53話 邪魔
「……あなたも海ちゃんのあれ見たのね」
アリスがそう言う。
おそらくアリスも見たのだろう。
「あぁ」
「今まで私。何もわかってなかった。虐待されてたのは知ってたけどその本質は何も……」
「それは俺もだ」
ホントに理不尽だ。
どうして海がそんな目に……
いや、海だってそう思ってる。
だからこそ普通に生きてる俺を妬んだ。
俺に復讐しようとした。
「今から麻婆豆腐作るけどアリスはそれでいいか?」
「……うん」
俺は無言で麻婆豆腐を作る準備をした。
たしか前に白愛が中華フライパンを使っていた。
それを探そうとする。
しかしどこにもない。
おそらくアレは白愛が能力で収納してたのだろう。
仕方ないので普通のフライパンを出してそこで具材を炒めていった。
「海。出来たぞ」
「今、行きますね」
扉越しにそんな声が聞こえた。
そして海が黒いバスローブを着て出てくる。
顔と手首と足以外は完全に隠れてる。
だから傷跡も見えない。
今まで肌をあまり見せなかったのは傷を隠すためか。
「……そういえばこの傷跡ってエクスカリバーで治せるじゃないか?」
「たしかに……やってもらっても良いですか?」
「うん。そのくらいならもちろんいいよ」
これで傷跡が全て消えてくれるといいな。
そうすれば海だって辛い記憶が忘れやすくなるだろう。
「……今から展開してもらってもいいですか?」
おそらく海も一刻も早く傷跡を消したいのだろう。
それこそ飯が出来てる事なんか忘れるほどに……
「わかった」
そして再び場所は草原になった。
目の前には黄金の剣が突き刺さっている。
その光景もかなり見慣れた。
「いくよ」
「お願いします」
アリスはエクスカリバーを抜き海に向けた。
海を黄金の光が包み込む。
光が消えると海はバスローブを引っ張り自分の体を確認した。
「……治ってる!」
「そっか。それなら良かったよ」
海が突然泣き崩れた。
消したらなんか不味かったのだろうか。
「……ありがとうございます。ありがとうございます」
「私はたいしたことしてないよ」
「ずっとこの傷が嫌でした。もう治らないと思ってました。この傷が呪いのように私の心を蝕んで……」
「よしよし。もうないから大丈夫だよ」
ただの嬉し泣きか。
それだったら良かったな。
ここからようやく海が笑って生きれるようになる。
前の世界で言ってた当たり前の生活。
それに一歩近づけたじゃないか。
「……お兄様が私の裸を見たのはこの発想をした事に免じて許します」
「それはありがたいな。飯出来てるからそろそろ食うぞ」
「そうだね」
そして景色はいつもの家になった。
海が“いただきます”と言って麻婆豆腐を食べはじめる。
海がなんて言うかはだいたい検討がついてる。
「白愛が作ったのより不味いです」
「そう言うと思ったよ」
「でも、とっても美味しいですよ」
海がそう言うなんて意外だ。
傷跡が消えたこともあるのだろうか。
「ありがとな」
「料理人に感謝を述べるのは大切な事ですから」
前の世界ではお前はまったく感謝してなかっただろ。
いや、感謝はしてたが言葉に出せなかっただけか。
「ていうか普通に美味しいじゃん! それとおかわりある?」
「食べ終えるの早いな!」
アリスの皿は既に空だった。
まさかここまで早く食べるとは……
俺はアリスから皿を受け取ってそこに麻婆豆腐を盛り付けて渡した。
「いや、まさか麻婆豆腐がここまで美味しかったとは……」
とりあえず俺も食べよう。
席に着き軽くいただきますを言って食べはじめる。
味はいつも通りだな。
食べれなくはないが白愛のやつと比べると……って感じだ。
「しかしお兄様が料理できたとは……」
「俺はお前とは違うんだよ。昔から兄より優れた妹は存在しないって言うだろ」
「数分早く産まれただけの癖に……」
とは言うものの俺は海に戦闘で勝てないがな。
海と俺では得意な場所が違うだけだ。
「さて、食べ終えたらアペティと名乗った食人鬼を倒しにいきましょう」
「……は?」
食人鬼を倒す。
間違いなく海はそう言った。
「聞いた話だと間違いなくアイツが一番弱いです」
「だからどうして倒すって話になる!?」
「お兄様は馬鹿ですか? こちらから攻めなければ相手はまた攻めてくるでしょう」
たしかにそうかもしれない。
でもリスクは高すぎる。
「私も賛成かな。こっちは毎回受け身になってる。それだと状況はどんどん相手の都合の良いものになっていくと思う」
そのとおりかもしれない。
でも攻めてくる事すら想定内なのではないか?
「それに相手の駒は出来る限り奪っておきたいです」
どうやらもう攻めるしかなさそうだな。
しかしあの不自然な加速は気になる。
もしかしたら食人鬼はあの時は本気を出してないだけではないか?
