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世界調整  作者: 虹某氏
2章【知】
40/305

40話 意味

 俺はまだ殺すか迷っている。

 手も微妙に震えている。

 それでも彼女だけは殺さねばならない。

 たとえ間違った選択だとしてもやらねばならない。


「……神崎君?」


 桃花は震える声でそう言う。

 俺は手の震えを無理矢理止めて走り込み桃花の胸にナイフをつきさした。

 ナイフを伝わり手に桃花の血が伝わる。

 その血は不気味なまでに温かい。


「……どう……して?」


 桃花の体から力が抜けていく。

 これが殺すって事か。

 俺は凄い空虚感に襲われた。

 とても胸が苦しい。

 俺はその場に立ち尽くすしかなかった。

 こんなにあっさり死ぬとは思わなかった。

 もしかたら他にやり方はあったのかもしれない。

 しかし模索してる時間はない。


「……ごめんな」


 俺は一人そう呟いた。

 念の為にズブリ。ズブリ。と何度も何度も刺した。

 滅多刺しだ。

 そして凄惨な事件現場が生まれた。


「空様。殺したんですね」

「……あぁ」


 白愛が悲しそうな声でそう問いかける。

 おそらく俺が心配でここに来たのだろう。

 白愛は毎回こんな感じで殺してたのか。

 そして白愛は桃花に触れて死体を消した。


「死体は私だけの世界に送りました。これは【死】の使徒である私の能力です。死体が出てこないので警察が動く事もないでしょう」


 白愛も使徒だったのか。

 おそらく質量とかに関係なく物を出し入れ出来る能力だろう。


「空様。今の感覚を絶対に忘れないでくださいね」


 忘れるわけがない。

 忘れられるわけがない。


「さて、行きますよ」

「どこにだ?」

「まだやる事は多いですよ」


 そうだった。

 親父を助けに行かないとな。

 俺はそのまま白愛と共に学校を後にした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「空様。お父様のところには着くのは今から電車に乗って明日の朝になるでしょう」

