37話(幕間)終わった世界
今、この場には一人の乙女がいた。
名前は佐倉 桃花。
いや、彼女にとっては自分の名前は神崎 桃花だろう。
そして彼女は目の前で恋人に逃げられたばかりだ。
彼女は静かに怒っていた。
「私の空君を返してよ」
「……お前のじゃないだろ」
そう答えるのはルーク・ヴァン・タイム。
彼は最強に近い能力を保持していてエニグマの局長でもある。
しかし今の彼は瀕死だった。
「そう」
彼女は冷たく言い放つと彼の腕を風の刃で切り落とした。
彼の悲鳴が響き渡るが誰も反応しない。
なぜなら生きてる人は殆どいないからだ。
彼女は悪魔を召喚して街一つを壊滅に追い込んだ。
そして彼女は恋人を過去に飛ばしたルークに八つ当たりをしてるのだ。
「どう責任取ってくれるの?」
もちろん彼に責任なんて取れない。
さらに言えば彼も取るつもりはない。
彼は死ぬつもりで彼女の恋人である神崎 空を飛ばした。
彼はもう生きるつもりはないのだ。
全てを空に託したのだ。
そして彼はこの質問に沈黙を突き通す。
「まぁなんでもいいや。とりあえず死んで」
そして彼女は彼の顔を踏み砕いた。
彼の頭がまるでトマトが破裂したように爆発して血しぶきが舞う。
しかし不幸中の幸いか彼は痛みを感じる間もなく死ねただろう。
「うえぇ。気持ち悪っ」
彼女はそう言葉を漏らす。
彼女の足には彼の返り血がベッタリと付着している。
気持ち悪いというのも無理はないだろう。
しかしやったのは彼女なのだ。
それを気持ち悪いというのはお門違いだろう。
「お前がこれをやったのか?」
そしてありえない事に彼女以外の声が聞こえる。
驚く事に生存者がいたのだ。
そして話しかけた男は彼女の知り合いでもあった。
「そうだよ」
「おいおいマジかよ」
しかし彼はこの光景を見て大して同様はしていなかった。
強いて言うなら彼女が行った事に動揺していた。
彼にとってこの程度の地獄はなんてことないのだ。
「そういえばなんで生きてるの?」
彼女はそう問いかける。
それもそのはず。
彼が生きてるのは不自然だからだ。
彼は魔法とは縁もゆかりも無い一般人。
悪魔に対抗出来るわけがない。
「たしかにお前の知ってる俺ならこの場で生き残るは不可能だな」
しかし彼にも秘密はある。
そしてその秘密をずっと隠し通してきたのだ。
誰にも知られることなくただひたすらに……
「あなたは何者?」
彼女はそう問う。
しかし彼は答えをぼやかす。
「おいおい忘れちまったのかよ。俺は鈴木 拓也だよ」
鈴木 拓也。
それは彼女の想い人である神崎 空の友人だ。
しかし彼女が知りたいのはそんな事ではない。
彼がどうやって生き残ったかだ。
「私の知ってる鈴木君がこの場を生き残れるとは思えないんだけど?」
彼は超能力を持ってるわけでもない。
彼は魔法も使えない。
彼は卓越した身体能力があるわけでもない。
でもそれは偽りの彼に過ぎないのだ。
本当の彼は違う。
「まぁ鈴木 拓也は偽名だしな」
彼は名前すら偽った。
彼の存在は嘘で塗り固められているのだ。
「それじゃあ本当の名前は?」
そして彼は偽りの仮面をこの終わった世界で告げる。
「夜桜 百鬼だ」
彼の正体。
それは略奪の能力を持ち神崎家大量虐殺をした張本人なのだ。
彼はそれを隠しずっと神崎家の生き残りである神崎 空の近くにいた。
空が能力を目覚めるのをただひたすらに待っていた。
空の能力を喰らうために。
「あなたが災厄とも言われる夜桜 百鬼だったんだね」
「おいおい。街一つ滅ぼしたお前の方が災厄だろ」
そして二人は軽い冗談を言い合う。
しかし話は続かない。
彼女は彼に問い詰めたい事が多いのだ。
「そういえばなんで拓也君からは使徒の反応がしないの?」
使徒なら互いに使徒かどうか分かるものだ。
しかし彼はずっと気づかれる事なく過ごしてきた。
彼女はそれを聞きたいのだ。
