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世界調整  作者: 虹某氏
1章 【愛】
32/305

32話 “当たり前” そして始まり

 思わずその言葉に耳を疑ってしまう。

 海は俺に恨みを持ってるはずだ。

 それがどうしてそうなった?


「恥ずかしいんですから何度も言わせないでください。一緒に暮らそうって話です」


 言ってる意味は分かる。

 しかしどうして……


「私達の三人で暮らせたらきっと楽しいと思いませんか?」


 たしかに楽しいだろう。

 朝起きたら白愛の料理を食べ海と冗談を言い合ったりする。

 時には遠くに出かけたり……

 それはとても楽しい生活だろう。


「最初はお兄様が嫌いでした」


 それは知っている。

 なら尚更なぜ暮らすという話になったのか気になるのだ。


「でも、今は嫌いではありません」


 初めて聞いた海の本音。

 なんとなくそんな気はしていた。

 嫌いなら今日だって演劇に誘ったりしないはずだ。

 しかし俺は確証が持てなかった。


「勘違いしないでくださいね。好きなわけではありませんから」

「分かってる」

「それでどうですか?」


 海と白愛と俺の三人で仲良く暮らす。

 それはメリットしかない。

 答えは最初から決まっている。


「あぁ。一緒に暮らそう」


 もちろん桃花の事も忘れていない。

 桃花とは今と同じ感じでたまに泊まりに行ったりデートしたりする。

 とても平和で心地良い生活だろう。


「なら、良かったです」


 海がとびっきり笑顔でそう言った。

 今までみた海の中で一番好きな表情だ。


「海の笑顔っていいよな」

「そうですか?」

「あぁ」


 俺は好きだ。

 なんか見ていてほんわかするからな。


「彼女がいるのに他の人を口説かない方がいいですよ」

「え、今の口説いたのに入るのか?」


 いや、流石に褒めただけで口説いたに入るのは理不尽だろう。


「入りますよ。しかも実の妹を口説くなんて何を考えてるんですか?」


 いまいち納得がいかないが別にいいか。


「なんか悪いな」

「どうして謝るんですか」

「海が怒ってると思って……」

「怒ってないですよ」

「そうか」


 いまいち分からないな。

 しかしそれはそうと一つ聞きたいことがある。


「海はどうして俺と暮らそうと思ったんだ?」


 聞きたいのはそれだ。

 海はどうして俺と暮らしたいと思ったのだろうか。

 海は特に俺が好きなわけではない。

 それなら今まで通りの関係でいいはずだ。


「私の過去はお話しましたよね」

「あぁ」


 海の過去は聞いた。

 それは酷いものだったと思う。

 しかしそれと暮らすことが何の関係があるのだろう。


「私には家族がいませんでした。そしてそんな中で白愛と暮らしてその後にお父さんと暮らしました」


 それは聞いている。

 海がその生活に満足していた事も知っている。


「実は私はこの生活がとっても大好きだったんです。痛みもなく飢えもなく笑いの絶えない日常。それを過ごすのがどんなに幸せな事か」


 それは当たり前の事だ。

 しかし海にとってそれは当たり前ではなく宝物のようなものだったんだ。


「私は普通の生活がしたかったんです」


 海は誰よりも当たり前の日常を望んでいるのだ。

 一度は俺への復讐で堕ちかけた。

 しかしどんな変化があったかしらないが今の海は前の海とは違う。

 おそらくその当たり前が最も大事だと気づいたのだ。

 今の海は当たり前を望むただの女の子だ。


「そうだな」

「当たり前の生活をしたいからお兄様と暮らすって理由じゃダメですか?」


 そこで俺は海の頬が濡れてることに気づいた。

 今まで押し殺してきた感情。

 そしてそれを解き放った事で涙が一緒に溢れ出たのだろう。

 当たり前の生活をしたいというのは間違いなく紛れもない本心だ。


「何度も苦しい思いをしました。何度も殴られて何度も飢えに苦しみました。私はただ普通の生活がしたいんです。私はそれすら望んじゃダメなんですか?」

「ダメなわけないだろ」


 俺は海の過去を聞いた時から受け入れると決めた。

 海がどんな事を言おうが受け入れると。


「だから海。一緒に暮らそう」

「はい!」


 そして今日を境に俺は海と晴れて家族となった。


 ◇


