49話 食人鬼
「……大丈夫?」
「あぁ」
「凄く顔色悪いわよ」
俺は試練を終えた。
今回はかなり精神的にきた。
使徒の基準。
その真実は気分が良いものではなかった。
考えてみれば彼女は【物語】の使徒だ。
彼女の場合基準はなんだったのだろうか。
「まぁ試練を受けたばかりだからな」
「あなた! 使徒になるための試練中なの!?」
「あぁ」
そういえば彼女には言ってなかったな。
もう全部ぶちまけてしまえ。
「そこで神に使徒の基準は葛藤と苦悩で選んでると言われたんだ」
「なるほど」
ここで彼女は考えこんだ。
一体なにを考えてるのだろうか。
しかしそれもすぐに終わりボソリボソリと言葉を漏らし始める。
「私は昔から人が紡ぐお話が大好きだったの」
おそらく俺を思っての事だ。
それで自分の経緯を語ってるのだ。
「そして【物語】の神と会った。彼女とはすぐに気があったわ。その後に流れ的に私は使徒となった。使徒の試練だってあってないようなものだった」
俺とは圧倒的に違う。
神と歩みあっているのだ。
「人にも色々いるように神だって色々といるのよ。だからそう悲願しないで」
「……そうするよ」
少しだけ楽になった。
しかしまだ完全に楽になったわけではない。
心に棘は刺さったままだ。
そして電車が着く。
到着した時の音声はまるで開戦のアナウンスだ。
「今日は日曜日。それでルークさんはどんなに早くても火曜日の夜にならないと来れないから戦うのは早くても水曜日だね」
「あれ? 水曜の夜じゃないのか?」
「無理をして一日前倒しにしたのよ」
「そうか」
俺は電車から降りる。
見慣れた景色が一風違って見える。
しかしすぐに問題は起きた。
俺はすっかり自分の状況を忘れていたのだ。
「お前が神崎空だな」
「はい」
「警察の田中だ。少し署まで来てもらおうか?」
おそらく桃花の件だろう。
考えてみれば当然だ。
桃花の死体は白愛の能力で隠した。
見つかる事は絶対にない。
しかし桃花がいなかった事にはならない。
桃花は突然消えたという扱いになるだろう。
そして最後に会ったのが俺だと言うのはすぐにバレる。
しかも無断早退までした。
これを疑うなっていう方が無理な話だ。
「それは認めません」
しかしアリスが強く断った。
一体何をするつもりだろうか。
「たしかに任意だが来ないと疑いは増すだけだぞ」
「ちょっと失礼します」
そしてアリスは携帯を出して当然電話をした。
一体どこにしたのだろうか?
「エニグマの者です。佐倉桃花の件はこちら側の案件ですので余計な首は突っ込まないでもらえますか?」
アリスはそう電話先に強く言った。
そして電話を警察に渡す。
一体誰と電話したのだろうか。
「……はい」
警察は強く拳を握り悔しそうに返事をした。
ドラマでよく見る光景だな。
なんとなくそれで状況は察する事が出来た。
電話が途切れて警察はアリスに電話を返した。
「……警視監も動かすとは何者だ?」
「知らなくていい事よ。いや、知らない方がいい事かな」
そして警察は悔しそうにしながら去っていった。
警視監と言えば警察階級の中でも上から二番目の階級だ。
どうしてそんな大物に簡単にコンタクトが取れるのだろうか。
「エニグマは政府とかとも繋がりがあるのよ。色々と便利だからね」
なんとなく納得した。
エニグマは色々な事をしている。
戦闘が激化したら大規模破壊が起こる事も少なくないだろう。
その度に裁判になったり警察が出たりするのはとても面倒だ。
普通に考えれば繋がりがあると考えるのが普通だな。
「そして敵が水曜日まで待ってくれるとは限らない」
アリスがそう言うと目の前には肥えた男が現れた。
両手には中華包丁が握られてる。
ものすごい殺気だ。
思わず足が震えてしまう。
「とりあえず人目が着かないところに移動しようかしら!」
「分かった」
俺達は駅を出る。
まだ早朝って事もあり人は少ない。
しかし人が少ないだけでありいないわけではない。
当然、肥えた男は付いてくる。
俺達は路地裏に入る。
そして周囲に人がいないのを確認する。
「女だ! 女だ!」
おそらくこいつもあの仮面の関係者。
間違いなく敵だ。
「こいつは使徒じゃないわね。とりあえず結界を作るから戦闘態勢に入って」
そう言うとアリスが本を取り出し適当なページを開く。
その瞬間辺りは深い森へと変わった。
彼女の能力だ。
「それじゃあ後は任せたわよ」
「はい」
敵は思いっきり包丁を振り上げる。
しかしそこまで早くない。
俺は冷静に対処して避けてヤツの腹に膝蹴りを入れた。
「グヘボッ」
ヤツはそんな声を上げて膝をつく。
すごく不気味だ。
あまりにも弱すぎる。
アイツらがこんな弱いやつで攻めるとは思えない。
もしかしてこちらの手を読むための捨て駒か?
「ニヘッ」
しかしそれは思い違いだったのを痛感した。
ヤツは急に加速した。
対応出来ない程の速さではないがまるで別人のような速さだ。
「なんなんだ!」
気味が悪い。
コイツは先程から一言も喋っていない。
まるで人格のない肉人形のような感じだ。
「名前はなんだ?」
「ナマエ?」
そう尋ねると潰れた声が出てきた。
まるで知能がないような感じだ。
「“アペティ”だゾぅ」
それにしてもコイツ先程より痩せてないか?
まるで脂肪を使ってエネルギーにしたような感じだ。
「オラの狙いはゴッヂ!」
アペティはアリスの方向に突進する。
アリスは辛うじて回避するも足元のバランスを崩して転がってしまう。
そういえばアリスは戦闘が出来ないと言っていた。
だとしたらかなりまずい……
「モラッタ!」
そしてアペティは中華包丁でアリスの右腕を切る。
「イヤァァァァァァ!」
アリスが凄まじい悲鳴を上げる。
しかし一回では切れず何度も何度も中華包丁で右腕を叩く。
その度に彼女は悲鳴をあげる。
「離れろ!」
俺は思いっきりアペティを蹴り飛ばそうとした。
しかし減ったとは言えまだ脂肪は残ってる。
そしてそれに阻まれて衝撃が体まで伝わらない。
ヤツは俺の攻撃にお構い無しに中華包丁でアリスの右腕を叩き続ける。
そしてとうとう腕が落ちた。
「肉。確保出来た!」
ヤツはそのままその落ちた右腕を齧った。
バリバリムシャムシャと下品な音を立てながら醜悪に食べ続ける。
「やっぱり女の肉。柔らかくて旨い!」
体に寒気が走った。
こいつは食人趣味があるのか?
とても気持ち悪い。
「空……撤退……」
「そうだな。とりあえず俺の家に行こう」
アリスが能力を解除して元の路地裏になる。
アペティは真っ赤な目でこちらを見ている。
中華包丁にはべっとりとした血が付いてる。
「……くらい……なさい」
残った左手でアリスが煙幕を張る。
俺はそれに便乗してアリスを抱き抱えて家まで走った。
幸いにもアイツが追ってくる気配はない。
「今、手当するからな」
俺は無事に家に着き中に入った。
そして聞こえるはずのない声が聞こえた。
「おかえりなさい。お兄様」
俺は体から思わず力が抜けた。
彼女は拉致されてるはずだ。
この場にいるはずがない。
なのにどうしてここにいる。
「初めまして。私は貴方の妹の神崎海と申します。さて、白愛はどこですか?」




