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世界調整  作者: 虹某氏
1章 【愛】
5/305

5話 自分

 僕の中に凄く沈黙が流れる。

 一秒一秒がとても長く感じる。

 そして海が冷たく僕に告げる。

 さらに白愛が追い討ちをかけるかのように悲しい声で僕に一言だけ言う。


「……もっと信用して欲しかったです」


 僕はそれに思わず言葉がこぼれ落ちてしまう。


「待ってくれ」


 白愛は足を止めずに海の方へと向かっていく。

 海は白愛が近くに来たのを確認すると僕にたった一言だけ告げた。

 僕はそれにより改めて事実を確認突きつけられた。


「敗者に発言権なんてないわ」


 負けたとより強く実感させられる。

 もしも僕が白愛をもっと信用してればそんな事にはならなかった。


「さて、食べ終わったしそろそろ帰るわ。明日学校で会いましょ?」

「空様。たったの一週間です。一週間後にまた会いましょう」


 そして海は白愛を連れて帰った。

 僕は白愛を取られてしまったのだ。

 一人取り残された部屋に残るは静寂のみ。

 

「……白愛」


 呼んでもいつもの可愛らしい声は帰ってこない。

 ただただ静かなだけの空間。


「……敗者に発言権はないか。その通りだな。敗者が何を言おうがその言葉に力なんてないよな」


 海の言葉は全て的を得ていたものだ。

 彼女は一度も間違った事を言っていない。

 それにゲーム内容だって白愛に相応しい器かどうか見るものだったのだ。

 全てにおいて理にかなっているのだ。

 部屋から全ての音が消えていく……

 僕は何をする気も起こらずただボケっとしているだけだ。

 当たり前にあったものが当たり前ではなくなる。

 この苦しさを始めて理解した。

 あれから二時間近く経った。

 僕は未だに何もしていない。

 ただ横になってるだけだった。

 そんな時だった。


 ピロロン♪


 メールが来たのだ。

 こんな時に誰だろうか?

 とりあえず確認してみる。


『今から会えない?』


 メールにはその一言だけが添えられていた。

 そしてメールは佐倉さんからだった。

 彼女の存在は記憶に新しい。

 一昨日振ったクラスメイトだ。

 振った時にせめてメアドだけ交換しようと言われたのを思い出した。

 とりあえずなんて返すか……

 そんな事を悩んでると追加でもう一件来た。


『なんか神崎さんが傷ついてる予感がしたから』


 たしかに傷ついてるのかもしれない。

 しかしそれはおかしい。

 佐倉さんは僕が傷つく要因。

 すなわち白愛を取られた事をしらないはずだ。


『どうしてそう思うんだ?』


 僕は恐る恐るメールを送る。

 まずは真偽を確かめねばならない。

 そして驚く事に三秒もかからずメールが返ってくる。


『女の勘だよ。それで会える?』


 本当にそうなのだろうか?

 しかし本当だとしたら女の勘とは怖いものだな。

 そして会う件は特に用事は無いしOKだ。

 佐倉さんと会えば心が晴れるかもしれないしな……


『あぁいいぞ』


 そう返すと一瞬でメールが返ってきた。

 彼女はどれだけ打つのが速いのだろうか?

 改めて女子高生の凄さを実感させられる。


『分かった!それじゃあ三十分後に不夜(ふや)公園(こうえん)で!』


 不夜公園は家の近くにある噴水が綺麗な公園だ。

 歩いて五分もかからないだろう。

 待ち合わせ場所にはこの上なく最適と言っても過言ではない。


『了解』


 そうと決まれば早く用意しなければならない。

 とりあえず着替えは先程した。

 そして時計を見ると既に昼食の時間を指していた。

 せっかくだし佐倉さんとお昼を食べるか。


「……かなり早いけどする事もないし行くか」


 携帯に財布や鍵と言ったちょっとした荷物をポケットに入れていく。

 そしてカバンを持ってくか悩む。

 もし買い物とかするならあった方がいい。

 とりあえず中には何も入れてないが持ってくか。

 僕はベージュ色のトートバッグを持ち家を後にした。

 それから真っ直ぐに不夜公園を目指す。

 不夜公園に着いた時には佐倉さんはもう既に待っていた。


「神崎君。突然ごめんね」

「気にするな」

「どうしても神崎君に会いたくなっちゃって……」


 佐倉さんは水色のトートバッグを持ちピンクのスカートに洒落た黄緑色の洋服を着ていた。

 その姿はとっても可愛らしい。


「同じトートバッグだね」

「今時珍しくないだろ」

「まぁそうだけど一緒だとなんか嬉しいじゃん」


 そう言うと彼女は突然一歩下がり深呼吸をした。

 深呼吸を終えると覚悟を決めたのか“よしっ”と言い自分の頬を叩いた。


「神崎君!付き合ってください!」


 彼女は再度僕に告白したのだ。

 それにしても一度断られて答えが分かってるはずなのに何故また告白するのだろうか?

