265話 世界最強クラスの人達
まずいまずいまずい。
あれは間違いなく生きていてはいけないやつだ。
私、ソフィアはとんでもないものを見てしまった。
空の妹であり真央の娘を名乗る悪魔“神崎海”。
その正体は魔神王だ。
廊下ですれ違った時にしかとこの神眼で見た。
あそこまで混沌とした闇は初めてだ。
真央に報告する?
信じてくれるだろうが対応してくれるとは思えない。
空も然りだ。
なら私が一人で殺すしかない……
あの悪魔を……
◆ ◆
私は部屋に戻り準備を始める。
神崎海の総合戦闘力2004。
私の10倍以上ある力量差だ。
やはり腐っても神崎家。
だが戦力差があるからと言って逃げていい理由にはならない。
「……銃か」
使うか否か。
撃つと肩にすごい衝撃が来る。
しかも構えて撃つ。
その動作に約五秒。
しかも両手で撃たなければ手が壊れ撃てば当分の間は手が使い物にならなくなる。
もっと体を鍛えれば別のだろうだ。
しかも撃ったところでまず当たらない。
総合戦闘力が1800を超えてる相手に銃はゼロ距離射撃でもしない限りは無力だ。
つまり戦うとしたら私の能力がメインになる。
「……蝶化。自分の周りに弾丸程度なら弾くバリアを貼り自由自在に空を舞う。また鱗粉には微弱な毒を含みそれを故意でバラ撒ける能力」
神眼は全てを見通す。
無論、相手の能力もしかりだ。
それどころか思考や感情すらも読み取れる。
つまり情報では過大なアドバンテージを得ている。
この勝負は一見すると私の方が有利だ。
だがあまりにも身体能力に差がありすぎる。
これはかなり慎重に手を打たねば……
しかも他の誰にも助けは求められない。
私一人でどうにかするしかない。
「……待て」
そもそも何故、正面から戦う?
私は根本的に勘違いしてないか?
考えてみたら殺したら勝ちなんだ。
どんな手段を使おうとも殺せればそれで終わりだ。
わざわざ戦いに行く必要は無い。
神崎海を暗殺してしまえばいい。
例えば睡眠中にナイフで首を掻っ切る。
食事に毒を盛る。
方法はいくらでもある思い浮かぶ。
それに私の能力を合わせればかなり高確率で確実に神崎海を殺しにいける。
ただ、相手は魔神王の力を秘めている。
常にイレギュラーを想定せねばならないが……
「……いけるか?」
私は頭の中で作戦を組み立てていく。
失敗は許されない……
私がみんなを救う!
そのためにはなんとしても成功させねば……
そんな覚悟を胸に秘めて私は全員が揃ってるダイニングへと移動をした。
そこでは白愛さんやアーサー、それに真央も空に天邪鬼さんまでもが揃っている。
無論、神崎海も……
私は何度も海の方を見る。
やはり間違いなく魔神王を身体に飼っている。
しかも本人は無自覚か。
恐らく海さん自体は悪い人ではない。
それは神眼も言っている。
だが魔神王。
それは世界の終末の引き金にすらなりうる存在だ。
殺したくないがまかり通る存在ではない。
海さんには悪いがやはり死んでもらうしか……
「真央。あのオッドアイの可愛らしい子は?」
「ソフィアだよ」
「あなたは可愛い。私と会話する権利をあげる」
海さんの容姿はかなり整っていた。
それこそまるでお人形さんのようだ。
もしも魔神王の件さえなければ仲良くなれたかもしれないと私も思う。
ただ彼女は不幸にも……
「そういえばソフィア。眼帯は?」
「……あれは可愛くない。だから取った」
「前まであんなに気に入ってたのに?」
もちろん嘘だ。
先程から海さんの動向を見るために取っている。
あの眼帯はお気に入りだ。
でも今はそんな事を言ってる場合ではない。
「……うっさい」
「ていうかソフィア。今日は君の好きなローストビーフを空が特別に作ってくれたぞ」
「本当!?」
「ああ、もちろんだ。あそこにあるだろ」
私は机の方を見る。
そこにはローストビーフがデカデカと置かれていた。
海さんに気を取られて見逃すとは一生の不覚!
