52話 能力の使い方と傷跡
試練は無事に終わった。
近くには海とアリスがいる。
「使徒になったみたいだね」
「あぁ」
アリスの方を見ると凄く背中がサワサワする。
こんな感じで使徒同士は分かるのか。
「どんな能力ですか?」
「受けた攻撃を再現するってやつだ」
その言葉を聞いた瞬間に海は素早く術式を書き火球を出した。
「少し失礼します」
そして火球を俺に躊躇うことなく当てる。
俺は避けきれず右腕に当たってしまった。
一気に手が燃える。
「――――アアアァァァァァぁぁぁぁ!」
めちゃくちゃ痛い。
その痛みはタンスの角に小指をぶつけたのなんて比較にならない。
何故、こんな例えが思い浮かんだのか分からないがめちゃくちゃ痛いのだ。
燃やされるのは初めてだがまさかこんなに痛いとは!
「そろそろ消化しますか」
そして海がバケツ一杯の水を汲み俺にぶっかける。
これにより無事に火も消えた。
「……なにするんだよ」
「アリス。エクスカリバーの力をお借りしても?」
「分かった」
しかし海は答えることなく話を次に進める。
海はなんのつもりでこんな事した?
「とりあえず火傷を治しましょう」
そしてアリスがまたエクスカリバーを抜いてこちらに向けて俺の右腕が光に包まれる。
「さて、治りましたね」
「一体なんのつもりだ!」
海が何を考えてるか分からない。
一時休戦中のはずだ。
「まだ分かりませんか?」
「あぁ」
「お兄様の能力は“受けた攻撃の再現”ですよね。ならば今ので火が術式を書かずとも使えるようになったはずです」
言われて気づいた。
まさかこんな使い道があるとは盲点だった。
俺は能力しか再現出来ないと思ってた。
でも考えてみれば知の神は一言も能力に限定していない。
「やってみてください」
俺は火球をイメージする。
すると目の前に火球が現れて飛んでいった。
「……かなり戦いの幅が広がるな」
「そうですね」
術式を省略して魔法を撃てる。
間違いなく強い。
いや、この強さを俺は体感している。
それはソロモンの指輪の第二の能力。
全ての魔法を術式無しで使える。
前の世界での桃花だ。
あの時の桃花は異様なまでに強かった。
俺はそれと似たようなことが出来るようになったのだ。
「次は風の刃やりますよ」
「おい! 待て!」
しかし海はやめない。
海は術式を描きを俺を切り裂く。
「――クッ」
あまりの痛みに顔が歪みそうになる。
しかしすぐにエクスカリバーで治る。
「そういえばお兄様。エクスカリバーで毎回傷を治してますよね。なら、“事象の巻き戻し”も再現出来るのではありませんか?」
「……たしかに出来るかもしれないな」
俺はイメージした。
エクスカリバーのあの光を。
しかし何も起こらなかった。
「体が攻撃と認識してないからか神器だから再現出来ないか微妙なところですね」
「そうだな」
知の神は受けた攻撃と限定していた。
つまら攻撃以外は再現出来ないのだろう。
しかし俺がエクスカリバーの巻き戻しを攻撃と認識すれば再現出来るのではないだろうか?
「次は雷です。それとエクスカリバーの巻き戻しを攻撃だと思うようにしてください」
「……勘弁してくれよ」
「さぁ行きますよ」
◆
それから数時間似たような事をやった。
結局使えるようになったのは火と風と雷だけだ。
氷や土の場合は特に何も出来なかった。
しかしなんとなく理由は分かる。
おそらく直接攻撃だからだ。
例えば銃で打たれたからと言って何も無いところから銃を打てるようになるわけではないだろう。
あの能力は体に傷のパターンを覚えて再現するものだ。
氷とか土は打撲と認識されるからだろう。
まぁだとしたら火と雷は同じ“焼ける”なのになぜ別物なのかと言われたら説明出来ないが。
「結局エクスカリバーの巻き戻しは再現出来ませんでしたね」
「そうだな」
「やっぱり神器は完全に別物って感じになってるのでしょう」
まぁ出来たらこの能力は強すぎる。
あの葛藤や苦悩を楽しむ神がそんな能力をくれるとは思えない。
「お兄様は気付いてないかもしれないけどこの能力には弱点があります」
「なんだ?」
「それは威力が高すぎる攻撃は再現出来ないという点です」
「どうしてだ?」
神器以外の攻撃なら何でも再現できるはずだ。
しかし海はそれを否定したのだ。
「たしかに理論上は再現出来るでしょう。でも再現するのには一度攻撃を生身で受ける必要がある」
言われてなんとなく理解する。
海は死ぬほどの火力がある攻撃は再現出来ないって意味だ。
