271話 勝利の女神に微笑まれた者は
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
海が飛びかかってくる。
俺はそれをギリギリで回避する。
もしも少し遅れたら殴られていた。
これが火事場の馬鹿力というやつか。
「まだです!」
「これ以上やるとお前ガチで死ぬぞ!」
「私は死んででも真央を助ける!」
真央を助けるか。
お前のやってることは真央の助けにはならない!
死にゆく者に願いを叶えさせず殺すなんてあんまりではないか!
だから俺は海を倒してそれを証明する!
もはや意見は互いに反対。
論争など無駄。
こうなれば最後まで立っていた方の意見が正義。
だから互いに拳を交えるのだ。
「そうかよ!」
俺はそのまま海に膝蹴りを入れる。
膝蹴りは見事に入り、一瞬だけ怯む。
その隙を突いて回し蹴りを勢い良く顔へと叩き込んでいく。
しかし海は倒れない。
何があっても倒れないという信念すら感じさせる。
だが、俺は海を倒さねばならない。
「容赦ない……ですね……」
「お前は容赦出来る相手じゃないからな」
海は間違いなく強い。
もしも手でも抜こうものなら一瞬で殺される。
そう言っても過言ではない強者だ。
だからこそ俺も一切の手加減をする気はない。
そして弱ったとしてもだ。
だって海の目は未だに一切死んでない。
だったらいつ逆転されてもおかしくないのだ。
「絶・強化」
海の気迫が変わる。
俺と同じ強化の更に上の絶・強化か。
こっちも最後に決めにいくか。
「ツ・グルンデ」
俺は闇色の玉を作る。
これは前にも言ったが風と雷と炎と氷の四つを混ぜた混沌の玉で触れたものを全て粉砕する。
この一撃で海を……
「じゃあな」
海はそれに恐れることなく突っ込んできた。
悪いな……勝負ありだ。
「勝った……とでも思いましたか?」
「なにをする気だ!」
海の手には鏡の破片が握られていた。
しかもそこには術式が刻まれている。
血はもうそこら中にあるから適当に使えばいい。
まさかここに来て魔法か!
「反射!」
ジ・グルンデは軌道を変えて俺の方へと来る。
俺はそれを跳躍して回避。
だがそれは悪手であった。
海も地を蹴り宙を舞っていた。
しかも俺よりも高く飛んでいる。
もうここからでは防御も間に合わない。
これは一撃喰らうのは確実か……
「天空落とし!」
そうして海の激しいかかと落しが俺の顔に入った。
俺はそのまま勢い良く落とされる。
そして下にはジ・グルンデ。
これはまずい!
「自分の技で死ね!!」
俺は混沌の玉へと飲み込まれた。
体が次々に引き裂かれていく。
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
「これで……終わり……ですかね」
肉という肉が引き裂かれた。
骨が剥き出しになってる箇所すらある。
周りがだんだんとボヤけてくる。
だが、それでも俺は立っていた。
満身創痍で立っていた。
俺はそんな状況下で立ちつつ海を睨む。
「……互いに……」
「あと……一撃喰らったら終わりだな」
もはや限界の域に近い。
だが、俺は負けるわけにはいかない。
ここで負けるわけには。
「いきますよ!」
海の最後のプレイが始まった。
握り拳を作り走り込んでくる。
もう俺も避ける気力もない。
だから迎え撃つ!
「これで終わりだ!」
俺は海を力の限り殴った。
だが同時に俺の頬にも海の拳が練り込む。
それと共に口の中が切れ吐血して倒れ込む。
だがそれは海も同じだ。
あとは立つだけ。
立てばこの勝負は勝ちだ。
だがその一歩が重い。
立ち上がろうにも体が悲鳴をあげて無理だ。
しかしそれは海も同じ。
だからこそ先に立った方の勝ちだ。
俺は痛みに堪えながらも既に動かすのすら難しい足を動かして死にものぐるいで立とうとする。
動け! 動け! この足!
