51話 試練«最終»
それから海はとりあえず俺の家に泊まるとなった。
この状況で一人でいさせるのは危険だ。
「それにしても敵に毎回の如く先手を取られてるのが癪ですね」
「そうだな」
「それとお兄様はアペティと名乗る食人鬼とタイマンしたら勝てますか?」
海が俺に尋ねる。
おそらく戦力を知っておきたいのだろう。
答えは言うまでもない。
「あの程度なら間違いなく勝てる」
「そうですな」
今の戦力はアリスと海と俺だ。
アリスは戦闘が出来ない。
たしかにエクスカリバーを出したりと強力だが本人が点でダメだ。
おそらく神器を使う前に殺される。
「今の段階で最悪のケースは夜桜の襲撃ね」
「そうだな」
おそらくこの三人で夜桜を倒すのは至難の業だ。
ルークさんが来るまでなんとかやり過ごしたいものだ。
「でも、夜桜だけより食人鬼のアペティと吸血鬼のアルカードと仮面が一斉に襲ってくる方が厄介じゃないか?」
夜桜の戦力は未知数。
食人鬼はどうにかなるだろう。
しかしアルカードだけは三人で束になっても勝てる気がしない。
「……本気で言ってます?」
「夜桜はそんなに強いのか?」
「お兄様はホントに分かってないのですね。夜桜を相手するのは白愛を相手するのに等しいと思いなさい。彼は白愛と同格ですから」
その言葉でゾッとする。
そんな相手に勝てるわけがない。
食人鬼はどうにかなる。
仮面は未知数。
吸血鬼は俺達で対処出来ないレベルで強い。
そして夜桜は白愛並だ。
「本来ならここで食人鬼を討つんだけど彼だけは弱すぎる。間違いなく囮だわ」
それは俺も思う。
しかし放っておけないのも事実。
「とりあえずアペティは後回しにするって事でいいかしら?」
「いや、アイツが民間人に手を出さないとは限らない」
素性が全くつかめない。
ここは海に任せよう。
「海はどうするべきだと思う?」
「そうですね。少しばかり敵の裏をかきたいです。そして敵は賢いですし私達が囮だと気づくのも計算に入れてるはずです。だったら敢えて狙いにいきましょう」
そういう考え方も出来るのか。
でも、攻めるならまだ問題は残ってる。
「……夜桜に会った時の事を悩んでるんですね」
「あぁ」
運悪く夜桜と会ってしまったらどうするか。
逃げるにしても予め逃げ方を考えておかねばならない。
「その辺はとりあえずお兄様を使徒にしてから考えましょ」
「……え?」
「それじゃあ試練を合格してきてくださいね」
海が背後に回り込み首トンをした。
俺はそのまま気絶させられた……
◆ ◆
「随分と早い再開だね」
「俺もこんなに早くお前と会うとは思ってなかったよ」
そして目の前には相変わらず知の神。
そろそろ彼女の顔も見飽きてきた。
「泣いても笑っても今回が最後! それじゃあ試練を始めようか」
最後の試練が始まった。
今回失敗したらすべて水の泡だ。
しかし飛びっきりの質問を用意してある。
「早速いくぞ。俺がお前に思ってる事はなんだ?」
これしかない。
アイツらは人の気持ちが分からない。
だから葛藤や苦悩を楽しむと言える。
ならこれを逆手に取る。
「面白い問題だね。でも考えを覗かれる事を考えなかったのかい?」
「……お前は言ったよな? この世界で自由に出来るのは思考だけ。ならお前は俺の考えを覗けない」
「どうしてそう言えるのかな?」
「思考には問題の答えも含まれる。人は問題を出すと同時に答えを思い浮かべる。つまり思考を覗くと同時に答えを見るわけだ」
「つまり?」
ここまで言って分からないのか。
鈍感なヤツめ。
だったらハッキリ言ってやるよ
「お前はこの問題に答えられないッ!」
「わけがわからないよ」
どうも癪に触る言い方だ。
ならもっとわかりやすく言ってやろう。
「俺はお前に期待している。お前はカンニングなんてつまらない真似しないとな」
「なるほど。結局精神論か」
「それは違う。もしもお前がカンニングみたいな汚いことをする神ならこっちから願い下げだ!」
そこまで言えばヤツは思考を覗かないはずだ。
もしも既に覗いてたらもう詰みだ。
「お前は俺が試練に落ちて絶望するのを見たかったんだろ?」
彼女は言った。
苦悩や葛藤が大好きだと。
なら似たような感情である絶望も大好きなはずだ。
そしてこの試練は最初からそれ目当てだ。
「ハハハハハハハッ」
知の神が突然笑い出した。
一体何が面白いんだろうか?