「でもソフィア。その前に海に自己紹介をしなさい」
「私はソフィア・シンシア。ここで居候をさせていただいてます!」
「よく言えました」
真央に頭をくしゃくしゃと撫でられる。
それから真央の方を見る。
私が海に注目してるのに気付いている!?
それに殺そうとしてることも!?
相変わらずなんて読みの深さ……
「ソフィア。私が気付いてるのは神眼で確認出来ただろ。あとで私の部屋に来るように」
真央が私に耳打ちする。
本当に真央の裏だけはかけない。
それほどまでに思考が深過ぎる。
「……はい」
「それと眼帯ね。もう余計なものは見るんじゃないよ」
さらにあの計画はなんだ?
私とは別にもう一つ見えたもの。
相変わらず真央は化け物すぎる。
まるで未来予知だ……
私はそんなことを思いながら右眼に眼帯を付けて神眼を封印する。
それにより少し頭が楽になった。
いい加減、情報量が多すぎて脳がパンクするところだったから少し助かった。
正直言って眼帯を付けるタイミングを見失っていたから……
「ていうかお兄様」
「あ?」
「果物がありませんよ」
「お前、果物嫌いだろ」
「何をおっしゃいますか! 私が嫌いならのはオレンジとかパイナップルとか酸っぱい果物でリンゴや梨と言った甘い果物は大好物ですよ! それなのに用意してないとはなんて大罪! 人としてあるまじき行為! ほら、ソフィアちゃんも涙ぐんでるじゃないですか!」
それから海さんは私を抱き寄せる。
彼女の体は少しひんやりとしてるが触れてるうちに徐々に熱が伝わって安心感が……
いけない! そんなことを思っては!
しっかりするのよ! ソフィア・シンシア!
「……ソフィアを巻き込むな。そもそもここでは果物が希少なんだよ」
「どうせ真央の転移で取ってくれるでしょう!」
「ていうか果物そこまで必要ねぇし! そもそもこの際だからはっきり言うが少しは兄に敬意を持ったらどうだ。妹っていうのはもっと素直で可愛い生き物だと思うべきだと思うね。ラノベみたいにもっと優しく対応してお兄ちゃんとか言っていたわるべきだと俺は思うね」
「は、キモ。死んでください」
何なんだこの兄妹……
近くにいるだけで疲れてくる……
こんなことで喧嘩するなんて私よりも子供っぽい……
「死ねは直球過ぎましたね。地獄に落ちて一回人生をやり直してください。どうかお願いします。可愛い妹から最初で最後のお願いです」
「何が可愛い妹だ! お前なんて容姿だけで殆ど可愛くねぇよ! そんなだから彼氏出来ねぇんだよ! お、文句あるのか? 俺は桃花という超絶天使の彼女がいますが何か?」
空ってこんな人だっけ?
ところどころ外道発言もある。
なんていうか今まで見たことない一面を……
「……黙っていれば随分と勝手に言ってくれますね。そもそも私が何度も告白されていたのをお忘れで?」
「妥協も大事だぞ。お前みたいなライオン以上に凶悪な女の子を彼女に選んでくれるやつに上玉なんていねぇからな」
「そうですかそうですか。やっぱり死ね」
その瞬間、海さんは消えた。
気付いた時には思いっきり地響きが鳴り響く。
それからズドンとクレーターが出来る。
「……まったくこの二人はもっと仲良くできないものかね」
海さんは空の真上にいた。
見事に綺麗なかかと落としが脳天近くで止まる。
空が腕でそれを抑えたから。
しかし衝撃は空の身体を伝わり辺りを振動させ周りにクレーターを生み出すまでに至った。
なんていう馬鹿力だ。
完全に人間をやめている……
「おや、今のに反応しますが」
「飯に埃が入るだろ」
「それもそうですね。では続きはお外で」
それからトンと空の腕を踏み台にして飛び、空中で一回転して着地。
なんて身体能力の高さだ。
まるでサーカスのピエロのような華麗な動き……
あんなのと私は戦おうとしてるのか……
「そういえばお兄様」
「なんだ?」
「パンはありますか? 折角なのでローストビーフサンドにします」
「お、それはいいアイデアだな! 明日の昼食用に何個か後で作るか」
「その時は私も手伝いますので是非お声がけ下さい」
それから二人は何事も無かったように会話に戻る。
あの程度はこの二人にとっては日常なのか?
