273話 反撃の兆し
「ねー真央。まだ攻めないの?」
どこか抜けた声で話しかけるスー。
彼女の緊張感はないのだろうか。
いや、ないな。
緊張するような相手ではない。
「あぁ」
「何を待ってるの?」
おや、随筆と賢くなったというか察しが良くなったものだな。
まさか私が何かを待ってるのに気づくとは。
「数日以内には攻めるから安心しろ」
「それならいいよー。ただ真央も相手の記憶消去には気を付けてね」
「スーもな」
さて、そろそろ下見に行くとするか。
それと念の為に戦力確保もしておこう。
今の戦力でも良いくらいだがあって損はない。
「天邪鬼」
「そなたから話しかけるなんて珍しいな」
「少し鬼神族の兵を借りたいのだがいいか?」
「なるほど……陸か。構わん。そろそろ実際の戦場を体験させたいと思っていたところだ」
鬼神族の兵隊さんを一つか。
戦える鬼神族は百もいないがその身体能力の高さから中世ヨーロッパの時代なら国の一つや二つを落とせるくらい強力な兵隊だ。
もっとも核や毒ガス、それに戦闘機や戦艦などが普及を始めた現代で鬼神族だけで国を落とすのは至難の業であるが……
まぁ実際問題はその気になれば天邪鬼一人で容易く落とせるとは思うところでもある。
「あと吸血鬼に妖精族、それに人魚族にも応援を頼むとしよう」
「それは凄いのう。獣人族を除く全種族が同じ相手に武器を向けるなど滅多にあることじゃない」
「それを出来る私の技量を褒めてほしいものだ」
ドラキュラ王はペッシェという娘が人質に取られているし間違いなく動くだろう。
それで人魚族は言わずと知れず。
そして妖精族は……まぁ頑張ろう。
「……ていうかぶっちゃけ真央のあれを使えばすぐじゃん」
「スー。敵は過剰戦力で叩きのめすものだよ」
「はーい」
この際だからハッキリ言っておこう。
私は殺しが好きだ。
人を殺すのは大好きだ。
特に人を手にかける瞬間は最高である。
だが、人を殺したあとは嫌いだ。
なんというか胸糞が悪くなる。
殺す瞬間こそは楽しいから積極的に殺しをするがあとに虚しさや後悔で襲われる。
だから私はなるべく人を殺したくない。
だが人を殺す瞬間は最高に好きだ。
私は自分の中で人殺しを行いと人殺しをしたくないという二つの矛盾した感情を抱えてる。
そして後者だけを知っている海や空達。
彼等は私は本当は殺したくないけど仕方なく殺しを行ってると思っているところだろう。
だが実際は違う。
殺しは好きでやっている。
これは華恋との旅の時から変わらない。
もっとも華恋との旅の時は刃向かったりする人は悪人だけが相手だったが……
私が言えるのは殺しとは麻薬であるということ。
殺した瞬間は大きな快楽を得られるがあとで後悔という病が体を蝕んでいく。
そんなのまさしく麻薬のソレではないか。
私は殺しという麻薬の依存者なのだ。
「真央。感慨に浸ってどうしたの?」
「いや、別に。それより早く妖精族の国に行こうか」
「そうだね」
私はそれから転移門を開いていく。
さて、神崎陸との戦争。
その時は何人殺せるだろうか。
そして華恋を苦しめた悪魔であり海を虐待した外道である神崎陸を殺せる。
そのことに私は胸をときめかせるしかなかった。
◆ ◆
「それで僕にメリットは?」
私達はそれから転移で妖精王オベイロンのところへと来たのだった。
しかしオベイロン王は重い腰を上げる気配すら見せないでいた。
「……メリットね」
「僕はこれでも妖精族の王だ。そんな無闇に兵隊さん達を死にに生かせるわけにはいかない。戦場である以上は死ぬ確率はゼロにはならないだろ?」
考えが硬いねぇ……
しかし確かにごもっともだ。
まぁいてもいなくても変わらないのだがやはり五種族全ての始祖が叩きのめしたという実績がほしい。
「それに真央一人でもあの程度なら容易いんじゃないか?」
「私はちょっと頭が良いだけのか弱い乙女だぞ。そんなわけ……」
「ないとは言わせないよ。魔王さん……いや、魔物の王様さん」
まいったな。
これはこっちの切り札に勘づいているな。
さて、どこまで把握しているのか……
「僕もそれなりの情報収集くらいはするさ。妖精族はエルフはトレントに僕達みたいな妖精。そんな森の隣人達が集まっている種族。もちろん偵察が得意な種族もいるしね。それに真央は薄々感づいているだろ。真央を除いたら僕の兵力が一番大きいってことも」
「もちろんさ」
妖精族の始祖はオベイロン王だ。
だが妖精族というのは色々な種族を寄り集めた名称であるのだ。
それこそさっき言ったように数こそ百いるかいないかだがエルフ、それに小人族やケンタウロスなど様々な種族がいる……
基本的にここは妖精の居住スペースなのでそういった種族に会うことはまずないが……
「始祖だろ」
「その通り。種族の数だけ始祖が存在する。さて、妖精族は一体何人の始祖を保持してるだろうね」
これが妖精族の強さだ。
そしてそんな妖精族の全体を仕切る妖精の始祖。
それが今目の前にいるオベイロンである。
「始祖って言うのは面白いよ。その始祖の血が根絶やしにされたら自動的に別の家系に移るのだからね」
「何が言いたい?」
「もし、真央が始祖の研究に協力してくれるなら兵隊を貸さないこともないって話さ」
まったく……
たしかにそれは面白そうである。
しかしなぜ私に……
「真央の元にいるドナという少女。彼女は今は亡きドワーフだ。もしかしたら真央は絶滅した種族を復活あるいは新たな種族を作ることが出来るんじゃないか?」
「それが狙いか。いいよ。手伝ってあげよう」
「なら僕も手伝うとしよう」
「だけど全て話すのは世界調整を終えてから。いいね?」
「そのくらい構わん」
ドワーフね。
トリックとしてはスーの能力で無理矢理、種族を書き換えただけなんだけどな。
だが後者、新たな種族を作るという発想は面白い。
もしかしたら研究したらスーの能力でゼロから種族を作れるようになるかもしれないしな。
「……おや?」
そんな時だった。
私のポケットに入っていた電話が鳴った。
もちろん設定は非通知になってる。
「もしもし……あぁ私か」
電話の相手は私の予想通りの人物。
まさかこんな早く電話が来るとは予想外。
「場所はギリシャだね。了解。もうそろそろ行くからそれまで頑張ってくれ」
私はその電話から居場所を聞く。
そう、神崎陸の居場所だ。
私はもう既に向こうに私の手の者を入れている。
もうチェックメイトだ。
「……真央。今の電話は?」
「気にするな。それより神崎陸の場所が割れた。さて、反撃といこうか」




