31話 不思議の国
授業はすぐに終わり放課後となった。
さて、そろそろ行くとするか。
「お兄様。場所は体育館です」
「あぁ」
それにしても演劇部の見学は少しだけ楽しみだ。
一体何を見せてくれるのだろうか。
「演劇部が練習してる項目は“不思議の国のアリス”らしいですよ」
「……アリスか」
桃太郎や赤ずきん等をやると思ってたが思ったより長編をやるんだな。
たしか記憶通りならアリスは不思議な世界に迷い込んだ少女の冒険譚だったはずだ。
かなり小物に気を遣わないと駄作になりかねない。
難易度は劇の中ではトップクラスではないだろうか。
それにアリスと言えばあの不思議な子を思い出す。
「行きますよ」
「そうだな」
俺達はそのまま体育館に向かった……はずだった。
「なんだこれは!?」
体育館に着いたはずだ。
しかし、そこは俺がいつも見ていた体育館とひと味もふた味も違っていた。
なぜならそこは城の中を連想させるものとなっていたからだ。
レッドカーペットが敷かれてその先には玉座。
これを城と言わずなんと言うだろうか。
「……なんですかこれは?」
海がそう問いかけるが俺には分からない。
ただ一つ言えるのはここは体育館でないことはたしかだ。
「あ! 神崎兄妹いらっしゃい」
そんな声が俺達を呼んだ。
そしてその声の主は俺の記憶に新しい人物だ。
「お前は一体何者なんだ?」
「アリス・ローズベリーって言ったでしょ」
昼休みに会った不思議な金髪の女子。
それがアリスだ。
一体何故ここにいる。
とりあえずそんな事より先に問うことがある。
「ここはどこだ?」
「不思議の国よ! ようこそアリスの世界へ!」
アリスの世界とはどういう事だろうし。
彼女は間違いなくなんかある。
そしてどうやら俺達は不思議の国に迷い込んだらしい。
「私達の演劇は観客に体験してもらうタイプのものよ!今回は時間も限られてるし一章だけだけどね」
アリスがそう語っていく。
しかし未だに状況が飲み込めない。
「……なるほど。プロジェクションマッピングを使用したのね」
「正解!」
海の説明でなんとなく理解出来た。
プロジェクションマッピングはCGとプロジェクタみたいな映写機器を使って建物や物体、あるいは空間などに対して映像を映し出す技術。
それで体育館を城に見せてるだけなのか。
しかしプロジェクションマッピングはここまで再現できただろうか。
それに機材も見当たらない。
謎は深まるばかりだ。
とりあえず流れに任せてみよう。
「さて、それで何章を体験しますか?」
「そうね。七章の“狂ったお茶会”でお願いするわ」
「了解しました!それでは七章の“狂ったお茶会”をお楽しみください!」
背景は深い森に変わりテーブルと椅子が現れた。
「なんだこれは?」
「お茶会よ」
そう言ってテーブルの方を見るとそこでは兎とシルクハットを被った長身のシルクハットを被った男がお茶をしていてその間で小さなネズミが寝ていた。
そしてネズミは肘置きに使われており凄く居心地が悪そうだ。
「とりあえず席につかないと物語は始まらないわ。腰掛けましょ?」
「そうだな」
そして俺は桃花に促されてお茶会の席につこうとした。
すると突然声が聞こえた。
「満員! 満員!」
満員とは言っても席はたくさん空いているではないか。
俺達は顔を見合わせて互いの意見を確認して座る事にした。
「……どこが満員なんだよ」
思わず呆れて声が出そうだ。
満員とは言っても普通に座れるし一体何がしたいんだ?
「さて、ワインはいかがかな?」
そして兎が突然喋り始める。
しかしワインなんてどこにもないではないか?
「えぇお願いするわ」
海がそう言うがワインが注がれる気配はない。
そして痺れを切らした海がもう一度言う。
「ワインをお願いしてもいいかしら?」
「君はないものを出せというのかい?」
すると兎が馬鹿にするように海にそう言った。
それにしたってワインを飲まないかって誘ったのは兎の方ではないか。
中々に癪に障るな。
「それは少し失礼じゃないか?」
俺は少しキレ気味にそう言った。
しかし兎はそれに動じもせず返答する。
「それを言うなら君達の方が失礼ではないか。招待もなしに勝手に座る。酷いというものだ」
まぁたしかに一理あるな。
でもどこか腑に落ちない。
「それはそうとそこの君。髪は切った方がいいよ」
今まで黙っていた長身の男が突然海に向かってそう言った。
海をジロジロ見てたのはそういう事か。
「私はいいのよこれで」
海がそう答えた。
まぁ髪の短い海は海じゃないしな。
「大ガラスが書きもの机と似てるのはなーぜだ?」
長身の男は突然話を変えてなぞなぞを出してきた。
ダメだ。話が噛み合わない。
それはそうと答えはなんだろうか。
海なら原作を知ってそうだし知ってるだろう。
少しずるかもしれないが聞いてみよう。
「海。答えはなんなんだ?」
「そんなものないわよ」
それはどういう事だ?
頭がついていかない。
「アリスの作中で帽子屋は答えの存在しないなぞなぞを出すの。今回のがそれよ」
「そんな事してる暇あったら他の事に時間使えよ……」
思わずそう呟いてしまう。
しかし答えのないなぞなぞなんて出して楽しいのだろうか?