あまりにも常識離れし過ぎていて理解が追いつかない……
「ねぇ空、海……」
「どうした?」
「“どうした?” じゃない! こんなに暴れて洞窟が崩れでもしたらどうするつもりだ!」
「……すみません」
「君たちはいつもそうだ! 学校でも何度ヒヤヒヤしたことか。しかも私がいるならまだしも私のいない普通の体育の授業の剣道の試合でも全力のころしあいをしてたそうじゃないか! まだ君たちが真価を発揮してない頃だから良いもののもしも今の君たちくらいの力で行ってたら全壊は免れなかったぞ。全く君たちはどれだけ力がぶっ飛んでるか理解したまえ」
これは長くなるな……
真央が相当キレている。
たしかにあんなのを何度も続けられたらこちらの命が危ないまである。
「まぁそうですね」
「まったく……」
「しかし海。先程から変な虫が入ってるのが気になるんだ」
変な虫?
一体なにを……
空が食事に虫をいれるようなミスをするとは……
「何のことです?」
「これのことさ」
その瞬間、真央が腰から銃を出した。
銃はバンっという銃声を響かせ弾丸を飛ばす。
その弾丸は地面に練り込み血飛沫をあげた。
「な!?」
「能力、透明化。それに海が気付かないということは匂いすら消されてる可能性が高い」
「……気付くとは……さすが真央……」
すると男の影が現れる。
驚きのあまり私の声を漏らしてしまう。
「……再生能力に近い何かを持っているな」
「以下にも! そして弱そうな少女がいるな!」
「きゃっ!?」
男が私に飛びかかってきた。
その勢いに負けて座り込んでしまう。
怖い!
「まったく子供を怖がらせるなんて何考えてるんだ」
「同感です」
しかし男の手が私に触れることはなかった。
男はすぐに遠くに吹き飛ぶ。
顔を上げるとそこには海さんと空がいた。
「ソフィアちゃん。怪我はありませんか?」
「は、はい……」
「それなら良かったです」
海さんが私にニッコリと微笑む。
しかしそれからすぐに私から顔を背け先程の男を鋭く睨みつける。
「……なんだ?」
「弱き者を狙うのは外道ですがそれを責める気はありません。ただ一つ言わせてもらいます。私の前で私の大切な誰かをこれ以上傷付けられると思うなよ!」
海さんが力強く吠えた。
その力には言葉があった。
彼女がいるからもう大丈夫。
そんな安心感があった。
まるで彼女はヒーローだった。
「……珍しく同感だな」
「お兄様と同じ考えを持った自分が嫌になります」
「そう言うなって。とりあえず海」
「そうですね」
それから二人の声がハモる。
その言葉はやはり力強かった。
「全力でここに来たことを後悔させてあげましょう」
その宣言が響くともに地面から氷の柱が生えて男の手足を貫き串刺しにする。
男は咄嗟のことに判断出来ず血反吐を吐く。
これは間違いなく空の能力だ。
相変わらずの規格外っぷりを誇っている。
「まったく……少し子供に見せるにはグロ過ぎです」
それから突如、男の首がありえない方向に曲がる
ゴキっと鈍い音が鳴る。
何が起きた?