「かなり距離があるんだな」

「まぁそうですね」


 親父の着くまでにかなりの時間がかかるな。

 そしてこれで親父を助けて終わりか。

 時間逆行する前はもっと苦労をすると思っていた。

 でも、実際はあっさり終わってしまうんだな。


「空様。電車の中でしっかりと自分のした事とと向き合ってください」


 それなら俺達はすぐに電車に乗った。

 電車の中ではとても時間が長く感じた。

 普段なら白愛とたわいもない話をしてあっという間に過ぎ去るだろう。

 しかし俺も白愛もそんな気分ではなかった。

 “殺す”という事があまりにも重すぎたのだ。

 まるで大切な物が壊れたような感じだ。

 俺は殺しをかなり軽視していた。

 しかし実際は違う。

 殺すのはとても重い事なのだ。

 そして俺はそれを成した。

 まだ空虚感は残ったままだ。

 桃花にナイフを突き立てた時の感触が気持ち悪いぐらいに手にまとわりついている。

 おそらくその感触は一生消える事はないだろう。


「ようやく殺すって事の意味が分かったようですね」


 白愛が沈黙を破り話しかける。

 彼女の言う通り殺す前は殺すって意味を理解してるつもりでまったくしてなかった。

 皮肉な事に殺す事の意味は殺さなきゃ理解出来ないのだ。


「とても辛いでしょうがそれは一生背負ってください。それがあなたの罪なのですから」


 俺は一生この不快感を忘れられずに生きていく。

 それが俺の罪なのだから。

 そしてその罪は白愛も背負っている。

 だから言えるのだ。


「そして空様は平和を望んでいたようですがそれはもうありませんよ。人殺しに残された未来は地獄だけです」


 白愛が冷たくそう告げる。

 もし殺す前なら反論出来ただろう。

 しかし今は反論出来ない。

 なぜならその事を本能的に理解してるからだ。

 たしかに桃花により滅ぼされた世界は地獄と表現出来るだろう。

 でもこれから続くのはそれとは違うタイプの地獄なのだ。


「もし殺す事に何も感じない人がいたらそれは狂人か殺す覚悟がしっかりと出来てる人です」


 俺は殺す覚悟を出来たつもりでなんも出来てなかったのだ。

 白愛の一言一言が俺に殺したという事を必要以上に再認識させる。

 それはとても辛い。

 もう消えてなくなりたい。

 しかしそれは許されない。

 人を殺しておいて自分だけ楽な道を歩むなんて許されるはずがないのだ。


「だから私は貴方様に人を殺してほしくなかった。この地獄を体験してほしくはなかった」


 白愛がぽつりぽつりと言葉を漏らす。

 それがさらに俺の傷を抉る。

 白愛は暗殺姫として人を大量に殺した。

 だからその辛さも人一倍知ってるのだ。


「もう私と貴方は同類です」


 そしてもうやり直しが出来ないのも知っている。

 たしかに時間逆行して殺す前に戻るのは簡単だろう。

 しかし時間逆行したとしても殺したという事実が心から消える事がないのだ。


「これが人を殺すという事です」


 おそらく俺は永遠にこの苦しさから解放されることはない。

 ずっと縛られ続けるのだ。

 これは桃花の呪いだ。


「あなたは今は罪なき無抵抗の少女を殺しました。その事実を再認識しなさい」


 白愛の言う通りだ。

 今の桃花には罪はなかったのだ。

 それなのに俺は理不尽に殺したのだ。

 俺は今一度この事実を噛み締めた。


「……俺はどうすればいい?」


 思わず白愛に助けてしまう。

 そして答えは予想通りのものだ。


「そんなの知りません。自分で考えなさい」


 白愛は氷のように冷たくそう言い放つ。

 まったくもってその通りだ。


「それに他人に答えを求めるなんて凄く卑怯です」


 俺は白愛の通り卑怯者だ。

 もしその質問に白愛が答えたら俺はその時点で自分を自分で許してしまうだろう。

 しかしそれではダメなのだ。

 他人に許されようが自分だけは許してはいけないのだ。

 それが殺した事に対する者への報いだ。

 自分を自分で許してしまう白愛の言う通り最も卑怯だろう。


「……白愛は初めて人を殺した時はどうだったんだ?」


 俺は卑怯だから最も聞いてはいけないことを聞いてしまう。

 ただ心の拠り所を求めて。

 俺は白愛がどのように乗り越えたのか知り自分もそれと同じ事をして逃れようとしてるのだ。

 ホントに卑怯者だ。


「……」


 しかし白愛は何も答えない。

 俺は分かっていながら必死に目を背けていた。

 もし桃花が【愛】の使徒になり狂気の道に堕ちようが俺と子供を作らない限りは神器を展開できないのだ。

 神器の展開出来ない桃花なら対処も楽に出来る。

 それなのに俺は殺した。

 それは心の中で少なからず憎く思ってたからだ。

 海を殺し白愛を殺して街を滅ぼした桃花に恨みを覚え殺したいと思った。

 そしてそれはこの世界の桃花とは関係ない。

 俺は適当な理由を作って桃花と瓜二つの人に八つ当たりしただけなのだ。

 おそらく白愛の殺しとは理由が違う。


「……なぁ」

「何ですか?」

「白愛は今の俺をどう思う?」


 俺は最も聞きたくない事を聞く。

 答えは分かっている。

 でも一回それを口にして言ってもらわないと罪の清算は出来ないのだ。


「ただのクズ野郎です」


 俺の思った通りの答えがきた。

 そしてその言葉を俺は自分を再確認する。

 俺は八つ当たりで人を殺したクズ野郎だと。


「本当は桃花さんを殺す必要なんかなかったのは私だって分かっています」


 白愛がそう告げる。

 やっぱり分かっていたのか。


「それなのに殺したのをクズ野郎と言わずなんていうでしょう?」


 その通りだ。

 俺はただのクズ野郎だ。


「そして私と同類です」

「え?」

「先輩である私の言葉にも少しは耳を傾けて立ち止まってください」


 ……立ち止まるなんて考えた事もなかった。

 たしかに俺は今回白愛の話をまったく聞かなかった。

 自分一人で全てやろうとしていた。


「今回みたいな間違いを起こさないためにも」

「……分かった」


 次からは俺一人で背負うのはやめよう。

 俺には重すぎた。

 だからこれからは白愛と一緒に背負う。

 それが一番正しい選択なのだ。

 俺はもう間違わない。


「なぁ白愛」

「なんですか?」

「もう俺が間違わないために俺についてきてくれるか?」

「はい。どこまでも」


 この日、俺は白愛と今以上に深い関係になれた気がした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 それから少し経ったら電車は目的地に着いた。