「時間? 君はその時間を無駄だと思うのかね?」
正直無駄だとしか思えない。
一体彼は何を言いたいたいのだろうか?
気づいたら俺は彼の答えが気になっていた。
「無駄じゃないのか?」
「俺ぐらい時間と仲が良けりゃ、それを無駄だなんて言い方はしないね」
つまり彼は時間と仲が良いと言いたいのか。
わけが分からない。
「今のところはアリスの原作通りに動いてるわね」
そして海がそんな言葉を漏らす。
アリスってこんな話だったのか。
正直アリスについてはよく知らないからな。
今度暇な時に読んでみるか。
「それで君達は時間と口をきいた事はないんだろ?」
彼が突然そんな事を言う。
時間と口をきくなんて無理ではないか?
「ええ。もちろん」
「じゃあお前さん。時間を刻んだ事はあるか?」
「あるぞ」
俺はそう答えた。
時間を刻んだ事なんてあるに決まっているだろう。
それがなんだと言うのだ。
「おっとそりゃ……」
「さて、茶番はここまでにしましょうか」
しかし長身の男が喋り終わる前に海が席を立ち話を切った。
それにしても茶番とはどういう事だ?
「あなたはプロジェクションマッピングかどうかって聞いた時に“はい”と答えた。しかしここまでクオリティが高いのはプロジェクションマッピングでは出来ないはずよ」
俺は再度頭を回す。
それにより俺がずっと抱えてた疑問は晴れた。
しかし結果として景色は変わっている。
なら考えられる可能性は一つだ。
「何の目的かは知らないけどここはあなたの能力で作られた世界なんでしょ?」
もし俺の予想通りならアリスは使徒だ。
そして世界がぼやけてくる。
さらに長身の男の姿もぼやけていきアリスの姿になっていく。
間違いなくこれは作られた嘘の世界だ。
「どうして分かったのかな?」
「こんな事が出来るのは使徒ぐらいよ」
「なるほど」
しかし彼女はどうしてそんな事をした?
今回のは特に害を加える気配もなかった。
「それにあなたはここの学校の生徒じゃないわね」
「ご名答! 私は【物語】の使徒で名前はアリス・ローズベリーよ」
それにしても彼女は一体何者なんだ。
何故俺達に近づいた。
「さて、要件を話すわ。私はエニグマの職員よ」
また、エニグマか。
なんでこんな町に何人も集まってやがる。
「それで本題なんだけどこの町に夜桜百鬼がいるみたいなのよ」
夜桜百鬼。
前に海が話していた。
たしか神崎家を皆殺しにした略奪の能力持ちだ。
もし本当にいるなら大問題だ。
「根拠はなにかしら?」
「手紙よ。手紙にこの街に夜桜がいるって書かれてた。そこにはご丁寧に夜桜が殺したと思われる人物の写真も添えられてね」
それで夜桜を捕獲するためにこの街にエニグマの人が集まってるわけか。
もしかしたらルークさんがこの街にいるのもそれが理由かもしれないな。
しかしそんな手紙を誰が送ったのだろうか。
「まぁだから注意しろって話よ。それじゃ私は帰るわね」
「一つ聞いてもいいかしら?」
海がそう問いかける。
おそらく俺と聞きたい内容は同じだろう。
「何かしら?」
「貴方は何故こんな茶番をしたの?」
「そんなの簡単よ。楽しんでほしいからよ」
そして彼女は去っていった。
一体なんだったのだろうか?
「さて、行きましょうか」
「おいおい待て待て」
「何かしら?」
「まったく状況が分からないのだが」
夜桜百鬼がいるから気をつけろって警告に来たのは理解出来た。
しかしそれ以外がまったく理解出来ていない。
「仕方ないお兄さまですね。どこが分からないんですか?」
「まず俺達は演劇部の見学に来たんだよな?」
海は朝にそう言った。
なら本物の演劇部員はどこにいった?
「それは多分あの女が誘ったんでしょう」
「そもそもどうやって誘われた?」
おそらく口頭で誘われたはずだ。
ならアリスの顔も確認してるはずでこの学校の生徒ではないのは一目瞭然のはずだ。
「それは昨日の朝に登校したら机の中に招待状が入っていました」
いや、手紙かよ!
ていうかその時点で疑えよ。
それはそうとまだ聞きたいことはある。
「そもそもあの女は何故あんな事をした?」
「言葉通りですよ」
たしか“楽しんでほしいから”と言った。
しかしそれがなんだと言うのだ?
「お兄様は楽しくありませんでした?」
「いや、そんな事は……」
ぶっちゃけ少しだけ楽しかった。
あんな状況だが非日常感があってワクワクしたのも事実だ。
「少なくとも私は楽しかったですよ。あの方の言葉に深い意味なんてないと思いますが」
まさかホントに楽しんでほしかっただけなのか?
だとしたらなんて能力の無駄遣いだ。
「さて、お兄様」
急に海が深刻な顔で言う。
一体何を言うのだろうか。
「どうした?」
大事な話だというのは海の目を見れば分かる。
そして海が覚悟を決めたみたいで口を開いた。
そこから出た言葉は意外なものだった。
「これから私と白愛とお兄様の三人で暮らしませんか?」