「失礼」
海さんが男の近くに降り立つ。
彼女の背中には大きくて美しい青い蝶の羽。
それに真紅の赤い靴にゴスロリ調のドレス。
その姿は大変凛々しく美しかった。
もっと言うならば黒姫と唱えたくなるような姿をしていた。
そしてまったく見えなかった……
海さんが回し蹴りをして首をねじ曲げたとあとから理解する。
これが始祖の力……
「夜桜。殺せ」
「あいよ」
それから辺り一面に血が舞う。
これは全て夜桜の血だ。
夜桜は自分の右腕を躊躇いもなく切り落とした。
「痛みに溺れて死ぬ」
そしてその血は生き物の様に動き大きな槍を作る。
夜桜の能力は血液操作。
自分の血を操り、固体化を行える。
それにより作られた槍が男の心臓を貫いた。
「な!?」
「夜桜。どうした?」
「こいつ使徒じゃねぇ……たしかに思い返せば背中がムズムズしなかったな」
夜桜は間違いなく勝った。
しかもあったのは驚愕の表情。
「なるほど。能力が奪えなかったのか」
「あぁ……」
「つまり付与系の能力者がいると考えてよさそうだ……」
しかしそんな時だった。
夜桜の首がコロンと落ちた。
正しくは切り落とされた。
「随分と酷いじゃないですか」
「……不死身か」
「それが憤怒というものです」
だが動じることではない。
夜桜の能力は……
「こりゃ魔神関連だな」
夜桜がゆっくりと立ち上がる。
彼の能力の一つ“再生”だ。
どんな傷を受けようと瞬く間に再生する。
終わりなき勝負へと導く能力……
「ソフィア! 神眼を使え!」
「はい!」
私は真央に言われた通りに眼帯を取る。
そして黄金の目で男を見る。
やっぱり夜桜の言う通りだ。
「こいつは魔神! いいえ、魔神の肉の一部を植え付けられた響のような存在よ!」
「なるほど。植え付ける魔神の肉によって能力を得ることが出来る。そして響の場合は身体能力強化だつたという仮説が生まれたな」
「おい、真央。考察してる場合じゃねぇだろ」
「ケラケラケラケラ! 彼の言うことが正しい! 考察なんてしてる暇があるのかね?」
背中から幾多の触手。
それかが全て真央に向かって伸ばされる。
全てがモリのように鋭く……
だが真央は避ける気配すら見せなかった。
「いきなり王を取ろうなんて舐めすぎじゃねぇか?」
しかし触手は真央の目の前で止まる。
それから一気に辺りが冷気に包まれる。
空が触手を凍らせたのだ。
「……さてと夜桜」
「あぁ」
「決めるぞ」
それから空が近づき男を上に殴り飛ばす。
夜桜もその隙を見逃さず地面から無数の剣を生えさせ串刺しへとしていく。
「真央! 下に転移門を頼む!」
「はいはい」
「海!」
「人使いが荒いですね!」
「その前に私に任せて」
その前にどこからともなく闇桃花が現れる。
闇桃花は素早く動き男へと触れた。
一体何を……
「少し氷漬けになってくれるかな?」
「や、やめ――」
それから闇桃花は容赦なく凍らせた。
正しくは氷のブロックに閉じ込めた。
恐らく内部から出ることは不可能。
「それじゃあ。海。あとはよろしくね」
闇桃花はそれから空に抱きつこうと飛んでいく。
しかし空は体を捻り楽々回避。
闇桃花は地面に顔からスライディング。
かなり痛そうだ。
「真央」
「あぁ」
真央が下に転移門を開く。
それから海が素早く駆ける。
その速さはまさしく閃光だった。
そんな閃光の走りをして男の閉じ込められた氷のブロックをかかと落としで真央の転移門に叩き込む。
「さて、お片付けも終わったし冷める前に夕食を食べよう」
私は改めて理解した。
ここにいるほぼ全員が世界最強クラスの戦力であることを……
今さらあの程度は相手にすらならないのだ。