 ひょっとして彼女は馬鹿なのだろうか?


「前に断ったはずだが」

「知ってる。でも必ず首を縦に振らせてみせるから待っててね


 そんなのあるわけがない。

 しかしこちらがOKを出すまで告白するとは凄い執念だな。

 

「私は執念深いんだよ。一度振ったくらいで諦められるとは思わないでね」


 もしも僕に彼女くらいの執念があったら白愛を取られることもなかったのだろうか。


「そう言えば神崎君はお昼食べた? まだなら一緒に食べに行かない?」

「そうだな。近くのファミレスでいいか?」

「うん!」


 もし文句を言われたら変えなければならないところだった。

 桃花が二つ返事で答えてくて良かった。

 僕達はそのままファミレスに向かって歩く。

 しかし話は弾まない。


「やっぱり神崎君傷ついてるよね」

「……そんなこと」

「あるよ。今の神崎君はどこか虚ろだもん」


 佐倉さんの言う通りたしかに傷ついてる。

 白愛を取られてどうしたら良いか分からない。

 それどころか自分の感情すら分からない。


「何があったの?」


 彼女に言ってもいいのだろうか。

 佐倉さんは白愛を知らない。

 それに言うなら海の事も……

 いや、もういい。

 全てぶちまけてしまえ。


「僕には白愛っていうメイドがいたんだ」

「凄い! メイドいるんだ!」


 そういえば普通の家庭ではいないよな。

 白愛がいるのが日常になりすぎて忘れていた。


「うん。それで突然、妹がいるって言われて」

「ちょっとタンマ。妹ってどういう事?」


 たしかに普通はそうなる。

 僕だってやっと妹がいることにまだ慣れない。


「なんか帰ったら家に見知らぬ少女がいて、その子は突然僕の双子の妹だと言って白愛を攫っていった」

「なにそれ怖い」


 言われてみるとある意味、恐怖だ。

 そもそも改めて思うが現実離れしすぎだ。

 しかもそのメイドが世界最強の殺し屋だと言うのだからなおのこと……


「神崎君ってもしかしてあの神崎家?」


 あの神崎家。

 そのワードに思わず身構える。

 もしかして桃花は神崎家が二十歳になると能力が目覚める事について知っている?

 僕は少し警戒しながら彼女の質問に答える。


「あの神崎家ってどの神崎家だ?」

「ううん。なんでもない」


 しかし真偽は不明のまま話は打ち切られた。

 一体彼女は何者だ?

 頭の中に大量のハテナが浮かぶ。


「神崎君! ファミレスが見えたよ!」

「……そうだな」


 一度持ってしまった疑惑は消えない。

 僕は気づいたら彼女の動きを凝視していた。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか」

「はい」


 そして店員に案内され僕らは二人席に腰かける。

 二人席だと佐倉さんとは向かい合わせになるな。


「……夜桜」

「どうした?」

「早くメニュー決めよ?」


 彼女は笑って誤魔化す。

 僕は聞き逃さなかった。

 彼女が“夜桜”という単語を漏らした事を。

 一体夜桜とは誰なのだろうか。

 呟いた時の彼女はまるでその言葉を聞いた時の僕の反応を見ようとしてるようだった。

 もしかしたら神崎家と凄く関係深い人物ではないだろうか。


「私はエスカルゴにしようかな」


 エスカルゴ。

 一部のファミレスではたまに見かけるな。

 ちなみにエスカルゴはフランス語でカタツムリって意味だ。

 彼女はそれを理解してるのだろうか?