「俺の勝ちだ!」
そうして俺は立ち上がった。
海の方を見ると完全に気を失っている。
もう立ち上がるのは不可能だろう。
これで……俺の勝ちだ……
そうして俺は地面へバタりと倒れ込んだ。
海と俺の勝負は俺の勝ちで幕を閉じた。
勝利の女神は俺に微笑んだのだった。
◆ ◆
目を覚ますとそこは一面の青空が広がっていた。
草原の柔らかい地面が体を包み、優しい風が頬を撫でる。
「……癒……せ」
そして俺は剛田から盗んだ“発した言葉が意味するものを具現化する”で傷口を治していく。
もちろん抉られた右目もこれで治る。
海との勝負ではこれを使う暇すらなかった。
もし使おうと意識したらその隙を突かれ、海に負けていたであろう。
俺はそれが分かっていたから敢えて使わなかった。
海は回復を許すような甘い相手ではない。
回復出来ることを完全に頭の外に置いて戦わなければならないレベルの相手だ。
「……空。目覚めたかい」
「真央か」
「帰ってきたら二人とも血塗れで倒れて、しかもあんな大きな地割れが出来てるんだから驚いたよ」
そういえば海は無事だろうか。
それだけが少し気掛かりだ。
「海のお腹の火傷に変形した顔。どちらも一生物の傷だけど空の能力なら治せるだろうね」
「そうか」
「手遅れになる前に早く治してあげるといい」
真央が顎で位置を示す。
そこには海が倒れていた。
もちろん見るも惨たらしい姿で……
「癒せ」
俺はそう呟き海の傷を治した。
しかしすごい激しい戦いだったな。
「うーん……」
「真央。どうしたんだ?」
「命が危険に晒されれば海の身体に潜む魔神王が動くと思ったのだが何故か魔神王は動かなかった。しかし魔神王は確実に海の身体に潜んでいるんだよ……」
まるで俺と海が戦うって分かってたような言い方。
いや、真央ならこの戦いすら想定内かもな。
もしかしたらすべて真央の手の上だったのかもしれないとも思える。
「……魔神王か」
「これは本格的に世界の終末が始まったと思ってよさそうだね。世界の終末から世界を守るキーは大きく分けて五つ。神獣フェンリルに戦乙女族、すなわち桃花にそれと始祖。残り二つは推測で神眼と神器だ」
神眼か。
それも関係してるのだろうか。
だとしたら世界の終末のキーパーソンは主に三人である。
フェンリルであるルプスに世界唯一の戦乙女族である今は記憶無き俺の嫁“桃花”、そして神眼保持者のソフィア……
「世界の終末に対抗するのは私達の世代じゃなくて空達の世代だ。出来る限りのサポートはするけど頑張るんだよ」
「あぁ……」
魔神と融合した少女“姫”を殺せない。
それはすなわち魔神を殺せないことを意味する。
本当にそんなので大丈夫なのだろうか……
姫は真央達が十年かけても殺し方を見つけられなかった存在……
それを本当に俺達の手で殺せるのだろか……
俺にそんな不安がのしかかる。
「……海! 海!」
そんな会話をしてると誰かが海の元へと駆け寄ってきた。
その人は俺の知らない人だった。
一体誰だろうか……
「海! しっかりしろ!」
そしてその人の呼び声に答えるかのように海がゆっくり目を開いた。
どうやらやっと意識が戻ったらしい。
「……和都君……私、負けちゃいました……」
「良かった! 無事で!」
それから海に和都と呼ばれた男性は海を抱きしめる。
海も彼の首に手を回してそれに答える。
「空。彼は七瀬和都。海の彼氏さ」
「彼が……」
「ちなみに彼は君と海の喧嘩の果てに海が血だらけで顔が変形したのを知らない。これは言わないが吉だろうね。言ったら間違いなく円満な関係は築けないよ」
「そうだな」