「……もしも夜桜と鉢合わせたらどうするつもりだ」
「その時はエクスカリバーを展開します。そしてそれでサポートするのでお兄様が夜桜を倒してください」
「本気か?」
たしかに受けた攻撃を再現出来る俺が適任だろう。
しかし勝てる気がしない……
「はい。私はなんの能力も持たないので臨機応変に対応しにくいですから」
「分かった。それでいこう」
「それじゃあ五分後に家を出ますので準備してください」
「ちょっと待って!」
アリスが麻婆豆腐を急いで食べて準備を整える。
海は洗面に行った。
おそらくバスローブから着替えるのだろう。
そして俺は色々と不安を抱えていた。
それからすぐに食人鬼を探すことになった。
普通なら分かれて探すのがいいだろう。
しかし一人になるのはあまりにも危険すぎるということで今は三人まとまって動いている。
「どうやって探せばいいか……」
「聞き込みでもまったく情報はありませんね」
そして言うまでもなく手詰まりだ。
もし探知系の能力がいたらどんなに楽か……
「もしかしたらこの街にもういないかもな」
考えてみれば相手には転移の能力を持ってるやつがいた。
“海を拉致した”とホラを吹き白愛と親父をここから引き離した仮面だ。
あいつならこの街から食人鬼を連れて退散だって容易い。
「すみません。こちらの方を見かけませんでしたか?」
そして突然、似顔絵がプリントされたチラシを渡される。
それで俺は罪を思い出した。
「……知り……ません」
「そうですか。ありがとうございます」
俺はそこに書かれてた人を知ってる。
とてもよく知っている。
俺が殺した桃花だ。
今、聞き込みをしてたのは桃花の兄である雨霧さんだ。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
俺は桃花を殺した。
これで全てが解決ってわけがない。
この世界にも桃花を愛してた人がいる。
そして俺はその人達から桃花を奪った。
――罪人だ。
俺は永遠にこの罪に囚われる。
俺は桃花に囚われる。
分かってはいたつもりだ。
でも俺はどこか目を逸らそうとしていた。
しかし雨霧さんと会うことで強制的にそれを見ざるおえなかった。
逃げることは許さない。
例えなにがあっても……
「お兄様は先に帰ってください」
「いや、俺は……」
「今のお兄様は邪魔です」
海は責めもしない。
海は心配もしない。
海はたった一言“邪魔”と言ったのだ。
反論しようとするが言葉が浮かばない。
それでも声を出そうとするが喉に引っかかり外には出ない。
そして海はとても冷たい眼差しでこっちを見ている。
やめろ。そんな目で俺を見るな。
まるで俺が全部悪いみたいじゃないか。
「今のお兄様に人が殺せますか?」
そして海は喋り始める。
ただ冷たく心を刺すように。
「今のはお兄様が殺した桃花っていう人の兄ではありませんか?」
海は全てを察している。
しかし俺を救おうとはしない。
「その通りだよ! 俺はもう人を殺せない! 今だって手が震えてる。膝だって震えてる!」
みっともなく叫ぶ。
思ってる事を考えもせずに言葉にする。
「アリス。なんでもいいから物語を展開して。今のお兄様を人には見せられないわ」
「……分かった」
景色はいつか見た森になった。
真ん中にはお茶会をするかのように長テーブルと椅子がある。
俺と海が前の世界で初めてアリスに会った時に具現化させた世界だ。
物語の名は“不思議の国のアリス”
「さて、もう一度だけ言います。お兄様は邪魔です」
「なんでそうなるんだよ! 俺はただ人を殺したくないだけだ! そのなにが悪いんだよ!」
あの時みたいな雰囲気はなくただ冷たい。
まるで氷の世界にいるかのようだ。
「悪くありません。でもそのせいで私が死にアリスが死にますよ」
「分かってるよ。そんな事は!」
子供の駄々だ。
本当に情けない。
でも止まらない。
止められない。
「分かってる? ふざけないでください!」
海がキレた。
冷たい目が一転して怒りの篭った目になる。
「魔術の世界では普通に人が死にます。今のお兄様がいるのはそういう世界です。指を鳴らせば簡単に人を殺せる。お兄様が今までいた世界とは根本的に違うのですよ」
気迫のあまり俺は尻餅をつく。
でも海が言ってるのは正しい。
「ゲーム感覚でいないでください。 お兄様はどうせゲーム感覚で桃花を殺したんでしょう?」
「ゲーム感覚のわけがないだろッ!」
口ではそう言うがその通りなのかもしれない。
ゲームでは殺したらそれで終わりだ。
俺は現実でもそうだとも思ってたのかもしれない。
だからこそ簡単に桃花を殺せたのかもしれない。
すべて海の言う通りだ。
「まぁどんな心意気でいようが文句はありません。ただ一度殺したらもうそんなのは嫌だと駄々を捏ねる。それはゲーム感覚でいて殺す意味を理解していなかったから。こんな人はただの重りにしかならない」
「……そこまで言うことないだろ!」
なにが悪い?
殺してそれを後悔する事のなにが悪い?
「そういえば食人鬼に会った時にアリスの右腕が食べられてましたよね」
「そうだな」
「その時にお兄様が躊躇わずその胸ポケットの中にあるナイフで殺しておけばそんなことにはならなかったんじゃないですか?」
そんなことはない。
どうせ対策されていた。
「もう話は済みました。あとは私とアリスでやりますので早く帰ってください」
「待ってくれ!」
海が足を止める。
そしてぐるりと回転してこっちを見る。
「お兄様。ナイフを出してください」
俺は胸ポケットからナイフを出す。
どこにもある普通のナイフ。
しかしそれはとても重く感じた。
「このナイフで私を刺して人を殺せることをこの場で証明してください」