「僕はエビとイカのドリアにしようかな」

「分かった」


 そして佐倉さんが店員に注文する。

 店員は注文を聞くとすぐに去っていった。

 そういえばここの水はセルフだったな。


「水取ってくるよ。佐倉さんはここで待っててくれ」

「さっきから言おうと思ってたんだけど私の事は桃花って呼んで。仲のいい人はみんなそう呼んでるから」


 桃花か。

 同級生の女子を下の名前で呼ぶのは少しだけ抵抗がある。

 でも本人の希望なら仕方ないだろう。


「……桃花さん」

「“さん”はいらないよ。でもありがとう」


 そして僕は水を取りに行った。

 佐倉さん……じゃなくて桃花の分も含めて二つだ。


「氷はいらなかったよな?」

「うん。取ってきてくれてありがとね」


 それくらい感謝されるような事ではない。

 しかし悪い気ではないな。


「そういえば私は神崎君の事知らないからもっと知りたいな」


 そう言えば僕も桃花の事を知らない。

 出来れば桃花について知りたいな。


「神崎君も私の事知りたくない?」

「……あぁ」

「じゃあ今更だけどお互いに自己紹介しよっか。私は 佐倉桃花(さくらももか)で趣味はピアノを弾く事と服を集める事」


 ピアノが出来るのか。

 それに服を集めるか。

 着るではなく集める……


「そして私にはお兄ちゃんがいます!剣道有段者ですっごく強くてカッコイイんだよ」


 兄について話す時だけ何故か声が大きくなった。

 彼女は妹なのか。

 そういえば海は僕の妹だったな。

 立場的には同じわけか。


「……佐倉さんにとって兄とはどんな存在なんだ?」


 ふとそう思った。

 妹にとって兄とはどういう存在なのだろうか?

 海にとって僕はどのような存在なのだろうか?


「お兄ちゃんは私が困ってたら飛んで駆けつけてきて助けてくれる。それにとっても頼りになって優しくて強くて……なんていうんだろ?」

「……執事って感じか?」

「ううん。違うよ。やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんとしか言えないよ」

「……そうか」


 兄とは兄以外のなんでもないのか。

 兄の姿とは自分で探すもので他者に答えを求めるようなものではないのなろう。

 人によって答えが変わるもの。

 それが兄なのだろう。

 だったら海にとっての兄とはなんだ?


「ほら、神崎君も自己紹介して」


 とりあえず自己紹介をしよう。

 最初は名前を言うのが無難だろう。


「僕は神崎空……」


 そしてここで言葉に詰まる。

 その次は何を言えば良いんだろう?

 得意な事も特にない。

 飛び抜けた何かがあるわけじゃない。

 だったら何を言うべきか……


「好きな物はチョコレート。テストではどの科目も基本的には満点。体育の授業では少し桁のおかしい記録を残す。それに顔が良い事が拍車をかけて女子のアイドル的な存在だよ」

「……なんで桃花が?」


 桃花は何故そこまで僕の事を知っている。

 少しだけ彼女の事が恐ろしく思えた。


「神崎君は自分の事を知らない。でも私は神崎君の事を知ってる。だから教えてあげたんだよ」

「どうして僕の事をそんなに知ってるんだ?」

「好きだからだよ


 好きだからか。

 もっとも簡単でわかりやすい理由だ。

 しかし聞きたかったのはどうやって知ったかだ。


「お待たせしましたエスカルゴとエビとイカのドリアでございます」


 そしてメニューが届いた。

 桃花と僕の話はそれによって遮られてしまった。


「それじゃあ食べよっか?いただきます」

「いただきます」


 ドリアの味はなんの変哲もない味だ。

 でも嫌いではない。

 エビとイカの旨みが口の中に広がる。


「美味しいね?」

「そうだね」

「やっぱり好きな人との食事だからかな」


 たしか好きな人と一緒の食事だと相対効果で美味しくなるという話を聞いた事がある。

 何を食べるかより誰と食べるかの方が大事って言うぐらいだしな。


「それはあるかもな」

「そう言えばこの後どうする?」

「……特に考えてない」

「そっか。なら私の家に来ない?」


 桃花の家か。

 少しだけ興味ある。

 彼女はどんな家に住んでるのだろうか。


「まぁ特に用事もないしいいぞ」

「やった!」


 その瞬間、衝突に店内に叫び声が響き渡った。

 それは不幸な事にそれは僕達に向けたものだ。


「お、お前がなんで佐倉さんと一緒にいる!振ったんじゃなかったのか!」


 周りの客の目が叫んだ彼に向くがみんな興味をなくしたように食事に戻る。

 それはそうとコイツは誰だっけ?


