247話 闇王煉獄
「……随分と渋谷も荒廃したものだ」
ゴスロリ服に身を包む黒髪の女。
神崎真央は世紀末のような世界を歩いていた。
しかしここはなにを隠そう現代の日本である。
「め、めしを……」
「電磁パルスの影響で九割型の機能は失った」
近くにいるのは真央を含め三人。
真央と夜桜とスー……
それと痩せ細った人間が大量……
「政府が何かを決めてやろうにも情報を国民に伝える手段が無いんだ。こうなるのも突然だろ」
「なんでそれが飢餓に繋がるの? 日本は比較的裕福な国のはずだよ」
「そうだね。これは目の前に食材があるのに飢餓という大変奇妙な状態なんだ。農家は食材を持とうにもどこに出荷していいか分からない。だって出荷先と連絡が取れないのだからね」
「難しい。コンビニで買えばいいじゃない」
真央はヤレヤレと表情を見せる。
しかしすぐに笑みを見せて補足していく。
「電磁パルスでレジが機能を失ったんだ。だから店員が売っていいか判断出来ない。もしこれで売ってクビになるのを恐れてね」
「ふーん」
「そして上の指示を仰ごうにもその上と連絡が取れない。だからいつまでも動けないんだ」
「自分で考えて動けないなんて馬鹿みたい」
「だから私は日頃から考えろと言ってるだろ」
その状態は今や日本だけではない。
世界各国で起きているのだ。
言ってしまえばかなりの大混乱。
現代の地獄だろう。
「でも無理矢理コンビニやスーパーから食料を取ればいいんじゃない?」
「一部の人はそうしただろうね。賢い人だと私は思うよ。ただ基本的に良心が咎めてそういうのは出来ないのさ。そんな教育をしたのはこの国なんだ」
「まぁなんでもいいがさっさと本題に入ろうぜ?」
「そう急ぐな」
それから真央はある名前を呼んだ。
それはモブである存在。
本来なら真央が気にもとめない人物。
だが少しだけ状況が変わったのだ。
「闇王煉獄……いや、神崎空ね」
「そうだ。あれは口調こそ違うが間違いなく空だ」
「え、空ってあの空?」
「そうだね。あの空だよ。闇王煉獄は言うならば並行世界から来た空。あるいは空がタイムスリップして再度この世界で成長した姿である可能性が高いんだ」
「ちょっと私、理解が追いつかないんですけど!」
それから一人の男がこの場にやってきた。
そう。その男こそが闇王煉獄。
もう一人の神崎空……
「君は本当に空なのか? 顔も全然違うが……」
「何を言いますか。魔王様。僕が空のわけ……」
しかし闇王煉獄はそれを認めない。
だが真央は分かる。
彼が神崎空であると。
彼女には証拠こそないが確信めいたものがあった。
「腹を割って話そうか? その口調も不要だ」
「……流石に魔王様の前では隠し通せなそうですね」
「まさか! そんなことが……」
「はい、僕……いや、俺は神崎空だ。しかし俺も正直わからねぇことだらけなんだ。小学生の時に気づいたらこの体になっていた」
真央はある答えに行き着いた。
空は一度だけ過去に陸に記憶を消されている。
それが今の空……
さて、空はいつ記憶を消された?
それは華恋が殺されたあの日だ。
では空はなぜあの場所にいた?
