256話 我慢
「よくまぁ私達の前にヘラヘラと現れたのね」
桃花がきつい目付きでマルクを睨む。
マルクはそれを観察するかのように見る。
異様に気持ち悪い目付きで……
「美少女に睨まれるっていうのも悪くねぇ」
そもそも全ての発端はこの男である。
この男があのダンジョンに落とさなければ……
「来て、ミョルニル」
「おいおい、物騒だね」
「すぐにあの世に送ってあげるね」
桃花が金槌を出してバチバチと鳴らしている。
ダメだ! 桃花に人を殺させたくはない!
それに……
「さよなら」
桃花がミョルニルを振りかざそうとした。
これだけはまずい。
私は鬼化をして桃花とマルクの間に入る。
「海ちゃん。退いて」
「待ってください! 彼がいなかったらミョルニルが手に入らなかったんですよ」
「それは結果論。彼のせいで私達は死にかけた。海ちゃんだって下手をしたら右手を失ってた」
それはそうだけど……
でも殺していい理由にはならない。
結果論だが私達も生きてるわけだし……
「おいおい、俺を殺したらアララト山の案内役はどうするつもりだ? 俺はノアの方舟を一度この目で見ている。俺以上の適任者はいないだろ?」
「……桃花」
「海ちゃん。ちょっと退いて」
「……はい」
私は渋々退く。
いくら殺してほしくないと思っても最終的な決定権は桃花にある。
全ては桃花次第だ。
「これで勘弁してあげる」
桃花は綺麗な回し蹴りを顔面に入れた。
変な声を上げてかなりの距離を飛ぶ。
かなり爽快な蹴りだ。
「殺しはしないけどそのくらいは我慢してね」
「……ずいべぇんと……ひゃでぇな」
歯がボキボキに折れて呂律が回ってない。
まぁあとで私が軽く診察しておこう。
運良くそのくらいの知識なら保持している。
「そういえばルプスは?」
「……彼女なら死んだよ」
え?
ルプスが死んだ?
それってどういうことですか?
私には響の言葉が信じられなかった。
「正式には南極の本体に魂が帰っただけだ」
「なんですか……ビックリさせないでください」
「だがルプスの肉体はない。マルクによって精神的に追い詰められて自害を……」
私の動きは早かった。
マルクの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
怒りのあまりかなり力が入ってしまう。
「それって本当か!」
「ひょ、ひょんとうだ」
私は腰から銃を出して撃つ。
銃はマルクの頬をギリギリで掠り遠くに飛んだ。
もちろんわざと外した。
「案内が終わったら覚悟するんですね」
それから投げ捨てる。
私の可愛いルプスに何をしている?
あまりふざけたことをするな。
「海ちゃん……」
「桃花も堪えてください」
「うん……でも私も相当キレてるよ」
分かります……だけど……今は……
彼はあまりにも未知だ。
恐らくかなりの情報を持っている。
少し冷静になったが彼は絶対に殺せない。
間違いなく今後のキーとなる。
「……私からも一つ言っとくね」
「……」
「私達の可愛い娘に手を出して五体満足で帰れるとは思わないことね」
私達だけならいい。
だがルプスには手を出すな。
それをやった時点でこいつだけは……
「とりあえず私達はゆっくりしたいので今夜は高級ホテルにいます」
「……拙者達は?」
「別の場所でマルクを見張っといてください。彼がいては休まるものも休まりません」
それから陽が落ちてく。
あぁさっきは夕方だったのか。
それならそろそろ……
私はバッグを開けて二人を出す。
「うー久しぶりの外!」
「ペッシェさん。ペーターさん」
吸血鬼二人を外に出す。
彼等にはずっとバッグの中にいてもらった。
だがバッグの中でも外の音は聞こえる。
恐らく状況は理解してるはずだ。
「ごめんね。用心棒なのに完全に力になれなくね」
「相手はSランクですから当然ですよ」
「早く私も吸血鬼の真の力を解放できたら力になれるんだけどね……」
ペッシェはまだ本来の力を出していない。
彼女はこれでも吸血鬼の始祖……
なんでも血の覚醒をすれば数倍強くなるとか……
「そうですね」
「まぁでもマルクの見張りくらいはするよ」
「ありがとうございます」
「気にしないで。吸血鬼だし普通の人には力負けすることはまずないから」
本当に彼女がいて助かった。
響に徹夜を強いるのは流石に酷だし……
「ふむ。私とペッシェの二人か。すなわち吸血鬼のトップ3の二人が見張るのだからまず逃げられないだろうな」
「トップ3?」
「ドラキュラ王を抜いた三人の事だ。私とペッシェとアルカードの三人を主に言うぞ」
アルカード……
これから戦う相手……
やはり吸血鬼の中でも強者か……
「まぁ今のお前達なら問題なかろ」
「そういえばペーターさん。魔物の死体を一応拾っておきましたが……」
「それは助かる。Sランクならネクロマンスすればかなりの戦力になるしな」
とりあえず概ねの流れは決まった。
さてと私達はホテルで休憩。
そのためにはまずホテルを探さねば。
「そうだ! 海ちゃん!」
「なんですか?」
「枕投げしよう!」
「それ、いいですね! 今夜は寝かせませんよ?」
「望むところだよ」
桃花と枕投げか。
基本的には相手の枕をキャッチ。
そして手玉を奪い一方的に攻める。
それがメインの戦法となるだろう。
また、ラインがなければ枕は投げないで叩いた方が効率的である。
だが桃花もその程度の事は考えるはずだ……
「お前達、さっきまで死にかけてたのに元気だな」
「海ちゃんとの遊びは別なの〜」
「そうです! 桃花との遊びは別なのです!」
「まぁとりあえず三日後に車の前に集合でいいか?」
「うん!」
あぁ桃花とお泊まり会!
凄く楽しみだ!
今夜は何をしようか?
枕投げで疲れきった桃花を襲ってあんな事やこんな事をしてあんあん言わせて……
「海ちゃん。責めは私ね」
「は? 私が責めですよ! 桃花は受けです!」
「えー海ちゃん苛めたい」
「苛めたいとはなんですか! まったく!」
なんて失礼な!
これは一度分からせてやる必要がありそうだ。
「……響君。桃花と海ちゃんって女の子同士よね?」
「そうですね」
「話の内容的に完全に夜のベッドでの行為の話よね?」
「まぁ……あの二人ですし」
「そういうもん?」
とりあえず善は急げ! 悪は遅く!
早くホテルに向かおう。
そうして桃花と……
「桃花! 一番高いホテル止まりますよ!」
「いいね! もちろんその最上階でいいよね?」
「はい!」
私達はそんな感じで浮き足立って解散した。
それからすぐにホテルを見つけてその日は体をのんびりと休めていった。
ちなみに備考だがその日の枕投げは桃花の勝ちで終わり私が受けになってしまった……