 陽は半分落ちた夕暮れだ。

 思ったより早く着いたな。


「さて、空様には言っておきましょう」


 一体何があるのだろうか。

 俺は思わず身構えてしまう。


「お父様は小さな町に住んでます。そしてこの町は地図に載ってません」


 重い話じゃなくて少しだけ体の力が抜けた。

 それにしても地図に載ってないとはどういう事だろう?


「お父様のいる町は一年中雪が降っているとても不思議な町です。それこそエニグマが隠蔽するほどの……」


 普通に考えて雪が一年中降るなんて事はありえない。

 一体どのような原理なのか少し気になるところだ。


「そのためバスも出ておらずここからは長時間の徒歩となりますのでご了承ください」

「分かった」


 俺は白愛に誘導されるがまま歩いた。

 そこは獣道でとても人が歩けるような道ではなかった。

 道はもちろん整えられていない。

 時には川を泳いで渡ったりした。

 その川は凄く勢いが急で流されそうになるような物だった。

 もしも白愛に鍛えられてなかったら到底ここまで歩くことは出来なかっただろうら、

 そんなキツい道を二時間くらい歩いたら一際大きな山が見えた。


「この山を抜けたらお父様がいる村があります。しかしこの山には魔物が出るので気を付けてください」

「魔物?」


 魔物とは一体なんだろうか?

 ドラゴンやスライムみたいかファンタジーな生物の事だろうか?


「魔物は基本的に危険で獰猛な生き物です」

「それじゃあ魔物と普通の動物の違いはなんだ?」


 危険で獰猛ならそれこそライオンとかトラも魔物になるではないか。


「魔物は基本的にはテリトリー内から出る事ない不思議な生物です。魔物の生息域はエニグマに管理されえいて魔物の存在が一般人に知られる事はありません。誰かが拉致をしない限りは」


 それは分かった。

 しかし動物との違いはなんだ?