「……竹林君」

「僕が告白したのは断ったくせになんでこいつと一緒にいるんだ!」

「なんでって好きだからよ」

「この腐れビッチが!」


 クラスメイトの竹林か。

 話の文脈から察するに桃花に告白して粉砕したってところか。

 それで今回のはたまたま桃花と僕が一緒に食事してたから嫉妬して絡んできたってところか。


「神崎はいいよな! スポーツも勉強も出来てイケメンで! 僕みたいなオタクとは大違いだ」


 そして竹林が嫌味のようにそう言う。

 彼は何を言いたいのだろうか。

 それはそうと彼がそう言った瞬間に場の雰囲気が変わった事に彼は気づいてないのだろうか?

 桃花がかなりガチでキレている。

 出来れば温厚に済ませたいな。


「……話はそれだけか?」

「そういう澄ました所が嫌いなんだよ!」

「……そうか」


 ダメだもう手遅れだ。

 せめてこの時に謝ってれれば……

 僕は知っている。

 桃花のような人は一番怒らせては行けない人種だ。


「……竹林君。どうして私が振ったか分かる?」

「どうせお前みたいなビッチは顔目当てで中身なんて見ようとしないんだろ!」


 彼の口から出るのは回答ではなく酷い罵倒。

 しかし桃花はそんなのにお構いなく答えを告げる。


「……あなたには魅力がないのよ。なにか問題があったら他人のせいにする。そんな人を好きになるわけないじゃない」


 桃花は敢えて突き刺すような言葉を選んで言う。

 しかもいやらしい事に全てが的を得ている。

 指摘された竹林はもちろん言い返せず下唇を噛みながら僕を憎悪の目で見ていた。

 桃花はその様子を見てさらに追い討ちをかける。


「それに比べて神崎君は常に謙虚でなにをしても誇ったりしないよ」

「どこもかしこも神崎コールだ!」

「だって神崎君はイケメンだもの」

「やっぱりビッチじゃないか!」


 桃花は完全に冷めた目をしている。

 そしてトドメの一言を突き刺す。


「あなたも私を顔と身体だけで選んだでしょ? だったら同じ穴の(むじな)じゃない」


 かなりキツい一言だ。

 でも正論である。


「神崎! 僕から佐倉さんを取ったお前を絶対に許さないからな!」


 そして反論出来ない悔しさを八つ当たりするかのように僕にする。

 別に桃花を取ったつもりはない。


「はいはい。要件が済んだらさっさと行って。私は神崎君と一緒にいたいわけであなたといたいわけじゃないの」


 桃花はもう興味すらなくなったのか流すかのように彼を追い払う。


「神崎!覚えてろ!」


 そして竹林はそう吐き捨てて奥の席に行った。


「なんか面倒事に巻き込んじゃってごめんね」

「気にするな。桃花はもう食べ終わったか?」

「うん!」

「それじゃあ行くか」

「そうだね」


 僕達はお会計を済ませて桃花の家に向かった。

 そしてもうそろそろ桃花の家に着くだろうって時に桃花が少しだけ真面目な目になり喋りはじめた。

 

「もしも私のお兄ちゃんが迷惑かけちゃったらごめんね」

「……どういう事だ?」

「ちょっと私のお兄ちゃんは過保護な所があってもしかしたら少し面倒な事になるかも」

「分かった」


 たしかに桃花みたいに可愛い子が妹だったら変な人に付きまとわれたりと不安が多いのだろう。

 竹林とか良い例だ。


 そして桃花の家に到着した。


「着いたよ。ここが私の家」


 そこはお屋敷だった。

 大きな芝の庭があり噴水も置かれている。

 家は三階建てだろうか?

  かなり大きい。

 一言で言うなら中世ヨーロッパの貴族の屋敷のような感じだ。


「……お嬢様なんだな」

「そうだよ。驚いた? そしてあそこにいるのが私のお兄ちゃんだよ」


 そんな会話をしていると気配を感じたのか家の中から黒髪のイケメンが出てくる。


「桃花。この男は誰だ?」


 そしてそのイケメンは僕を睨みながらそう言った。

 腰には何故か竹刀がある。

 それにこの威圧感。



 ――間違いなく彼が桃花の兄だ。


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