さて、俺もそろそろ昼食を作りに戻らないと。
そう思い立ち上がろうとした。
しかし左足に激痛が走り倒れ込んでしまう。
「なるほど。傷が癒えたのは表面上だけでダメージはまだまだ残ってるみたいだな」
「そうだな」
こりゃ当分は歩くのも辛いな。
だがそんなことを言ってもられない。
時間は常に有限。
休んでる暇なんてあれわけ……
「空様!」
無理して足を動かそうとしてると白愛が俺の元へと駆け寄ってきた。
そうして肩を貸してくれる。
「……悪いな」
「気にしないでください」
そういえば白愛に触れるのかなり久しぶりだな。
最近は忙しくて全然相手をしてあげてなかった。
いや、違うか。
俺が無意識下に避けていたんだ。
白愛がホムンクルスだと知ってどう接していいか分からなく声をかけることすら出来なかった。
恐らくそれは白愛も同じだった。
だから互いに必要最低限しか話さなかった。
でも考えてみたら白愛は白愛だ。
たとえホムンクルスだろうと……
「海に寄り添わなくていいのか?」
「大丈夫ですよ。海様はもう昔と違って一人じゃありませんから」
「そうか」
「もしかしたら空様よりご友人は多いかもしれませんね」
おいおい勘弁してくれよ。
さすがにそれは精神的にくるぜ……
「しかし空様もお強くなられましたね」
「まぁな」
「今度は本気でお相手しますね」
……ん?
待て待て。
俺はここで白愛と何度か手合わせはした。
その時は普通に勝っていた。
つまり俺は既に白愛より上で……
「おや、まさかあの時の手合わせで本気を出したとでも?」
「……マジかよ」
結局、白愛と俺。
どっちが強いか謎のままか。
いつか白黒ハッキリ付けたいところだ。
「まぁでも流石に私も今の空様に無傷で勝てる気はしませんけどね」
「無傷で勝たれたら困る」
そういえば忘れていたが白愛は真央がかなり警戒していた人だ。
普通に考えたら弱いわけがない。
それこそ始祖に匹敵する……
「空。白愛は暗殺姫だ」
「そうだな」
「それで殺し屋の本業っていうのは暗殺、すなわち不意打ちや奇襲なんだよ。白愛の真価はそういう時に発揮して私が恐れたのはそういうところ。正面戦闘では勝てたとしても街中で襲われたら一溜りもないからね」
真央が補足するようにいう。
たしかにそれは一理ある。
戦闘態勢を取ってる時に白愛との戦闘なら夜桜やスー、それにドラキュラ王や天邪鬼さん。
無論だが闇桃花も勝てる……というより実際に一周目の世界では勝っている。
つまり少し強いだけでしかない白愛を殺せる人物は大量にいるのだ。
だが睡眠中とか完全に無警戒の時を狙われたら?
白愛の速さは間違いなく世界一と言っても過言ではないだろう。
そんな白愛の攻撃は回避不能で……
「それに白愛の強さはそれだけじゃない。収納という能力により毒を誰にもバレずに持ち込み料理に混ぜることだって可能。つまり白愛より殺しに優れた人はこの世界に存在しないんだよ。だから私は白愛を最大限に評価している」
「なるほど……」
白愛は今まで自分の土俵で戦ってないのだ。
もっと言えば戦闘は本業ではない。
それなのに正面戦闘の話題の土俵に上がる以上間違いなく化け物と呼ばれる類の人だろう。
俺は改めて白愛の凄さを理解した。
「そんな、滅相もない……」
「まぁでもぶっちゃけ空と海がいくら強くなったとは言え白愛にとって君達二人を殺す程度なら朝飯前って事くらいは頭の片隅に置いといて損は無いと思うよ」
結局この中で一番のチートは白愛なのだろうか。
俺は少しだけそう思った。
「さて、空。海」
「なんだよ」
「そろそろ南極に行ってもらうよ」




