4話 ゲーム
「……おはよう」
「おはようございます。朝ごはんはもう出来てますよ」
今日は白愛が起こしに来なかったな。
おそらく白愛もどうしたらいいのかわからないのだろう。
「さて、すべて話してもらうぞ」
「そうですね」
ピンポーン
そんな時にインターホンが鳴った。
中々に空気の読めないインターホンだ。
「私が出ますね」
そう言えば朝方に鳴るなんて珍しいな。
一体こんな時間に来るのは誰だろうか。
誰かが回覧板を渡しに来たのだろうか。
それとも悪戯だろうか。
しかし答えは僕にとって最も予想外の人物だった。
「おはようございます」
「……やはり海様でしたか」
「えぇ白愛の手料理を食べに来たわ」
訪れたのは腰まである綺麗な黒髪に袖の長いワンピースに黒タイツ。
肌の露出を一切していない少女。
全ての元凶の海だったのだ。
彼女にも聞きたいことは多いからありがたい。
「海様なら来ると思ってちゃんと海様の分も作ってありますよ」
「さすが白愛ね」
しかし何の用だ?
本当に白愛の手料理を食べに来ただけか?
「さぁどうぞお上がりください」
「お言葉に甘えるわ」
「それと海様は昨日空様をフィアンセと呼びましたがどういうことでしょう?」
早速白愛がフィアンセについて触れてくれた。
どう話を振ろうか考えていたところなので助かった。
しかしそれに対する海の答えは予想外と言っても過言ではなかった。
「あら、あなたでも勘違いってするのね」
「と、言いますと?」
「私がフィアンセに貰うのはお兄様じゃなくて白愛。あなたよ」
思わず呆気に取られる。
つまり昨日のあれは白愛に向けた言葉だ。
しかし白愛と海は同性のはずだ……
「私は白愛の事が大好きよ。愛に性別なんて関係ないでしょ?」
たしかにその通りだがなんというか……
凄く地に足が着かないような感覚だ。
「女の執念は簡単には消えない。私はずっと貴方に会いたかったわ。貴方の体温を感じたかったわ」
間違いなくこの女は本気だ。
本気で白愛を嫁にしようとしてる。
しかし僕だって見ず知らずの人に白愛を取られるのは非常に釈である。
「さて、今日の朝ごはんは何かしら?」
「ミネストローネとハムを乗っけたトーストにサラダでございます」
「まぁ美味しそう!」
突然話題を変えて同性である白愛を嫁にしようとする。
そんな彼女が僕の妹なのか。
イマイチ実感が湧かない。
それに先程から思ってたが声がとても冷たい。
「さて、食べましょうか」
「そうだな」
「そう言えばお兄様。明日から同じ学校に通うので承知しといてくださいね」
……は?
どういう事だ?
僕は海の怒涛の衝撃発言に驚きを隠せなかった。
白愛を嫁にするって言ったり学校に行くといったり海はどんどん僕の常識を打ち破っていく。
しかし次の発言は学校に通う宣言を超えるほど衝撃が大きかった。
その発言を聞いた後だと学校通う宣言がとても可愛く思える内容だった。
「私から父も白愛も愛情も奪ったお兄様。今度はお兄様が私から全部奪われる番ですよ。白愛も父も地位も友達も全部奪って差し上げますわ」
それは堂々とした宣戦布告だ。
彼女はどうやら僕を目の敵にしてるようだ
一体僕が何をしたのだろう?
それも消えた記憶が関係あるのだろうか?
「……私はずっと空様のものです」
「でもこれは白愛には関係のない話よ。女という理由ですべて奪われた私の復讐。神崎家と関係のない貴方が口出すことじゃないわ。この件に関してはあなたは部外者なの」
復讐?
彼女はそんなに苦しい生活を送っていたのだろうか。
一体彼女の身に何があった?
そして一つだけ疑問が残る。
「……復讐するって伝えてくれるなんて随分と余裕なんだな」
どうしてそれを僕に言った。
言わないで実行すれば良かったはずだ。
「言わないでコソコソやるなんて私の趣味じゃないもの。それにお兄様には私の復讐を受ける義務がある」
「嫌だと言ったら?」
「そんなの関係なく実行するわよ」
海は自信満々にそう告げる。
間違いなくなんか策がある。
それにしても義務とはどういう事だ?
