44話 吸血鬼
「生憎死ぬ気はないんでね。それとお前の目的はなんだ?」
「大人しく言うと思うかね?」
それもそうだ。
俺に目的を言うメリットは彼にはない。
それと彼は既に戦闘態勢に入っている。
「天国に行けることを祈るといい」
そう言って彼はどこからか薙刀を出した。
武器は薙刀か。
そんな事を考えているといきなり大量の蝙蝠が俺に襲いかかってくる。
蝙蝠は先程と同じ黒色のやつ。
おそらく吸血鬼の能力だろう。
蝙蝠の使役か。
俺は先程と同じように全て切り落とす
「蝙蝠だけではないぞ。吾輩も戦うぞ」
気づいた時には背後を取られていた。
彼は薙刀を振るう。
それを間一髪で避けるものの思いっきり蹴り飛ばされて屋根上から落下してしまった。
「……ここまでとはな」
幸いにも雪がクッションとなりダメージはないが蹴られた痛みはある。
「その言葉をそのまま返そう。この若さでここまで戦えるとは思っていなかったぞ」
彼はすぐに飛び降りて俺を見据える。
俺も立ち上がり体に付いた雪を払った。
「……お世辞はいらねぇよ」
「紛れもなく本心だ」
そう言うと再び接近してくる。
アルカードは薙刀で首を狙い思いっきり突いてきた。
それをしゃがんで回避して彼の腹を殴る。
「まだまだ経験不足だな」
しかし拳が彼に掴まれてしまう。
抜こうとするも思いっきり握られてて抜けない。
「せいッ!」
そして彼は片腕で投げ飛ばした。
俺は勢い良く投げられ電柱に思いっきり背中をぶつけた。
「……なんて力だよ」
「あそこまで強打して弱音の一つも吐かぬとはな」
「痛みには慣れてるもんでね」
それにしても体中が痛む。
間違いなく今のダメージだ。
「痛みに慣れてるとは言え、体にダメージはあるみたいだな」
こっちの状態までバレてるのかよ。
「この状態で我が眷属を回避できるかな?」
そして再び蝙蝠がコチラに飛んでくる。
俺は横に転がり回避する。
蝙蝠がぶつかった電柱の方に目を向けると思いっきり電柱が折れていた。
「我が眷属である蝙蝠はコンクリぐらいなら簡単に砕くぞ」
「そのどこが蝙蝠なんだよ」
「まぁ、何かに触れたら消滅してしまうがな」
しかし幸いな事に蝙蝠はそこまで速くはない。
遠距離攻撃という意味では厄介だが警戒には値しない技だ。
「さて、そろそろ本気でいこうか」
「……これで本気じゃなかったのかよ」
その瞬間、目の前に薙刀があった。
目にも見えない速さでアルカードが振るったのだ。
俺は反射的に回避したものの掠ってしまった。
そして飛び散った血をアルカードは舐めた。
「ほう。貴様も神崎家か」
「だったらどうした?」
「意外だっただけだ。貴様が知る必要はない」
「そうかよ!」
彼の言葉を気にせず俺は心臓をめがけてナイフを投げる。
しかしそれは呆気なくキャッチされる。
そして返すように投げ返してきた。
俺はそれを回避してそのまま走り近くの家の扉を蹴り壊して中に入った。
目的は一つだ。
もうあれに賭けるしかない。
俺はそのまま台所に行き冷蔵庫を開き目当ての物を取る。
それは“おろしニンニク”だ。
吸血鬼はニンニクが苦手という話がある。
どこまで本当か分からないがやってみる価値はある。
アルカードも追うように家の中に入ってくる。
「貴様は吸血鬼はニンニクが苦手という話を信じるのか」
「ちげぇよ。この噂に縋るしかない程に追い詰められてるって事だよ」
「愉快!」
しかし本当だとはとても思えない。
まぁやるだけやってみよう。
俺は思いっきりアルカードに向かって駆け出す。
「貴様から攻めにくるか。先程まで吾輩の攻撃を受けてばっかりだったのに珍しいなぁ!」
アルカードは蝙蝠を俺に向けて放つ。
先程から見てて分かったことがある。
この蝙蝠は真っ直ぐにしか行けない。
それが分かってれば回避は容易い。
俺は体を逸らして蝙蝠を全て回避してアルカードの懐に潜り込んだ。
「……喰らえ!」
そして顔をめがけてニンニクを出す。
勢い良く飛び出たニンニクはアルカードの顔にべっとりとついた。
「……すまんがニンニクの噂はウソだ」
信じた俺が馬鹿だった!