「例えば触れた相手を爆発させる能力持ちに会ったとしましょう。お兄様は体が粉微塵に吹き飛んで再現出来ずに終了です。かと言って攻撃を受けなければ再現する事は出来ない」
つまり即死攻撃が出来るような敵にあったら俺はこの能力を活かせない。
それに対して夜桜の“略奪”は殺せば奪えるのだ。
相手の能力を使うのは同じだが使える幅が違うのだ。
「他にもアリスの能力やルークさんの能力等の直接攻撃をしないタイプのも再現は出来ない」
俺はあくまで受けた攻撃のみだ。
あの仮面の転移も白愛の固有結界も再現は出来ない。
「これがお兄様の……いいえ、【知】の使徒の能力の弱点です」
「そうだな」
「絶対に相手の能力を使う前提で後手番には回らないでください。相手によっては死にます」
戦闘中に能力の事は考えない方が良さそうだ。
基本的には再現出来る魔法を使って戦おう。
術式を使わず魔法を撃てるだけでも十分強力だ。
「さて、無駄話もその辺にしてそろそろ行ってきてください?」
「どこにだ?」
「食材の買い出しですよ」
「……は?」
俺は思わずポカンとなった。
たしかまだ食材はあったはずだが……
「残ってたのなら適当に私が食べてしまいましたので」
「いやいやちょっと待てぇ!」
色々とおかしい。
どうして海は平然と人の家の食べ物食ってやがる。
「あら? お兄様はお腹空いてないんですか?」
「そりゃ空いてるけどさぁ」
「だったら早く行ってください」
そして俺は渋々、近くのスーパーまで行くことになった。
そもそも海が行けばいいだろ……
頭の中で愚痴りながらスーパーに向かって歩いていると背後から呼び止められた。
「……神崎。桃花をどこにやった?」
振り向くとそこには竹林がいた。
そういえば彼は桃花に告白するぐらいには惚れていたな。
まぁストーカーだが……
「僕は桃花が消える前にお前に告白したのを知ってるぞ」
「あの後に振った。そしたら泣きながらどっかに行った。俺がどこに行ったか聞きたいくらいだ」
「……お前、嘘を吐いただろ?」
「どうしてそう言いきれるんだ」
桃花は俺が殺した。
でも、それを言えるわけがない。
「……お前ッ」
竹林が思いっきり俺の胸倉を掴みあげた。
中々に度胸があるな。
「お前は俺を疑うか?」
「あぁ疑うね! 僕はお前が桃花に何かしたんだと思ってるよ!」
それにしても少し見直した。
まさかここまで一人の人を真剣に考えられるとは。
「……そうか」
「覚えてろ。いつか僕はこの事件の真相を暴いてやる。そして警察に突き出してやる」
竹林はそう言葉を吐き残して消えていった。
警察か。
たしかに俺は罪を償うべきなのだろうな。
「……とりあえず買うか」
俺はどんよりとした気持ちでスーパーへと向かった。
作るのは麻婆豆腐でいいか。
俺はネギと挽肉。
そしてメインの豆腐をカゴに入れてく。
「それと折角だしアイスも買うか」
お金には余裕がある。
とりあえず高いやつを買えば失敗はしないだろう。
味はいちごとバニラとチョコの三つでいいか。
「……もしルークさんが来るまで家に籠る事になったらもっと必要だよな」
食材を買いに外に出た瞬間、襲われるなんて最悪この上ない。
俺はタマゴにブロック肉。
他にも大量の野菜に果物。
とりあえず一週間は食材に困らないぐらいには買っておいた。
そしてお会計を済ます。
値段はギリギリ払えるぐらいだった。
もう財布は空っぽだ。
「一週間分の食材は少し重いな」
間違いなく一人で運ぶ量ではない。
でも、持てない程ではない。
よくよく考えればインスタントでも問題なかったかもしれないな。
俺は悪戦苦闘しながらなんとか家に着いた。
家に帰る途中はかなり怪異な目で見られた。
まぁこんなに買う人なんて物珍しいし当然といえば当然だろう。
「ただいま」
そして何故か風呂場の電気が付いている。
俺は電気を消そうとそのまま風呂場に入った。
――しかしそこには海がいた。
「……一回殺していいですか?」
「それよりお前。その傷跡なんだよ?」
海の裸体は痛々しかった。
大量のシミに火傷跡まである。
女の子の体にしては間違いなく歪だ。
しかしどれも古傷だ。
「私が虐待を受けてた事くらい知ってますよね。全部、その時の傷ですよ。お腹シミは思いっきりお腹を金属バットで叩かれた時に出来たものです。痣が出来た時になんの処理もしてもらえなかったので傷跡が残りました。二の腕の火傷跡は……」
「もういい。俺が悪かった」
生々しすぎて気分が悪い。
もう世界が違う。
「それと何時まで乙女の裸を見てるんですか?」
「もう出るよ。それと悪かったな」
俺は風呂場を後にした。
その時に何も出来なかった自分がとても悔しかった。