253話 大好きな空間
桃花の体温が伝わる。
桃花の右手を私は残った左手で握る。
「雷の雨が来るね」
それから雷の雨が降り注いだ。
それを私達は宙を舞いステップを踏み避けていく。
さて、攻撃の隙が出来たぞ。
「桃花!」
「せーの」
「ドーーーン!」
互いに握った手を相手の方向に向かって打つ。
この技大好きな空間は互いの体調が絶好調の時にしか出来ない。
二人で同時に同じことを考えて同じ感情を抱く。
そして互いを媒介に魔力循環を行うことにより魔力濃度の爆発的上昇。
その溢れたエネルギーを運動エネルギーへと回して動き回る。
そして消費しきれない分はビームとして打つことが可能!
「……火力が足りないね」
「今度はミョルニルが飛んできますよ」
ブーメランのように雷を纏った金槌が飛んでくる。
それも先程とは比較にならない速さ。
だけど今の私達なら……
「……はい」
回避は容易い!
桃花の手を握りながらフィギュアスケートの選手のように回転して捌いていく。
私達は回避を繰り返しながら踊り舞う。
このペースなら……
「海ちゃん!」
「はい!」
そしてそのまま桃花と口付けを行う。
唇と唇を濃厚に重ね合う。
魔力は主に血に含まれると言われるが実際は体液になら微弱ながら含まれているのだ。
その一つに唾液。
唾液は魔法を発動させるほどの魔力は無いが互いに唾液を混ぜ合わせることにより魔力は濃密に絡みより循環していく……
唾液は魔力循環を行うならこの上なく適してる。
「海ちゃん……」
「いつでもいいですよ」
それから唇を離す。
そして私と桃花はそのまま手を突き出す。
ミョルニルの方へと向けてビームを打ち出す。
「滅っ!」
凄まじい熱量が辺り一面を包む。
キスによって爆発的に上がった魔力をビームとして放出することにより今現在の最高火力を叩き込むことが出来る一種の必殺技である……
桃花とキスまで出来て相手にもダメージを与える。
一石二鳥と言っても過言ではないメリットしか存在しない技……
「やったかな?」
土煙が起こり辺り一面が見えなくなる。
ミョルニルはどうなった?
これで止まったか?
「いや、まだですね……」
しかしミョルニルがその程度でやれるわけがない。
動きこしないが未だに宙に浮いている。
こやはり神器ここの程度じゃダメか。
「待って……」
「……ダメージは少しは入ってそうですね」
そのままゴリ推していけば勝てる。
避けてキスしてビームを撃つ。
そうすれば勝てる!
「海ちゃん!」
「あ……」
それから右手からビームを撃とうと手を伸ばした。
だが不発。
当たり前と言えば当たり前だ。
今の私は右手が無いのだから。
完全にそれを忘れていた。
ビームを撃つとしてもイメージが大事……
そして手が無い状態で撃つイメージが湧かない。
だからビームが出ない……
「……離れるよっ!!」
「すみません……」
この技の得られるリターンは大きい。
鬼化した時と同等の速度をノーリスクで得ることが出来て超電磁砲を軽く超える威力を持つビームを無制限に撃てるようになる。
だが少しでも動揺した瞬間に互いの同調が壊れ魔力が逆流して体が破裂する。
そのため少しでも動揺があったら互いに手を離し一回状況を整えばならない。
また、少し違う感情が生まれたり違うことを考えた時も同等だ……
この技は互いを大きく信用しなければ絶対に成功しない技であり私と桃花だから出来ている。
他の人がやっても絶対に出来ない。
「……予想以上に速いですね」
それから再び雷の雨が降り注ぐ。
しかも先程とは比較にならないほど速い。
回避するのが精一杯で桃花に近付けない……
「桃花!」
「……くっ」
桃花が雷に掠り肌を焦がす。
少し痛みに顔を歪めるがすぐに立ち直る。
これじゃあジリ貧だ……
どうにか……
◆ ◆
「え?」
そう思った矢先だった。
景色がガラリと変わる。
大きな緑色の草原にどこまでも青い空。
そして頬を撫でる優しい風。
私は先程までジメジメとした地下で戦っていた!?
一体何が……
「やぁ海ちゃん。久しぶり」
「未来の神ッ……」
「答えを聞きに来たよ」
目の前にいるのは未来の神。
このタイミングで呼び出すか……
一体何を考えている……
私は思わず下唇を噛む。
「さて、未来を教えよう。このままだと君達は死ぬね」
勝手に運命を決めるな!
私は何時だって自分の手で……
「それにやはり君に幸せは似合わないよ。君には絶望が良く似合う」
「何を……」
「悲劇にどっぷりと浸かってる君が僕は見たい」
は?
一体何を……
前に来た時と答えが……
「……右腕が無くなる未来は見えていた。そこで君は絶望して周りに当たり散らし人が離れていく。その時の僕の言葉は君への棘となり苦しみを与える予定だったんだけどね」
「外道が……」
「嘘は言ってないよ。たしかに君はみんなから愛されてはいる。だから縁が切れた時にその事実を知っていれば君は美味な絶望に明け暮れる。愛してくれた人に嫌われることほど辛いことはないからね」
こいつ……
早く私を……
「ちなみに今の状況を教えてあげよう」
「は?」
「時間は止まっておらず動いている。君は急に意識を落とし桃花を君を抱き抱えて戦っているよ」
やめて……やめて……
それだけはやめて……
「桃花が死んだら戻してやるから安心したまえ」
嫌、嫌……
それじゃあ桃花は……
私は頬に涙を流す……
「やはり君に泣き顔はよく似合うね。神崎海」
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「桃花が死ぬまでお茶でもしようか?」
戻せ! 私を戻せ!
あの舞台へと戻せ!
「嫌だよ。君にはどっぷり絶望に浸かってもらうんだからね」
「……戻し……て……ください」
桃花の元へ……
もう誰も死んで欲しくない……
誰も失いたくない……
それが私のことを愛してくれる桃花なら特に……
「海。君はみんなに愛されてるよ」
「……戻して」
「だから僕は見たい。君のことを愛してくれる人を失った時の君の顔がね」
この外道が!
私には幸せになる権利すらないというのか!
もう私は苦しんできた!
これ以上苦しまなくても……
「雨はいつか止む……が、またすぐに降るんだよ」
「……どうしたら戻してくれますか?」
「桃花が死んだらだね。折角だから今、桃花がどうしてるか見てみようか」
目の前に光のモニターが生成される。
桃花は私を抱き抱えて逃げ惑っていた。
しかし身体にはいくつも火傷跡を作っている。
恐らく回避が間に合ってない。
致命傷を受けるのも時間の問題……
「海ちゃん起きて! ねぇ起きて!」
桃花が私に呼びかける声が聞こえる。
やめて……やめて……もうやめて!
「お願いです! 私を……」
「嫌だよ」
私はガックリと肩を落とした。
そんな……桃花は……
その時だった。
ドクン。ドクン。
心臓の音が怖いくらいハッキリと聞こえた。
それこそ不自然な程に……
『力が欲しいか?』
それから頭にはその言葉だけが強く浮かんだ。




