さなくて済んで良かったと。
「行くわよ」
「はい」
「それとお兄様。最後に一つだけ。貴方はどうして戦うのです?」
そんなのは決まってる死なせたくないからだ。
しかしそれを何故か声には出せなかった。
景色は戻り海とアリスはどこかに行ってしまった。
俺は大人しく帰路につく。
俺は無力だ。
俺は足でまといだ。
いない方がマシだ。
そんなことを考えてると突然話しかけられた。
「おっ! 空じゃん。無断で早退したから心配したぜ!」
「……拓也か」
彼は俺の友人だ。
魔法とか能力に関係のない一般人だ。
「お前が早退したのと桃花が突然消えたのと関係あるのか?」
「いや、特にない。少し体調が悪いから早退しただけだ」
「そっか」
これ以上彼が追求する事はなかった。
しかし次のセリフは予想打にしないのものだった。
「そんな事よりお前って何の使徒なの?」
彼は間違いなく“使徒”というセリフを言った。
彼はこういうのとは関係ない一般人のはずだ。
何故知っている?
「そんなに警戒すんなって」
「……お前はなんなんだ?」
「俺? 俺は鈴木拓也だろ」
こんな事を聞きたいんじゃない。
俺が聞きたいのはお前がなんなのか。
かなり歪だ。
拓也は使徒でもない。
それなのに俺を使徒だと言った。
一体彼は何者だ?
「まぁもう言ってもいいか」
その瞬間、彼は不気味に笑った。
そしてここで俺は衝撃の事実を知る事となった。
「俺が夜桜百鬼だという事をだよ」
「……え?」
拓也が夜桜?
そんな嘘だ。
どうしてお前が……
「鈴木拓也も偽名。この顔も偽物だ」
彼は自分の顔に触れる。
それと共に顔の肉が溶けて新たな顔が出てくる。
青髪の短髪で赤目の男性だ。
この姿がとても恐ろしい。
まるで鬼だ。
「俺は【闘】の使徒だ。それで空は何の使徒なんだ?」
まだ信じられない。
それより早く逃げなきゃ殺される。
夜桜はやばい。
彼だけはヤバすぎる。
「おいおい友達だろ」
しかし茨で行く手を阻まれた。
逃げることも許されないらしい。
「とりあえず俺のところに連れ帰るか」
そう言うと彼は俺の腹に拳を練り込ませた。
俺はなんとか意識を保つ。
「あー、そういえばお前さんは一般人に比べるとそこそこ強いの忘れてたわ」
今までに感じた事のない恐怖。
でも、その原因は明確に分かる。
空気を伝わり彼との格の違いが俺に伝わる。
そして恐怖はそれだけではない。
俺は拓也を心のどこかで見下してた。
俺は下だと決めつけていた。
しかし実際は彼の方が上だった。
真実が覆る恐怖。
彼はずっと近くにいた。
夜桜はずっと俺の側にいたのだ。
俺はこの時まで気づかなかったのだ。
「ていうか怯えすぎだろ。顔が変わろうともお前が仲良くした鈴木拓也と同一人物なんだぜ」
思いもしなかった。
まさか夜桜が俺の知人だったとは。
「……学校の体育で成績は下の方だったよな?」
「あんなので本気出すわけないだろ」
笑いながらそう言う。
たしかに言われればその通りだ。
彼は特に特筆したものはなかった。
でもそれは隠していたからだ。
「まだ信じられないのか? 仕方ないからもう一度だけ言ってやるよ。お前の友達である鈴木拓也と夜桜百鬼は同一人物だ」
認めたくない事実。
しかしそれは本当の事だ。
「お前は俺と戦うんだろ?」
俺は夜桜を知らない人だと思っていた。
でもそれは違った。
「……拓也とは戦いたくない」
俺は思ってるままを告げる。
拓也は俺の友達だ。
なのにどうして戦う?
「そっか。ありがとな」
拓也は笑った。
なんだ話せば分かるじゃないか。
「でもそれはつまらないなぁ!」
一瞬でも話せば分かると思った自分が馬鹿だった。
考えてみればコイツは神崎家虐殺事件の犯人だ。
そして顔色一つ変えずに俺の近くにいたのだ。
「俺は戦うのが大好きだ! 強くなるのが大好きだ! 誰でも殺せる最強になるんだ!」
こいつは【闘】の使徒だ。
闘いについて苦悩や葛藤したのだろうか。
それとも闘の神と気があったのだろうか。
「お前も使徒になる条件を知ってるのか。そうだよ! 俺はずっと考えたよ! どうやったら姫を殺せるかってな!」
夜桜がこの考え方なら勝機はある。
殺さなくていい。
彼に負けを認めされば無力化出来るはずだ。
「姫って白愛の事か?」
「想像に任せるよ。ただ俺は絶対に姫を殺す」
「そうか。それじゃあ【知】の使徒として神崎空は俺は今からお前に決闘を挑む」
「いいねぇ」
何を迷ってる。
戦え! 俺!
俺は嫌だという感情を無理矢理押し殺して災厄と戦うことにした。