でも手はこれだけではない。
俺は親父から借りた銃をポケットから出しほぼゼロ距離でアルカードの心臓目掛けて打った。
「……グボッ!」
回避出来ずにアルカードの胸から血が吹き出る。
そしてぶっ倒れた。
「……やったか」
「フラグを立ててくれた事に感謝するぞ。いつ起き上がるか悩んでたもんでな」
しかしアルカードは何事も無かったかのように立ち上がった。
胸を見ると傷は完全に塞がっている。
「……不死身かよ」
「その通りだ」
「だったら逃げるしかねぇな!」
俺はアルカードを押し倒して玄関めがけて走った。
とりあえずここは狭い。
まずは外に出なければ。
「甘いわ!」
でもアルカードはそれを許さない。
俺の背後に蝙蝠が飛んでくる。
回避は間に合わず二の腕の一部が食い破られた。
幸いにも全部は持ってかれてない。
時間が経てば治る傷だろう。
「この腕では戦えないだろ?」
「……逃げる事は出来る」
「本当にそうか?」
気づいた時には背後を取られていて背中に膝蹴りにはった。
背骨があらぬ方向に曲がり折れかけるもなんとか持ちこたえた。
俺はそのまま転がりアルカードから距離を取る。
「さて、そろそろ楽しい時間も終わりだ」
正面からアルカードは飛びかかってくる。
俺はなんとか立ち上がりそれを後ろに跳ねて回避する。
しかしその瞬間、アルカードは不気味に微笑んだ。
「着地点はしっかりと確認した方がいいぞ」
俺は着地と共に雪で滑り転倒する。
そして尻もちをついた。
「貴様は雪の中での戦闘経験が浅いな」
「……」
彼は俺を見下しそう言う。
その通りだ。
俺は雪が積もってるところでの戦闘経験はない。
今回はそれによって招いたミスだ。
雪に足が取られて転ぶ。
そんなのは少し考えれば分かることだ。
しかし戦闘に夢中になり頭から完全に抜けていた。
「さて、ここまでとしよう。また会える事を望んでいるぞ」
彼は突然、撤退宣言をした。
俺は間違いなく彼には勝てない。
決定打が無さすぎる。
あと数秒で彼は俺を殺せるだろう。
それなのにどうして撤退を選ぶ?
「ちょっと同僚がミスをしたみたいだから後処理に呼ばれて数秒すら惜しい状況でな」
その言葉で俺はまさかと思い彼の耳に目を凝らす。
するとそこには通信機が付いていた。
おそらく戦闘中ずっと連絡をしていたのだ。
戦闘にだけ集中していたわけではない。
そんな状態でもあの強さ。
間違いなく規格外の部類だ。
そして吸血鬼は去っていた。
「……生かされたって感じだな」
おそらく彼が本気ならもっと早く殺されていた。
今回のは生かされたと言っても過言ではない。
彼は手を抜く事で戦闘を楽しんでいた。
かなり舐められたものだ。
そして俺の方にも電話が入る。
白愛からだ。
「空様! なんとかお父様は守り通しました。でも犯人が殺されました」
おそらくアルカードだ。
タイミングが一致しすぎている。
親父は触れた相手の記憶を消す能力。
それと同時に閲覧も出来る。
殺したのは情報漏洩を防ぐためだろう。
「わかった。今からそっちに行く」
そうして親父防衛戦は後味の悪い終わりを告げた。