「さて、そろそろ行きましょう」


 あれから海は本音を吐き出して疲れたのか少し俺に寄りかかっていた。

 前の海だったら絶対にしなかった行為だ。

 そして海も疲れが抜けてそろそろ行こうと言ったのだ。

 その時は夕暮れでもう陽も落ちかけていたのでちょうど良い頃合いだろう。


「そういえばお兄様」

「なんだ?」

「私はお腹が空きました」


 おそらく泣き疲れた事もあるのだろう。

 俺も丁度お腹が空いてきたところだ。


「なんか奢ってください!」

「え!? 俺が奢るのか?」

「はい! 私はお金がないので」


 まぁ別にいいか。

 そういえば教会の近くに美味しいケーキ屋が出来たと聞いたな。

 そこでいいか。


「海はケーキ食べれるか?」

「果物が乗ってなければ食べれますよ」


 海は果物が嫌いなのか。

 それは初耳だな。

 しかしこれからはそういうのを知る機会も増えるだろう。


「それじゃあケーキ屋にするけどいいか?」

「もちろんです!」


 そして俺達はケーキ屋に向かう事にした。

 あのお店はとても可愛らしいお店で男一人で入れるような店ではない。

 入るのは初めてだ。

 どんなお店だろうか?


「お兄様。多分あそこではないでしょうか?」


 海が呼び指す方向にはお菓子の家があった。

 しかしそれはプラスチックで出来た作り物で本物ではないだろう。


「教会の近くっていうか隣だな」

「まぁ近いことに変わりませんしいいではありませんか」


 とりあえずケーキ屋に入ってみよう。

 そういえば海はこの隣の教会で式を挙げるんだよな。

 まだ海と白愛が結婚するって事に実感が湧かない。


「それにしてもケーキなんて久しぶりです」

「そうなのか?」

「はい。三時のおやつはチョコレートが多かったですから」

「俺と同じか」


 それにしてもメニューもたくさんあるな。

 普通のケーキにタルト系やパイ系など色々だ。


「私はエッグタルトにします」

「それじゃあ俺はガトーショコラだ」


 俺達はメニューを決めてそれを買うと店内の席に着く。

 レストランとは違い料金は先払いだ。


「それじゃあいただきます」


 海が小さく口を開きパクリと食べる。

 さて、味はどうなのか。


「まぁ普通ですね」


 海の可愛らしい口とは裏腹に辛辣な評価が出る。

 それにしてもここはかなり評判の良い店だ。

 多分美味しいだろう。

 おそらく海の舌が肥えすぎてるだけだ。

 彼女は白愛の料理以外で美味しいと言うことはないだろう。


「それとお兄様。おかわりお願いします」

「いや、イマイチじゃなかったのかよ!」

「イマイチとは言ってませんよ! 普通って言ったんですよ! それも何方かと言えば美味しいという意味の普通です!」


 どうやら海の普通にも色々とあるらしい。

 そして今回は美味しい方らしい。


「はいはい」


 そして俺は店員さんのところに行きエッグタルトを二つ注文する。

 どうせ海の事だから二つ目を食べ終えたら三つ目と言うだろう。


「これでいいか?」

「お兄様!」


 海が突然大声で叫んだ。

 顔を見ると今までにないぐらい緊迫した表情だ。

 一体何があったのだろうか?


「どうした?」

「とても焦げ臭いです!」


 海が突然立ち上がり店を出るにする。

 俺も海に追っかけて続き外に出る。

 すると隣の教会から黒煙が吹き出ていた。

 そしてこの異様な熱さ。

 教会は間違いなく燃えていた。

 かなり大規模で全焼は避けられないだろう。

 それに下手したらケーキ屋にも火が移りそうだ。


「早く教会に行きましょう」

「どうしてだ?」

「なんか嫌な予感がします」


 たしかに俺も嫌な予感がする。

 おそらく何かあるのだろう。


「そうだな」


 俺達は走って教会に向かった。

 近づくに連れて熱さが増していく。

 それに先程からある胸騒ぎもさらに増している。

 そして教会の目の前に着くと同時に教会の扉が開き火だるまが出てきた。

 おそらく人だろうが原型は留めていない。

 しかし俺達にはそれが誰か分かってしまった。


「なんでお前がそんなになってんだよ!」


 間違いなく火だるまになってるのは……





 ――白愛だった。

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