285話 冥府の笛
「……はぁ……はぁ」
「あのそろそろ私、紅茶でも嗜みたいんですけど」
グレイプニルを振り回す。
しかし海はそれをステップを踏むようにして回避。
今の俺の技は殆どが闇桃花にそっくりそのまま返されてしまう。
だからこそ闇桃花に無いもの……
すなわちグレイプニルの扱いが大切になる。
「グレイプニルって神器は打ち消すことが出来なかったと私は記憶してるんですけど」
欠伸しながら海はそう言った。
たしかにその通りである。
だが神器によって発動された魔法は消せる。
すなわちあの闇の杭も……
「ぶっちゃけですね。私としてはお兄様はグレイプニルを使って戦うよりも能力を使って戦った方が強いと私は思うんですよ」
「やっぱりグレイプニルと能力が両立出来ないのがネックだよな」
「能力発動の時だけグレイプニルから手を離して能力を発動させ終えたらグレイプニルを再び振り回すのはどうですか」
「その動きはとりあえず覚えるつもりだ」
「あ、はい」
海が上に空き缶を投げる。
俺はそれをグレイプニルで絡み取った。
海はそれを見計らうなり今度は加えてた串を反対側に投げた。
「ったく!」
俺はグレイプニルから手を離して、指を鳴らす。
すると軽い炎が起こり串を燃やした。
それからすぐにグレイプニルを掴む。
「要領としてはこういうことだろ」
「そうですね」
「まぁ出来なくはないがまだ実践に使うには不安が残るのも事実だ。グレイプニルのキャッチとそれとは別に敵に攻撃を当てるという動作をやらねばならなくなる。まだ俺はそれにより敵から少し意識が削がれる。その隙を無くしたいんだ」
「熱いですねー。まぁこの寒い南極では暑いくらいの方がいいのかもしれませんが」
しかしそうは言うものの一番トレーニングしてるのは海だろうな。
海は口には出すほどのことではないという判断なのか約500kgの鉄の腹巻を巻いている。
しかもそれでぴょんぴょんと跳ねたり自在に走ったり飛んだりしてるのだからすごいものだ。
一体いつからあんなトレーニングをしてるのか。
そして服で隠れるくらいのサイズで500kgの鉄をどこで見つけてきたのか。
その二つの疑問が残るが今は置いておこう。
たしかに俺達の体力は人間離れしてる。
それは認めよう。
だか500kgの腹巻をするのはそれなりに体力も使うし疲れるのだ。
それなのに海はそれをこなしてる。
それはヒキニートが500m走を完走するくらいすごいことである。
だから俺は海を心の底から褒め称えたいと思う。
もちろん煽りとかでは一切ない。
大事なことだからもう一度言うが煽りではない。
「なぁ海」
「なんですか?」
「闇桃花に勝てると思うか?」
「勝てなきゃ死ぬだけですよ」
そうだよな。
やるしか道はないんだよな。
「さて、私はそろそろ切り上げますがお兄様は?」
「俺も今日はそろそろ切り上げるか」
「というより折角のエニグマですし出来る限り情報も叩き込みたいんですよ。情報も一種の武器ですから」
「なるほどな」
たしかにここは情報の宝庫だろう。
なんと言ってもエニグマの総本部だ。
「……あら、終わったのかしら」
「誰かと思ったら引きこもり姫か」
「アリシアで結構よ。正直その呼び名そこまで好きじゃないから」
それからアリシアは海に水筒とカップを差し出す。
海はポカンとしながらそれを受け取った。
「これは?」
「あなたの彼氏さんからの差し入れよ。水筒の中身は匂い的にディンブラね」
そしてアリシアは壁に腰掛けて缶コーヒーを開く。
缶のラベルを見るに日本でも展開されてる大手ブランドのブラックコーヒーだ。
かなり濃くて眠気が覚めることに定評がある。
「今までのあなた達の話を聞きたいけどいいかしら」
「構いませんよ」
海もアリシアの横に腰掛けて紅茶を飲み始めた。
なんか女子会でも始まりそうな雰囲気だな。
「その前にあなた達に一つだけ言っておかなければならないことがあるわね」
「なんですか?」
「私の名前はアリシア。フルネームはアリシア・ローズベリー。あなた達のよく知る【物語】の使徒、アリスの妹よ」
な!?
あのアリスの妹だと!?
エニグマのトップがアリスの妹……
それは一体どういうことだ?
アリスはそんなことを一言も口にしてなかった。
まさかアリスがそのような大物……
「そして“最高機密情報保持図書館”って知ってるかしら?」
「ミネルさんから名前だけから……」
「ミネル? あぁ【医】の使徒のことね」
最高機密情報保持図書館は表舞台に出せないような情報から禁書を保存してる世界機密を書籍という形でまとめた場所だと記憶している。
真央もそこに行けば魔神の情報が分かるかもしれないとボヤいていたな。
しかしそこは真央ですら特定は出来ていない。
そしてミネルの話だとたった一人の管理人によって管理されていてその管理人が誰かも不明でエニグマも探し求めているという感じだったはず。
「表向きはエニグマとは無関係。だけど現実的に考えて魔法とかそういうのに大きく関わるエニグマの協力なくして書物を入手出来るかしら?」
「まさか!?」
「完全にエニグマの管理下に置いてるわけじゃないけどその管理人はエニグマ内にいたわ。そしてその人の名前はアリス・ローズベリー。私のお姉ちゃんよ」
待て!
アリスは死んだはずだ!
そしてその位置を知るのは管理人一人という話……
「管理人がアリスだと知ってるのはローズベリー家のみの話。そしてエニグマは書物をアリスに寄贈していたのみで閲覧の許可どころか位置すら知らされていないわ。そして、その図書館の正確な座標を把握してるのは世界中でアリス一人よ」
「なら……」
「もうどこにあるかは完全に闇の中ってわけ。そこであなた達に頼みがあるわ」
頼みとは一体なんだろうか。
俺達に出来ることならする。
最高機密情報保持図書館は俺達としても興味があるし何よりもアリスが関わってるとなればなおさらだ。
アリスは海の恩人でもあり、俺も数えきれないくらいお世話になっていた。
そんな人の本当の姿。
それを知りたいと思うのは当然だろう。
「冥府の笛をドラキュラ王から取ってきてほしいの」
「待ってください!」
「どうした海?」
「それ、私は前にドラキュラ王から貰い受けています!」
「なんですって!? だったら話が早いわ」
そういえば海はなんか貰っていたな。
ドラキュラ王と初めて会ったあの時に“渡したい物がある”と言われて受け取っていた。
「海。効果は覚えているか?」
「もちろんです。冥府の祭壇に使えば冥界に行く事が出来る代物で冥界とは死者の国。もしもこれに加えて魂を連れる手段があれば誰かを生き返らせることが出来る可能性がある」
海が壁元に置いていたバッグを漁る。
そしてそこから笛を出していく。
あの日、見た不気味で毒々しいオーラを放つ紫色の横笛である。
「間違いない……冥府の笛よ!」
「アリシア。これで何をする気だ?」
「決まってるでしょ! アリスお姉ちゃんを蘇らせるの!」




