38話 疑い
それにしても本当に戻ってこれた。
俺は前の世界ですべて失った。
そして時間を遡り過去に戻った。
「なぁ白愛」
「なんですか?」
「もう俺から離れないでくれ」
後悔しないように伝えておく。
しっかりと自分の想いは伝えておきたい。
「はい」
白愛がそう返事してくれる。
その一言がとても嬉しい。
「それにしても急にどうしたんですか?」
「悪い夢を見てな」
「どんな夢ですか?」
あれは一種の悪夢だ。
だってもう存在しない世界線なのだから夢と言っても過言ではないだろう。
俺だけしか知らない事だ。
「白愛が殺される夢だ」
あの光景を思い出すのが今でも辛い。
あれはただの地獄だ。
あの未来はなんとしても避けたい。
「そうですか。なら大丈夫ですよ。私は簡単には殺されたりしませんから」
「そうだもんな。暗殺姫だもんな」
前ならこの言葉に安心感を覚えただろう。
でも今は違う。
その言葉が不安だ。
俺は実際に白愛が殺されるところを見ているのだから……
あの桃花は白愛と正面戦闘して勝っている。
「空様?」
「いや、なんでもない」
そういえば今日は何日だろうか?
どこまで戻ったのかは非常に重要だ。
まぁ白愛がいて僕の自宅である事からまだ海とは会ってないはずだ。
「さて、今日一日頑張れば明日は土曜日で休みです。頑張りましょう!」
白愛が運の良いタイミングでそう言う。
明日が土曜日なら今日は金曜日か。
それなら今日は時間逆行する丁度1週間前だ。
そしてその日は桃花に告られた日でもあったな。
「……一週間前か」
それでもう一つ大事な事を思い出す。
このタイミングなら親父を助けられるではないか。
思わぬ副産物だ。
「そうだな」
「さて、朝ごはんにしましょうか」
たしかこの日の朝ごはんは白愛が僕を驚かせようとして卵かけご飯の白米抜きだったな。
あれは米を抜いたのに何故か卵かけご飯の味がするから驚きだ。
一体どんな調理をしたのだろうか。
「そういえば空様。先程言ってた“暗殺姫”ってなんの事ですか?」
「白愛がここに来る前は暗殺姫って呼ばれてたんだろ?」
前に白愛は自分で暗殺姫と言った。
一体どこが変なのだろうか?
「おかしいですね。私はまだ貴方様に暗殺姫である事を明かしていませんよ」
しまった。
白愛が俺に暗殺姫だと告げたのは海が来てからだ。
つまりこの時点での俺は知らないはずなのだ。
それなのに俺はそれを言ってしまった。
「あなたは本当に何者ですか?」
白愛がいつになく険しい目つきでそう言って迫る。
今ので白愛は俺を疑っている。
俺が俺でない可能性を視野しているのだ。
「それに空様の一人称は“僕”です。なのにあなたは“俺”と自分を呼んでいます」
こうなった白愛に誤魔化しはきかない。
もし下手を打てば白愛が敵に回ってしまう。
これは想定できるケースで最も最悪なパターンだ。
「贋作風情が空様を真似て何の用ですか?」
もう全てを打ち明けるしかない。
それで白愛が信じてくれる事を祈るしかない。
「なぁ白愛」
「空様の体で喋るな」
白愛は今までになくキツイ口調で言う。
でも俺は構うことなく進める。
「俺は未来の神崎空だ」
「……未来ですか?」
白愛の力が一瞬緩まる。
少しは話を聞く気になってくれたみたいだ。
「エニグマ局長であるルークさんの能力で時間逆行したんだ」
白愛ならルークさんの能力を知ってるはずだ。
今は知ってると信じるしかない。
「たしかに筋は適ってますね。しかしそれを証明する手段はおありですか?」
ありのまま話すのは簡単だ。
しかしそれを信じてもらうのは難しいな。
特に桃花のところが信じてもらえるとは思えない。
「本物の空様なら証明出来るはずです」
これはなにかのヒントだろうか。
とりあえず考えても仕方ない。
「そうだな。まず時間逆行した理由から話そう」
すべて話してしまおう。
信じてもらえるかはそれからだ。
―――――――――――――――――――
「つまり今のあなたは海様の事も神崎家についても知っているのですね」
「あぁ」
さて、これで信じてもらえただろうか?
とりあえず俺は出来ることを全てやったつもりだ。
「でも全てあなたの嘘である可能性もありますよね」
たしかに今のを信じろっていうのが無理な話だ。
まだ白愛は半信半疑なのだ。
あともう一押し何かあれば……
「それにその話を信じるなら空様は桃花って人と体を交わったって事ですよね」
その通りだ。
俺が桃花とやった事実は時間逆行しようが変わりはない。
「正直空様にそんな勇気があるとは思えません」
「酷い言いようだな!」
思わずツッコミを入れてしまう。
俺だって一応そのくらいの勇気はあると自負してる。
それに実際出来てるわけだしな。
「あなたは本当に空様ですか?」
「あぁ」
「それを証明する手段は?」
話は最初に戻る。
もちろん証明する手段なんてない。
どうやったら信じてもらえるだろうか?
「沈黙は証明する手段が無いと判断します」
白愛のその言葉で閃く。
白愛だって俺が俺じゃない事の証明は不可能のはずだ。
だって俺は俺なのだから。
「たしかに俺が俺だという事は証明出来ない」
「そうですか」
「でも白愛も俺が俺じゃないって証明出来ないだろ?」
さて、白愛はどうする?
白愛なら絶対にこの問題を投げ出したりしないはずだ。
「いいえ、証明出来ます。絶対に空様が女性とそういった関係を持てるとは思いませんから」
「何故だ?」
「だって私の知ってる空様はこんな方じゃないからです!」
やっぱりそう答えるか。
しかしそれへの返しはもちろん考えてある。
「でも実際にそうなったわけだが」
「それは……」
白愛は甘い。
この時は“お前は空じゃないからなんて言おうが関係ない”と言えばいい。
しかし俺が俺じゃないという確証を持てずそれを言う事は出来ない。
「他にはあるか?」
「……」
白愛が黙る。
おそらく手詰まりなのだろう。
「なぁ白愛」
俺は白愛の名前を呼ぶが返事はしない。
しかし俺は白愛に言いたい事を言う。
「これだけは信じてくれ。俺は何を犠牲にしても白愛を守りたい」
白愛に疑われようがやる事は変わらない。
俺は白愛を殺したくない。
海も殺したくない。
いつも通りの日常を過ごしたいだけだ。
「だから今は疑ってるかもしれないがとりあえず信じてくれ」
形だけでも信じてもらえればかなり楽になる。
でも先程も言ったが信じてもらえなくてもやることは変わりない。
「……はい」
もう白愛を死なせない。
必ず俺が守ってみせる。
どんな手を使おうとも。
「さて、白愛。ナイフを貸してくれ」
「どうしてですか?」
そして白愛を守るには必要不可欠な事がある。
よくよく考えればアイツが全ての元凶だ。
「桃花を殺すからだよ」
俺が二週目に入って最初にやるのは桃花を殺す事だ。