29話 使徒
「さて、まずはここを“大の世界”としよう」
ルークさんが急にそんな事を言い始めた。
恐らく名称は適当。
話すのは名称を統一しないとややこしくなる。
「この世界は二つで構成されている。一つは僕達が生きる世界。そしてもう一つは異世界だ。今はそれ“小の世界”と呼ぼう」
世界は大きく分けて二つか。
名前から察するに異世界はこちらより下位の存在なのだろう。
「そして今回は小の世界についてだったな。小の世界は無限に等しいの相互絶対不干渉の世界が束ねっている世界の事だ」
どういう事だろうか?
無限に等しいとは一体どういう事だ?
異世界は一つではないのか?
それに相互絶対不干渉とは?
「そうだな。少し難しいが異世界は群体だ。小さな世界が何個も織りなって構築されている。スマホで例えるならここは端末で異世界はアプリと言っても良いかもな」
まだよく分からない。
とりあえずスマホのアプリの一つ一つが異世界でそれが無限にあるということだろうか?
そして相互不干渉。
それはAというゲームのキャラをBというゲームに送れないのと同じ事か。
つまり誰かに言われて不干渉になってるわけではなく干渉したくても出来ないのだろう。
頭がパンクしそうだ。
「それと先程の超能力の話には続きがある」
「続きですか?」
おそらく異世界が関わってるのだろう。
本来だったら言いたくなかったけどそこまで話してしまったら仕方ないという事か。
「超能力者が能力に目覚める方法は実は他にもある。それは運悪く小の世界に言ってしまった場合だ」
最近の小説でよくある転生特典みたいなイメージでいいだろう。
まだ頭の中にふわふわとしたイメージしかない。
なんか概要だけを話して大事な所をはぐらかしてる気がしてならない。
「ちなみに基本的によっぽどの事がない限りは小の世界に行く事はないから安心していい」
よっぽどの事とはおそらく超能力だ。
超能力は神の力。
なら誰かを小の世界に飛ばす能力とかあってもおかしくないだろう。
「君の言う異世界はこちらより次元が下の世界の事をさしそこに行くと超能力がもらえる。これが今の段階で分かってる異世界の情報だ。文明レベルは中世ヨーロッパと見て良いかな」
剣と魔法の世界。
そんなイメージで良いだろう。
「さて、他に聞きたい事はあるかい?」
「いいえ」
まだ消化不良感が否めない。
しかし具体的な質問が思い浮かぶわけではない。
「それじゃあ例の件頼んだぞ」
「はい」
桃花の能力を探る方法については考えてある。
相手は桃花だ。
だったら間違いなく上手くいく。
「桃花。一ついいか?」
俺は扉を開けて外で待っていた桃花に問いかける。
「なに?」
桃花が可愛らしく首を傾げてそう言う。
とっても可愛い。
「桃花は使徒なのか?」
攻略法。
それはストレートにそのまま聞く。
間違いなく桃花なら隠さず答えてくれる。
俺はそう確信していた。
「そうだよ! 私は愛の試練をクリアした【愛】の使徒だよ!」
「いつからだ?」
「今日の朝だよ!」
そんな最近だったのか。
ていうか使徒になったならもっと反応しろよ。
おそらく試練は狂気化した事によってクリアしたのかもしれないな。
「能力は愛する人の元へ転移するいう単純なものだよ。つまり空君がどーーんなに遠くに行ってもすぐ会えるよ!」
能力はかなり限定的な転移か。
使い様によっては便利だな。
「ルークさん。これでいいですか?」
「……あぁ」
ルークさんはかなり唖然としている。
こんなにあっさりいくとは思わなかったのだろう。
「しかし彼女の言ったことが本当とは限らんな」
「そうですね。なら実際に使ってもらったらどうですか?」
「そうだな」
確認もすぐに出来る。
絶対に桃花が正直に言ってくれると信じていた。
桃花なら俺に隠し事をしないと信じていた。
だからあの依頼を迷わず引き受けられた。
「桃花。能力を使ってもらっていいか?」
「いいよー。とりあえず二階に行って空君の元に……」
「いや、それには及ばない」
そうルークさんが言った。
その瞬間いきなり景色が変わった。
「……え?」
場所は間違いなく見知らぬ家の中だ。
一体何をした?
「すまない。少し時間を止めて移動して転移もどきをさせてもらった」
時間を止めてその間に俺を担いで移動したわけか。
改めて制限無しの時間停止はチートだと思う。
そして桃花が突然現れナイフをルークさんの首元に近づけていた。
「なんのつもりだ?」
「空君に勝手に手を出さないでくれるかな?」
桃花が笑顔を浮かべながらそう言う。
俺は少しだけ恐怖を覚える……
その迷いの無さに……
「それはすまないことをした」
ルークさんが言った瞬間桃花は紐で縛られていた。
時間停止させて桃花を縛ったのか……
桃花は意外と余裕な表情でルークさんを見ている。
「よし。能力の確認は出来た」
ルークさんがにこやかにそう言う。
それにしても命が狙われてもこの対応とは。
懐が大きいというかなんていうか……
そして桃花が口を開いた。
「……あなたの能力は時間停止だったね」
桃花がそう告げる。
そういえば桃花はルークさんが能力を明かした時にその場にいたな。
「突然消えて私を縛る事も容易い。あの時に紐で縛らずナイフで私を刺せば間違いなく私は死んでいた。戦闘においては最強の能力だと改めて実感したよ」
そう言って桃花は再度転移して紐を解く。
たしか桃花の能力は俺の近くに転移する。
つまり数cmしか離れてなくても飛べる。
それで更に俺に近づき紐を解いたわけか。
「でも不意打ちには滅法弱いんじゃありませんか?」
そしてルークさんの右腕から血が流れる。
桃花の左手から灰がこぼれる。
どうやら宝石魔法を使用したらしい。
「桃花! やめろ!」
「どうして?」
「ルークさんは特に俺になにもしてないからだ!」
「そっか〜。空君がそう言うなら」
桃花が戦闘態勢を解く。
それにしても桃花がかなりヤバイ事になってる。
今まで以上に容赦がない。
それに加えて戦闘能力の高さが拍車をかけている。
おそらく俺の事になったら白愛以上に暴走する。
少しだけ気をつけないとな。
「あの判断能力に能力の応用。思わぬ人材がいたものだ」
「もしも次に空君に手を出したら殺すよ」
桃花が笑顔でそう言う。
真顔とかで言ってくれたら少しは良いんだが笑顔だけめちゃくちゃ怖い。
何を考えてるのか読めない感じがする。
「君達二人でコンビを組んだらエニグマでもトップレベルの戦力になりそうだ」
再び景色が変わり桃花の家に戻る。
また時間停止して担いで移動したのか。
ご苦労な事だ。
「さて、僕はもう帰るとするよ。聞きたいことは聞けたしね」
「色々とありがとうございました」
「気にすることはない。僕にとっても有意義な時間だった。それじゃあさよなら」
そう言った瞬間ルークさんがその場から消えた。
桃花のお父さんも消えていた。
おそらくまた背負って移動したのだろう。
おそらく親父もルークさんに運ばれたのだろう。
「やっと二人っきりの時間になれたね」
「そうだな」
「ちょっと汗かいちゃたし一緒にお風呂入ろっか?」
「そうだな。お風呂沸かしてくるから待ってろ」
「ありがと!」
そして俺達にもう魔法とかない普通の高校生としての日常が戻り始めた。
――俺はその後にこの上ない地獄を見ると知らずに