本来はいるはずのない役者だ。
だが事実として空はあの場所に来ている。
「今の空の人格は未来の空だと思うんだ」
「だから俺は空だが今の俺の肉体に入ってるのを誰か知らねぇんだよ。それとも俺の肉体に入ってる人格も空だって言うのか?」
「恐らくあれは未来の空。未来の空は自分の過去の体に自分を送って華恋を助けようとした。しかし失敗して陸に全てバレて記憶を消された」
「それじゃあ俺は?」
「本来の空。未来の空が乗り移る際にいた本来の人格は何かしらの原因で人格だけ飛ばされて別の肉体に乗り移った……」
真央は必死に考察していた。
これは答えのない問題だ。
どうやっても答え合わせが出来ない。
そんな問題の答えを必死に求めていた。
「いや、違う! お前が未来の空か?」
「いや、それはねぇから」
「それじゃあどうして夜桜と拓也が同一人物だと当てられた?」
「まぁ少なくとも乗り移ったあとに神崎家の跡地に行って何があったのか調べたのよ。そこで俺は夜桜とお前のことを知った」
だが一つ言えるのは真央の答えは合っている。
この世界に空の人格は二つあるのだ。
一つは鬼ヶ島にいる今の神崎空。
もう一つはこの場にいる闇王煉獄。
今いる神崎空は真央の言う通り未来の空だ。
未来の空は華恋を救い真央が世界調整を行わないために過去に人格を飛ばした。
しかし結果は失敗。
神崎陸に捕まり記憶を全て消され自分が未来から来たことすら忘れている。
そして闇王煉獄は本来の空。
未来の空が人格を飛ばす際に元いた人格は肉体から弾かれ別の人間と人格が混合することになった。
それが闇王煉獄である。
彼は空であるが空ではないのだ。
「……それでお前はバレンタイン祭で初めて顔を見せた。その時に全ての線が合ったのさ」
「なるほど……身体能力とかは?」
「ただの人間さ。戦闘は期待するなよ」
闇王煉獄があの学校に通っていたのも空がいるからに過ぎなかった。
闇王煉獄は自分の体に強い強い執着を覚えていた。
それが例え小学生の時の自分の肉体だとしても……
「しかし君の人格が飛んだ時は小学生だろ。小学生の割には随分と理解が早かったんだな」
「おっと説明を忘れていた。俺の人格は飛んだ時にこの肉体の持ち主とごちゃ混ぜになったんだ」
「ほう?」
「この肉体ってこんな姿だが実年齢は三十超えてるんだぜ? あとは分かるよな」
「大人と小学生の人格が混ざったからこその判断能力、行動力、理解力ってわけか」
「そういうこと」
真央は全てを理解した。
そして頭を抱える。
こんな扱いにくいものをどうするか……
「ちなみにこの肉体の元いた人格は元刑事で凄い推理能力があるんだぜ?」
「それで夜桜が拓也だと当てられたのか……」
「そういうこと」
しかし真央は忘れていた。
今いる空が未来から来てるということを……
闇王煉獄に気を完全に取られていた。
「さて、次の仕事に行くとしよう」
「俺も連れてってくれるのか?」
「もちろんだ。煉獄君。これからもよろしく頼むよ」
「よろしく頼まれました。それで何を?」
それから真央はあるセリフを言った。
『たしかにね。少し無理がある気がするけど私が疑われるのは無理ないか。けれど私は白よ。ていうかどうしてそんな発想になったの?』
と何処かで聞いたセリフを……
「なんだそれは?」
「私の友人の母親が言った言葉だ。意味は?」
「愚問だな。言葉の頭文字をとると“助けて”になる。お前に助けを求めたんだろ?」
「正解だ。だから私は彼女を助けに行く」
「了解。お手伝いしますよ。魔王様」
そうして真央はこの街から姿を消した。
今の真央は暗躍中だ。
恐らく当分は表舞台に出ないだろう……
それが真央という人物だ。
「見つけた!」
「おや、君は……」
「魔王様!」
そして青年が汗を垂らしながら走ってきた。
まるで真央に用があるかのように……
「僕を海の元まで連れていってください!!」
「無理だね。今の君は海の鎖にしかならないよ。七瀬和都君」
「それでも……僕は海の彼氏だ! 彼女の側に……」
「ならなおさらここにいる。幸いにもここにいれば死ぬ危険はない。だが今の海がいるのはトルコでちょっとした紛争地域でもあるんだよ」
和都は黙った。
何も言い返せなかったから……
「……魔王様。ならあなたの部下で一番強い人と戦わせてください」
「力を証明するのかい?」
「はい」
「夜桜。5秒で片付けろ」
「あいよ」
それから和都の腹に膝蹴りが入った。
和都は膝を付き嘔吐する。
「ゴホッ……ゴホッ……」
「勝負ありだよ。凡人は場違いだ」
「ま、まだ……」
「もうおしまい。いくら手加減したとは言えこれ以上は私が海に恨まれるよ」
それから和都は悔しそうに真央を見つめた。
だが真央は冷ややかな目を向けている。
「勇気と無謀は吐き違えない方がいいよ」
「それでも僕は……」
「今の君に何が出来る? たしかに心の支えにはなるかもしれないがその役割は桃花で事が足りてる。君は大人しくここで待ち海が帰ってきた時に暖かく出迎えればいいんだよ。それが適材適所というやつだ」
冷たく現実を伝えていく。
和都は無力だという現実を遠回しに……
だがそれを受け入れられない和都。
「それじゃあね」
「待ってください!」
「話すことはないよ」
そうして真央は去っていった。
この場所から跡形もなく……