まるで復讐を受けるのが当然のような物言いだ。
「さて、それではいただきます」
海は何も無かったかのように料理を食べ始める。
そして熱弁に食レポをした。
「うん! 美味しい! ミネストローネはもう口いっぱいにトマトの上品さと甘みがが広がりつつもしっかりとした酸味もあるわ! そしてその酸味によりトーストが進む! なんていう素晴らしいバランスなの! トーストはパンの甘みがしっかりとしてるしハムの旨味もしっかりと出てるわ! そしてなんと言ってもこのサラダよ!もう野菜の鮮度とかとても良いわ!さらにこのドレッシングが野菜の惹きたてる! 私が食べたかったのはまさしくこれよ!」
……概ね共感出来てしまうのが癪だ。
しかしその食レポをするところが僕の妹なんだと実感させる。
「恐れ多いです」
「そんなことないわよ!貴方の料理なら天下だって取れるわ!」
白愛の料理に適うものなど存在しないだろう。
それほどまでに白愛の料理は美味しい。
「そうだ!後で髪の手入れお願い出来るかしら!貴方にやってもらわないとあんまり綺麗にならないのよ」
そう言うが彼女の黒髪はとてもとても綺麗だ。
今まで見てきた髪の中で一番良いと思える程に。
しかし白愛がやったら更に綺麗になるんだろう。
海は白愛の手が加わってない状態でも十分可愛い。
どのくらい可愛いかって言われると僕のクラスで一番の美少女の佐倉さんと同じくらいだろう。
まぁ海の場合は胸が無いが。
しかし、黒一色という服装の色合いからか大人っぽい雰囲気がある。
「まぁそのくらいなら別に良いですよ」
「ありがとね」
「女性は髪が命ですもんね」
その通りだ。
やはり髪は女性を語ると言っても過言ではない。
「白愛。私の元に戻ってくる気はないかしら?」
「私は空様に添い遂げると決めたのでそんな気はございません」
白愛はそんな気だったのか。
少しばかり驚く。
「そう。でも白愛は私のものよ」
「それは違います」
「今は違うかもしれない。でもいつか白愛を私のものにしてみせるわ」
思い切った宣言だ。
でも僕も白愛を渡すつもりはない。
相手が実の妹であろうと。
「お兄様。私とゲームをしませんか?」
“ゲーム”という単語に少し心が揺れた。
彼女は一体何をさせる気だろうか。
聞いても損はないのでとりあえず聞いておこう。
「簡単なものよ。白愛が二人に自分の事について聞く。それをどちらかが間違えるまで続ける。答え方は紙に書いて同時に見せるって感じでどう?」
なるほど。
例えば白愛が人二人に自分の好きな食べ物を聞いたとしよう。
二人は白愛が好きだと思う食べ物について書く。
それをどちらが間違えるまで続けるというのか。
「それでお兄様が負けたら私に1週間白愛が仕えるっていうのはどうかしら?」
「やるメリットはどこにある?」
「逃げるって事はあなたは私より白愛を知らないって事なのかしら? なんと情けないの」
安い挑発だ。
そこまで言われたらやるしかないだろう。
僕は彼女より白愛の事を知ってる自信がある。
このゲームで完膚無きまでに勝ち白愛が僕のものだと証明しよう。
「分かった……受けよう」
「……空様!?」
白愛が驚いたように声を上げる。
「大丈夫だ。僕を信じろ」
「分かりました」
流石に負けはしない。
これは海が間違えるまで続くだけだ。
「白愛も構わないわね?」
「……はい」
「じゃあ始めるわよ」
「……あぁ」
白愛を賭けたゲームが始まる。
最初はゲームの傾向を掴むためか簡単なものだ。
「それでは第一問。私の好きな食べ物は?」
白愛が好きなものはリンゴだ。
前にリンゴのタルトを作ってあげた時にとても喜んでいたのを覚えている。
そしてその時に白愛はリンゴが一番好きだと言っていた。
「さて、お互い書き終わりましたね。正解はリンゴでございます」
チラッと海の方を見る。
どうやら海も正解したみたいだ。
やはりこの程度なら簡単に答えるか。
そして特に話す事なく問目に移動する。
「次の問題です。私が昨日スーパーで食べた物はなんでしょう?」
……なるほど。
食べたのはケバブ。
海が知り得ない情報だ。
つまり確実に間違える。
僕はそれをいい事にスラスラと書いていく。
「正解はケバブだ」
さて、これで終わりのはず……
「この程度の問題で私が間違えるとでも思ったのかしら?」
そこにはケバブと書かれた答案があった。
なんと海は正解したのだ。
「ケバブの匂いが服に染みついてるわよ」
なんて嗅覚。
まさかここまでとは。
本当に勝てるのか?
問題はそのまま第三問目に入る。
大丈夫だ。
僕が一回も間違いなければ必ず勝てる。
「第三問です。私が心から信用出来る人物は誰でしょう?」
誰だそれは?
今まで白愛がそんな話をした事はなかった。
しかし僕がわからない問題を出すはずがない。
でも悔しいがお手上げだ。
僕は泣く泣く白紙で出した。
「……よろしいですか?」
「……あぁ」
そして白愛が答えを告げる。
答えは最も簡単で常に提示されていたものだった。
「正解は――神崎空様と神崎海様ございます」
そう。
白愛が信用出来る人は僕と海だったのだ。
もっと他にいると思っていた。
でも答えは常に簡単なものだ。
難しく考え過ぎてしまった。
「やっぱりね」
海の解答欄を見るとそこには僕の名前と自分の名前が書かれていたのだ。
まさか正解出来るとは……
「白愛の目を見れば白愛がお兄様を信用してるのが嫌でも分かるわ。それじゃあ白愛はもらうわね」
僕はこの勝負に負けて白愛を奪われたのだ。