46話 最悪な開戦
「名前が無いのも不便だ。ここは西園寺華恋と名乗っておこう」
こいつは女性なのか?
しかし名前が偽名である可能性も高い。
「私の能力は転移だ。君たちと遊ぶのにピッタリの場所を用意した。もう一度言う。場所を移動しよう」
華恋の後ろの空間が歪み窓みたいなものが現れる。
おそらくあそこに飛び込めば転移するのだろう。
「今は時間が惜しいのでお断りします」
白愛が仮面の提案を拒否する。
しかし仮面はそれも想定済みのようで話を進める。
「神崎海の事か。安心していい。彼女もこの転移先にいる」
その瞬間、白愛が仮面の元まで駆け出した。
ナイフを仮面の首元に突き立てる。
「私を殺したら神崎海は死ぬぞ」
仮面がそう言うと白愛の手からナイフが落ちた。
「向こうでするのは難しい事じゃない。ただのゲームだ」
「……ゲーム?」
「あぁ。チェスやオセロと言ったボードゲームだ」
仮面の目的が掴めない。
仮面は一体何をしようとしてる。
「私が負けたら君達の知りたい事を教えて神崎海を解放しよう。しかし君達が負けたら暗殺姫の命を貰う」
海が仮面に拉致されている。
仮面がその気になれば海を何時でも殺せる。
つまり俺達に断るという選択肢はないと言ってもいいだろ。
「……あなたのところに海様がいるって保証はありますか?」
「信じなければ死ぬだけだぞ」
仮面は勝ち誇った声で言った。
海をどうするかはこの仮面次第だ。
「最終決定権は俺達にあるってことか」
どうしたものか。
海が向こうの手に落ちてるなら間違いなくヤバい。
しかしここで相手の思惑通りに動くのはリスクが高すぎる。
「私が一人で行きます。空様とお父様はそのまま私達の街に行ってください」
それが一番良い選択だろう。
しかしそれを仮面が許すのか。
「なるほど。たしかに私が嘘をついてる可能性を配慮して分散させるは分かる」
仮面は不気味にそう話す。
そもそも仮面の目的すら不透明だ。
とても気味が悪い。
「しかし私はそれを認めない。最低でも二人はこちらに来い。それが出来ないなら神崎海を殺す」
完全に相手の手の上だ。
しかし仮面の提案に乗るしかない。
「分かった。僕が行こう」
親父が仮面の方に行く。
今は情報が不足しすぎだ。
なら経験もあり触れただけで記憶の閲覧が出来る親父が行くべきだ。
「よろしい。さらばだ」
そして仮面は親父と白愛を連れて消えていった。
この場には俺一人となったのだ。
「……クソっ!」
完全にやられた。
白愛と親父を取られた。
海は既に仮面の手の中。
そして仮面の情報は無いに等しい。
状況はこの上なく最悪だ。
「……まさか!」
あの仮面が夜桜なのか。
もし仮面が夜桜なら能力は転移だけじゃないって事になる。
それにあの場で白愛と親父を殺されたら夜桜に能力が更に二つも加わってしまう。
いや、仮面は最初からそれ目当なのかもしれない。
考えてみればあの場で三人共連行する事も出来たはずだ。
俺はまだ無能力だからいらない。
仮面はあの場で二人と言ったのは俺ではなく親父が行く事が分かってたからだ。
全て仮面の手の上だ。
「……まだ手はある」
戦況絶望的だ。
でもルークさんはまだ仮面の手の上に落ちていない。
今はとりあえずルークさんと再開しよう。
その後に作戦を建てよう。
そのためには俺の家に帰られねば。
俺はそこからは考えることなく家を目指した。
まずは海が本当に拉致られてるかの確認だ。
考えてみれば仮面は海を拉致したという証拠を見せていない。
もしかしたらハッタリの可能性もある。
それの確認をするべきだ。
それからの俺は速かった。
獣道を走り抜けて日が昇る前には駅に付いていた。
駅にある時計で時間を確認すると四時だ。
そんな時間だし当然人はいる事なくとても静かだ。
まるで街が眠りについたみたいに。
俺は駅に行き次の電車の時間を確認する。
「……次の電車は五時か」
考えてみればどんなに急いでも電車が出てないじゃないか。
もしかしたら終電に乗れた可能性かもしれないがそれはそれだ。
しかしどうやって時間を潰したものか……
「あ、いたいた!」
そんな事を考えてると突然俺を誰かが呼んだ。
どこかで聞き覚えのある声だ。
一体誰だろう?
「初めまして……とはいっても君は私の事を知ってるよね」
俺はその女の子の顔を見て思い出す。
しかし何故、彼女がここにいる?
「一応自己紹介ね。私はアリス・ローズベリー。エニグマ職員にして【物語】の使徒よ」
アリス・ローズベリー。
彼女は言う通りエニグマ職員だ。
そして俺は前の世界で彼女に会っている。
しかしどうしてここにいる?
「この度は私達の局長であるルーク・ヴァン・タイムの指示によりこの場に参上しました。それとルーク局長が私と会ったら電話しろとの事です!」
色々と話がおかしい。
この世界でルークさんはまだ俺の事を知らないはずだ。
それとも親父がなにかしたのか?
俺は恐る恐るアリスから電話を受け取りかけてみる。
「やぁ空君。久しぶり」
「ルークさん!」
「ちゃんと時間逆行が出来たみたいで何よりだ」
ルークさんの声を聞き少し安心する。
彼がいるならどうにかなるだろう。
しかし疑問点も残る。
「どうして貴方は俺が時間逆行した事を知ってるんですか?」
この世界の彼はまだ俺とは会ってないはず。
しかし彼はまるで会ったかのような口振りだ。
「そういえば言ってなかったね。僕は時間逆行を誰かにさせると僕の記憶が複製されて過去の僕に上書きされるんだ」
「……つまり?」
「まぁ簡単に言うと僕も時間逆行したというわけだよ」
それならルークさんが俺の事を知ってるのも筋が通る。
桃花も殺して親父も助けたからすべて終わった。
しかし彼の出番がないわけではない。
「たしかに君の思ってるとおり前回の世界での問題は解決した。だけどあの街に夜桜がいる事には変わりない」
まだ問題は全て解決してないのだ。
夜桜の件が残っている。
そもそもルークさんは夜桜をどうにかするために来るのだ。
「エニグマも揃えられる戦力は揃えた」
「そうですね」
「さて、千番に一番の大勝負といこうか」
白愛も親父もいない。
下手したら海の身柄も危ない。
そんな最悪の状況の中でルークさんによる開戦宣言が行われた。