「そして動物との違いは魔力の有無です。正直魔物に関してはあまり分かっておらず動物の突然変異じゃないかというのが定説です」


 よく分かっていないのか。

 しかし魔物と言う程だよっぽど強いのだろう。


「空様。例えばあそこにいる白猫も魔物です」

「そうなのか?」

「はい。時猫って言われていてこの猫の近くは時の流れが三分の一になります。そのためこの山の中は時猫の影響で周りと時間の流れが遅いので注意してください」


 三分の一か。

 この猫の近くで一時間過ごすと三時間経っているわけか。

 そして山の中でそれは適用される。

 下手すると浦島太郎状態になるわけか。


「さて、行きますよ」

「そうだな」


 白愛の注意も終わり俺達は山に入っていった。

 この山は先程と比較にならないほどに険しかった。

 草木は刃のように鋭く足や手を切る事も少なからずあった。

 また時には断崖絶壁を登ったりもした。

 間違いなく常人が行くには不可能に近い場所だ。


「なぁ白愛」

「なんですか?」

「本当にこんな所に親父がいるのか?」


 めちゃくちゃキツい。

 そんな所に町があるとはとても思えなかった。


「はい。それにこのくらい険しいからこそ一般には知られてないのです」


 たしかにこんな民間人が行くのは無理だ。

 間違いなくあの町を知るのは不可能だろう。


「それに海様ならこのくらい簡単に歩けますよ」


 海の身体能力の高さを改めて実感する。

 俺には海がここら辺でへばっているイメージが湧かなかった。

 もしかたら海が強いのはこういう環境もあるかもしれないな。


「そういえば白愛はあの草木をどうやって対処したんだ?」


 今、思ったら白愛には傷一つ付いていない。

 一体どうやったらあの場で傷つかないでいられるのだろう。


「簡単です。皮膚に触れる前に全て切り落としてました」


 つまり白愛は人外じみたスペックをフル活用して俺にも見えない程早く切っていたのか。


「それにしてもやっぱり退屈ですね」

「いや、大変すぎて全然退屈じゃないんだが」


 そして白愛は先程から息一つ乱れていない。

 なんていうスペックだ。

 改めて白愛のチートっぷりを痛感する。


「さて、空様。ようやく魔物です」

「マジかよ」


 俺はかなりヘトヘトだ。

 このタイミングで魔物は最悪だとしか言いようがない。


「十……いや、二十はいますね」


 さらに最悪な事に白愛は戦うつもりはないらしい。

 おそらく俺の特訓には丁度良いぐらいに思ってるのだろう。


「来ますよ」


 その言葉と共に俺と同じくらいの背丈の蜘蛛が大量に出てきた。

 よりによって蜘蛛か。

 それも蜘蛛にしてはありえないレベルで大きいな。

 分かりやすく言うなら人間サイズ。

 まぁどっちみちやるしかない。

 俺はナイフを構えた。


 しかしそこで俺は震えてしまった。


 ナイフを触った瞬間に桃花を殺した時の感触を思い出してしまったのだ。

 それで俺は足が竦んでしまう。

 蜘蛛が近づいてきてようやく我に返る。

 今は戦闘中だ。

 そんな事を考えてる時ではない。

 俺は飛びかかろうと跳ねて腹が丸見えになった蜘蛛の腹を裂く。

 蜘蛛の腹から緑の液体が飛び出して体にかかるがどうでもいい。

 その後に近くにいた蜘蛛に接近して脳天にナイフを突き刺した。

 その蜘蛛が死んだのを確認したら俺は標的を変えて次の蜘蛛を蹴り上げて腹を露わにさせてそこをナイフで裂く。

 それが終わったと同時に蜘蛛が逃げ始める。

 おそらく身の危険を感じたからだろう。

 そして俺も追うつもりはない。


「お見事です」


 白愛にそう言われなんとも言えない気持ちになる。

 たしかに動きには無駄がなかっただろう。

 しかしこんなあっさり殺していいのだろうか。


「空様。あなたは食べるために魚を殺すでしょう。その事に罪悪感を覚えますか?」

「……いいや」

「何故ですか?」


 白愛にそう問われるが答えは出てこない。

 たしかに俺は何故それに対して罪悪感がないのだろうか?


「それは割り切っているからですよ。今回殺したのはただの魔物。人とは違うのです。そこら辺をしっかり割り切ってください」

「そうだな」


 たしかにその通りだ。

 こんな事を考えても仕方ないよな。

 俺はそれに関しては考えるのを止めその場を後にした。

 それからすぐに山を抜けた。

 驚く事に既に山の外は早朝となっていた。

 そこからは険しい道はなく平坦な道が続いた。

 この平坦な道を二十分程歩いた時だろうか。

 雪が降り始めたのだ。


「空様。もう少しですよ」

「そうみたいだな」


 雪が降るとはすなわち目的地に近づいているという事だ。

 山に入って経った時間は四時間ぐらいだ。

 しかし時間の流れが遅かったから実際はどのくらいか分からない。

 時計を確認すると夜中の十二時になっているが間違いなく狂っているだろう。

 なぜなら既に日が昇り始めてるのに夜中とは考えづらいからだ。

 それと段々と雪も積もり始めてそれが体力を奪う。

 途中で白愛に防寒着を出してもらい寒さがないのが救いだ。

 もし軽装でいったら間違いなく死んでただろう。

 それから少しして町が見えた。

 あれが目的地だろう。


「さて、着きました」


 ここまでとても長い道のりだった。

 もう今すぐに寝たいくらい疲れた。


「ここが一年中雪が降る町“シュネー”です」


 顔を上げるとそこには町があった。

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