「楽しい! 実に楽しい! 君は私達の本質を知ってこの問題を出した! 私達の本質を逆手に取った! 持ってる情報を最大限に生かす! これを知恵と言わずなんて言うだろうか!」
知の神は追い詰められる事が楽しいのか。
神なんて追い詰められる立場ではない人物。
それが追い詰められてるのだ。
今ある感情は屈辱とかその類のものだろう。
しかし彼女は笑ってる。
理解不能だ。
いや、理解する必要もないな。
「しかし君は私が答えた後に答えを変える可能性すらあるじゃないか」
「だったら紙とペンを寄越せ。俺は今からそれにお前に対して思ってる事を書く。そしてお前が答えたらこの紙を見せる。それでどうだ?」
「実に合理的だ」
知の神が指を鳴らして紙とペンと机が出てくる。
机は地面だと書きにくいのを配慮して出してくれたのだろう。
俺はそのまま紙に思ってる事を書いていく。
「さて、そろそろ答えよう。君が私に思ってるのは“クズ野郎”。これで合ってるかい?」
「不正解だ。答えは『さっさと力を寄越せ』だ」
俺は彼女に書いた紙を見せる。
それを見た彼女は目を見開いた。
彼女は間違えた。
これで試練は合格だ。
「いいね! いいね! いいね! 楽しいね!」
知の神は狂乱する。
おそらく先程の答えは思考を読まなかった。
純粋に考えて答えたのだ。
その結果間違えた。
「神崎空! 君は今日から【知】の使徒だ! 誇るといい君も使徒になったんだ!」
ようやく能力を手に入れた。
これで俺も戦える。
「【知】の使徒の能力は一言で言うなら暗記だ。受けた攻撃を暗記して模倣して再現する事が出来る!」
いまいちパッとしない能力だ。
本当に使えるのだろうか?
「君は戦闘を使徒との重ねる度に強くなる! 例えば君のお父さんの記憶消去。あれを受ければ君の体はそれを覚えて君も触れた相手の記憶を消せるようになる」
その言葉でこの能力を理解した。
これは間違いなく強い。
「しかし弱点はある! 【調停】の使徒とかの能力で時間を止められたとしても君が時間を止められるようになるわけではない 」
それはそうだ。
彼女は受けた攻撃といった。
これは直接受けた攻撃を模倣する能力。
時間止めは直接攻撃ではない。
おそらくアリスの能力も模倣出来ないだろう。
「しかし夜桜を相手にはこの上なく真価を発揮するだろうね!」
夜桜の能力は略奪。
それなら奪った能力を大量に使ってくるはずだ。
つまり攻撃を受ける度に俺は使えるようになっていく。
時間が経つにつれて夜桜はどんどん手詰まりになっていくのだ。
「説明はあるかい?」
「そうだな。どうしてそんな強力な能力を俺に渡す?」
「私だってプライドはある。君を見た他の人に知の神はヘボ能力しか渡さないケチだって思われるの癪だ」
結局は自分のためか。
まぁなんでもいい。
「さて、この能力で満足かい?」
「出来れば追加オプションが欲しいくらいだ」
言うだけ言ってみよう。
まぁくれないだろうが……
「君にはこんな能力より強い武器がある」
「なんだ?」
「それについて君はもう知ってるはずだよ」
その一言で空間が崩壊を始める。
もう見慣れた光景だ。
おそらく強い武器というのは仲間とか言うオチだろう。
「さて、私の可愛い信徒。多大なる絶望が君を待っている。早く行きなさい」
「いや、絶望はしないよ」
その一言を聞いて知の神は不気味に笑う。
もしも絶望するのが運命と言うのならば俺は抗ってやろう。
ここから先は絶対に絶望しない。
そんな覚悟を胸に俺は試練を終えた。