「簡単な事だ。俺が奪った能力の中に隠蔽っていうのがあってな。それを使って使徒の反応を消してたってわけよ」
彼は奪い取った能力でずっと使徒の反応を隠していたのだ。
だから白愛にもルークにも気づかれることなく空の近くにいれたのだ。
「それに隠してたのはそれだけじゃないぜ」
彼はそう言うと右手で自分の頬に触れる。
その瞬間彼の顔面は崩れていきその中からまったく別の顔が出てくる。
「この能力は簡単に言えば変装だ。それでずっと別人の顔を演じてたってわけよ」
もっと言えば彼はそれだけではない。
鈴木 拓也は実在した人物だった。
しかし今はいない。
彼は鈴木 拓也という人間を殺して成り代わっていた。
ずっと鈴木 拓也という人間を演じていたのだ。
「なるほど」
しかし彼女の反応は軽い。
よくよく考えれば彼女は空以外の事はどうでもいいのだ。
彼女にとって空が世界なのだ。
「それで何の用かな?」
「その前に俺がこの町に来た目的を話そう」
そして彼は語り始める。
この町に来た理由を。
たしかに空の能力を奪うという理由もある。
しかしそれが本命というわけではない。
「俺がこの町を来たのはクロエを殺すためだ」
最強の殺し屋であるクロエ。
現在の名前は青井 白愛。
彼はそれを殺すと言ったのだ。
しかし彼女はその話に興味はなかった。
なぜなら空は関係ないからだ。
「俺はクロエの暗殺を目の前で見た事がある。それはとても美しかった。間違いなく彼女は最強だと俺は思った」
彼は熱弁に語る。
彼が白愛に執着する理由をただひたすらに。
「もし、そんなクロエを殺したら俺が最強じゃないか?」
彼は昔から最強になりたかった。
誰よりも強くなりたかった。
そんな中で彼は【闘】の使徒に選ばれた。
【闘】の使徒の能力は殺した相手の能力を奪うというもの。
そして彼はひたすら超能力者を殺し回った。
ただ強くなるために。
そんな中で彼は白愛の暗殺を目撃した。
その時に彼は思った。
彼女には絶対に適わない。
しかしそれと同時に彼女を殺せたら最強になれると思ったのだ。
そして彼は白愛を殺すためにただひたすらに力をつけていった。
「それでそのクロエをお前が殺したってわけよ!」
「そうだね」
そして彼女はようやく彼を見る。
彼女は自分に話しかけてる事に気がついたのだ。
「ならお前にはそれを殺せるだけの能力があるわけだ!」
彼はそう叫び彼女に飛びかかる。
しかし彼女に彼の攻撃は届かない。
「心底どうてもいい」
彼女はそう一言呟き彼を氷漬けにした。
そして彼は身動き一つ出来なくなる。
この世界で最強の一角と言っても過言ではない夜桜 百鬼。
その彼ですら彼女には勝てないのだ。
「そうだ! この方法なら空君に会えるじゃない!」
「……何をするつもりだ?」
「私の大好きで愛して尊くてとってもカッコよくて王子様で騎士様でイケメンで目標で最強の空君! 私だけのための空君! 私の全てで世界である空君! 大大大大好きな空君! 待っててね! 今すぐに会いにいくから! 会いに会いに会いに会い会いに行くからね。次はもう逃がさないよ。 私だけのもの。ずっと一緒に暮らすの! 空君と永遠にずっと! 世界が終わるまで私は空君の隣にいるの。この空いてる薬指に指輪を入れてもらうの! でもそのためには舞台を整えなきゃ! 告白を受けるための舞台を! あぁこれから大変だわ。私と空君だけの愛の巣を作らなきゃ。愛を育てなきゃ。この世界は空君と私だけの二人で構成されてるの。だからそれ以外はいらないから壊さなきゃ!全て壊さなきゃダメなの! 空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君空君! 私の世界!」
そして彼女は指輪を光らせて突然消えたのだ。
彼女がどこに行ったかなんて知る余地はないし知る必要もない。
だってこの世界は終わった世界なのだから。




